手下②の報告
「次は俺っすね!」
嬉しそうにぴょいと前に出た手下②。そんな手下②の姿を心配そうにそわそわと見守る手下①。いや、お前は親かなんかかて! それに対して、自分の番は終わったとくつろいでいるムゴン。あたしの手下、あたしと違って、キャラ濃いな?
あたしがそう思っていると、ムサルトがお茶を淹れなおしてくれた。酒はないのかと思っていると、耳元で小声で言われた。
「ミシェル様は未成年ですので」
……なんかすごい色気だったんだけど? あたしとの婚約決まってから、なんかイケメン化していってない?! 思わず、両手で耳を押さえてムサルトを睨みつけると、満足そうに微笑まれた。あたしのその様子を見ていた手下①とムゴンが鼻血を噴いて倒れた。手下②は、なにか操作していたようで、なにごとっすか!?って騒いでいる。
「ムサルト……」
「ミシェルちゃんの攻撃力を理解して行動して頂戴?」
「ムサルト、後ほどお話ししましょう」
普段静かなムサルトのお父様である執事長までムサルトに怒った。ふっふーん、怒られてやがる。あたしがざまあみろとムサルトを見ていると、ムサルトが微笑んだ。やべぇ、こえぇ、でも、あたし今回は主犯じゃない! そんなムサルトを執事長が諫めるように見たため、あたしは助かった。あとで、執事長にお礼の品を持っていこう! 何がいいかな? にんにくはかかせないでしょ? せっかくだから、王サマに献上する予定のにんにく香水もあげるか! あとはー……。
あたしがそう考えていると、執事長が音もなく近づいてきて言った。
「ミシェルお嬢様、当然のことをしたまでですので、お心遣いは不要ですからね?」
え、そう? 執事長を味方につけたいなって思ったけど……。
そう思って周りを見渡すと、お父様もお母様も、余計なことはするなと言わんばかりの表情で執事長の言葉に頷いている。えー、執事長を味方につける作戦失敗か……王サマ御用達セットでも上げようと思ってたのに。年代物のワインが最高って聞いたからそれと、おつまみ、あと、にんにく香水……。
口をぽかんと大きく開けて、執事長がこちらをみている。仕方ないから、また次回にするか。
「手下①とムゴンはそこに寝かしてあるから、手下②、続きをどうぞ~」
あたしがそう言うと、握りこぶしを握った手下②がうす、と言って報告を開始した。
「まず、ピンク頭のメイドと殿下の関係性についてっす。みんなわかっていると思うっすけど、お手付きっすね」
手下②がそう言いながら、あたしの方を気遣う表情を浮かべた。え? 意味なら分かってるよ? 殿下も屑男~。
「こほん、その証拠として、手下①が見つけたピンク頭のメイドのキャビネットのところから出てきた手紙の内容が、殿下のスケジュールと一致するっす」
その声を聞いたジュレちゃんが飛び出して言った。
⦅我が確認したところ、あの男の筆跡とこの手紙は一致すると判断した⦆
嬉し気にしているジュレちゃんの頭をなでて褒め讃える。
「すごい! ジュレちゃん! なんで分かんの?」
⦅我の聖獣の力じゃ!⦆
「は?」
ジュレちゃんの嬉しそうな言葉に、お母様が淑女らしからぬ声を上げた。想像以上に有能なジュレちゃんに、お母様も驚いたっぽいな。
「ジュレちゃんの特技って領地繁栄ではなかったかしら?」
すぐに淑女の仮面をかぶりなおしたお母様が、ジュレちゃんに問いかける。
⦅そうじゃ。でも、これくらいは簡単じゃ⦆
胸を張るジュレちゃん、あたしも思わず胸を張ってしまう。
「あなたとミシェルちゃんはしっていたのね? ジュレちゃんの能力について、過小に報告似ていたということかしら?」
お母様の後ろに鬼軍曹の幻影が見える……。
「いや、その、し、知らなかったんだ!」
即座にあたしを切り捨てたお父様。ぶち切れたお母様に領主としての心得を説かれている。あたしもジュレちゃんの能力が想像以上で嬉しい誤算だよ。
⦅我……悪いことしたかの?⦆
目をウルウルさせて問いかけてくるジュレちゃんのかわいさに、お母様の怒りは収まった。
「そんなことないわ。ジュレちゃんはとってもいい子ですもの」
慌てたようにお母様がジュレちゃんを褒め讃えた。
「じゃ、俺、続き話すっすね!」
会話に割り込んで報告に戻した手下②。お前、さては……胆が据わっているタイプだな?
