メイドチャンを呼び出せる!
「お父様! メイドチャンの呼び出しって今日だよね!?」
二階にあるあたしの部屋の前から、玄関ホールを通りかかったお父様にそう叫ぶ。
昔ははしたないとかいろいろ言われていたけど、最近はもう指摘する人はいなくなった。
「そうだが。いつものように確認事項があるから、支度が終わったら降りてくるように!」
お父様がそう叫び返したのを聞いて、あたしは急いで用意する。着替え中は部屋の外で待機しているムサルトに、あたしは大声で指示を飛ばす。
「ムサルト! 人間を捕縛する用の拘束具、羽織りの中に隠しておいて~!」
「かしこまりました」
扉の前からムサルトの返事が聞こえたと思ったら、お父様の怒鳴り声が響いた。
「ミシェル!! お前は何を捕まえる気だ!?」
「え、メイドチャンをお持ち帰りしようかと」
「何を考えてるんだ!?」
扉の前で、王宮のメイドに手を出すことが王族に対する謀反になるとか、人間を拘束して持ち帰ることの不当性とかいろいろ説かれた。「はいはーい」と返事しながら聞き流せば、髪型も整い、貴族令嬢らしい恰好が完成した。さすがあたしのメイド、優秀。
「恐れ入ります」
頭を下げてメイドが帰っていった。え、あたしの心の声って誰にでも聞こえる系? めっちゃ便利じゃん!?
「ミシェル様の周囲は優秀な者で揃えておりますから」
そう言ったムサルトは、扉を開けて羽織りをかけようと準備していた。お父様のことは、用意に戻るように促しておいてくれたらしい。流石できる男!!
そう思いながら、玄関ホールにたどり着く。すると、ちょうど用意を終えてたお父様が現れ、怖い顔で後ろに腕を組みながら、いつものように大声で言った。
「こほん、では、いつものように……」
「いいか。お父様との約束だ。復唱!」
「決められたセリフ以外、話さない!」
「決められたセリフ以外、話さない!」
「振る舞いはお淑やかに!」
「振る舞いはお淑やかに!」
「微笑みを絶やさない!」
「微笑みを絶やさない!」
「メイドを持ち帰らない!」
「……スカウトなら、いい?」
「……それなら?」
あたしの返答が想定外だったのか、お父様が困ったように首を傾げた。
「あなた? ミシェルちゃん?」
お母様が笑顔で近づいてくる。ひぃ! 言い訳、言い訳させて!
「だって! さっきお父様が人を攫うのはダメって言ってたけど、スカウトはダメって言わなかったんだもん!!」
「え、お父様のせい!? いや、ミシェルが、メイドを捕まえて持って帰る話をムサルトとしていたから……」
視線を受けたムサルトが笑顔でこてりと首を傾げて言った。
「ミシェル様の御心のままに」
「ムサルト……。貴方、ミシェルちゃんに忠誠を誓ってくれているのはありがたいんだけど、時には咎めることも忠臣の役目よ?」
「はっ……」
目からうろこが落ちたと言いたそうな表情で、ムサルトは目を見開いた。お母様、余計なことを!?
「そうだぞ、ムサルト。妻の尻に敷かれることが家庭の平和であり、幸せの象徴でもあるが、時には男らしさも見せないと」
ふんす、と言いそうなようすでお父様が胸を張った。ムサルトはさらに目を見開いているけれど、なんかキモイと思ったのは、あたしだけだろうか? あ、お母様もちょっと引いてそう。
「あなた、そういう話はムサルトと二人きりでしてちょうだい」
「え? あ、はい」
決められた台詞
「わたくし、スターナー伯爵家が長女、ミシェルと申しますわ」
「よろしくお願いいたします」
「また、両親に相談してお返事いたします」
「ありがとうございます」
「まぁ」(困った顔)
「申し訳ございませんが、わたくし……」(悲痛な顔)
「申し訳ございません」(真剣な顔)
「幼い頃から心に決めた方がおりますの」(愛しい人を思い浮かべる顔)
「光栄でございます」
「謹んでお受けいたします」
「お父様。お願いしますわ」
「お母様。お願いしますわ」
「なぜでしょうか?」
「お父様! メイドチャンへの誘い文句は!? スカウトできないぢゃん!?」
「……必要ならば、お父様が言うから、ミシェルは“よろしくお願いいたします”だけ言っておけ」
「ひどい!! あたしが誘いたい~!」
あたしが暴れたところで認められず、あたしは何としてもメイドチャンを誘わせようと決意した。