「え、えぇ」
押されたように座ったお母様を見て、手下②は話を続けた。……今なら少しだけ手下①が心配した気持ちがわかる気がする。
「ピンク頭のメイドが殿下の部屋の窓から出入りしているのを見た見回り兵が何人かいるっす。ただ、公の秘密として扱われるようになっていたようっす。殿下の部屋の前に立っている兵も、人の気配を感じて踏み込んで、お楽しみ中で殿下に怒られたことがあるって言ってたっす」
そう言って、手下②が触角を触った。兵の訓練場が移り、衛兵の一人に化けた手下②が映った。
「うす、次の訓練っすね!」
「今年の新人は骨があるな」
やる気満々の手下②を見て、先輩兵が嬉しそうに言う。
「うす!」
そこに、メイド姿の手下①が現れた。
「あ、お疲れ~。さっき、メイドたちでもらったお菓子、よかったら食べる?」
「いいのか! いつもありがとうな!」
嬉しそうに受け取る手下②を見た先輩兵が、うらやましそうにみている。
「あ、いつも弟がお世話になってます。よければ、皆様もいかがですか?」
「お前、いい姉がいるんだな!」
「ありがたくいただくぜ」
集まってきた兵たちに、手下①が頬を染めて言う。
「あたし、普段は別館で働いているので、今日は王子様のお姿が見えるかと思って楽しみにしてたんです」
「あ? 殿下か。お前の姉さんだから言うけど、殿下だけはやめておけ」
「そうだ。殿下は女遊びが激しいからな」
「メイドにまで手を出しているんだぜ」
そう言ってわやわやと話す兵たちに、手下①は驚いた様子で言う。
「まぁ! そうなんですか? 皆さん、情報通なんですね……! いろんなメイドに手を出しているんですか?」
すごーいと褒めながら兵に声をかける手下①が、お茶もありますよとお茶も進める。
休憩モードになった兵たちは、詳しく教えてくれた。
「いや、一人のメイドなんだが……」
「メイドに窓からロープを使って部屋に出入りさせているんだよ。女子にさせることじゃないよな」
「あのメイドも殿下に惚れ切っているんだろうな……可哀そうに」
「あのメイド、死んじまったんだろう?」
「俺、人の気配を感じて踏み込んだら真っ最中で怒られたことあるんだぜ?」
「俺もだよ」
「以前はあんな方じゃなかったのにな」
「一度体調をお崩しになってから、少し変わったよな」
そう言って盛り上がる兵たちに、顔を赤く染めた手下①が身体をくねくねしながら言った。
「王子様ってそんな方だったんですね……あたし、皆さんのような男らしい男の人の方がタイプかも」
少し前に意識を取り戻したらしい手下①が笑顔で紙を何枚か取り出し、言った。
「あたし、いろんな兵から連絡先もらっちゃいました」
こわ! あの女装手下こわ!!
「突然消えると怪しまれるんで、数回通って兄弟で故郷に帰るって設定でいくっす」
手下②も笑顔で付け加えた。あたしの手下、有能すぎねーか?
「そう言えば、あのメイドからもらったっぽい手紙を殿下が燃やしているのを見たぜ」
「ひでぇ」
「殿下にとって、俺たち使用人なんて人間じゃねーだろ」
「俺も何か燃やしているの見たけど、そう言われると手紙かもしれねーな」
そう言って盛り上がる兵たちにあたしはまじでドン引く。あの王子サマ、まじでキモイ。
「これが殿下とピンク頭のメイドの関係性っす。あと、ピンク頭のメイドを大臣が養子にしようとした理由っす」
手下②が触角を操作すると、大臣の執務室らしき部屋の前に風景が変わった。
「失礼します」
いつの間にか文官に化けた手下②が、執務室に入った。
「大臣、この女性との養子縁組の件ですが……」
そう言って書類を確認しながら執務室に入っていく手下②。紙を見ることもなく、大臣は手を振って言った。
「その件はなくなったと先日担当の者に伝えなかったか?」
「はい、申請取り下げの書類に不備がありまして……」
「どこだ?」
顔を上げ、書類に目を向けた大臣に手下②が書類を指さす。
「こちらです」
「あぁ、ここか。確かに記入漏れだ。すまなかったな」
謝りながら書類を埋める大臣。やっぱ思ったより、かなりいい上司じゃね?
「大臣はなんでこんな平民を養子にしようとしたのですか?」
「殿下のお手付きだと聞いたし、いい駒だと聞いたからな。主な理由はそのあたりだ。……殿下が顔がいい令嬢に一目ぼれしたのは本当に誤算だった」
そうため息を吐いた大臣に、大変ですね、お疲れ様ですと声をかけた手下②は部屋を出ようとした。
「……君」
思わずあたしも息を呑む。ミッション終了だと思ったら、声をかけられたのだ。
「変なにおいがするから、あとで着替えたほうがいいと思うぞ」
「ありがとうございます」
そう言って、手下②は出て行った。
「バレたかと思った~」
あたしが息を吐くと、お父様が不思議そうに首を傾げた。
「臭いってなんだ?」
それを受けた手下②があたしの方を見る。何?
「お嬢様、にんにくの香りの香水の試作品を、前に俺の服に試しかけしてなかったっすか?」
「あ……」
心当たりのあるあたしがそう言うと、お父様があたしの頭をぐりぐりした。
「お前っていう奴は~!」
「痛い、痛い、痛い。まじ痛いってお父様! 虐待反対!!」




