夜会①
決められた台詞
「わたくし、スターナー伯爵家が長女、ミシェルと申しますわ」
「よろしくお願いいたします」
「また、両親に相談してお返事いたします」
「ありがとうございます」
「まぁ」(困った顔)
「申し訳ございませんが、わたくし……」(悲痛な顔)
「申し訳ございません」(真剣な顔)
「幼い頃から心に決めた方がおりますの」(愛しい人を思い浮かべる顔)
「光栄でございます」
「謹んでお受けいたします」
「お父様。お願いしますわ」
「お母様。お願いしますわ」
new! 「なぜでしょうか?」
「ミシェルお嬢様、例の物はお持ちになりましたか?」
「ムサルト! お父様とお母様にバレないように、隠しておいたはずなんだけど、いつの間にか没収されちゃった……」
あたしががっかりしていると、突然ムサルトが片膝をついてあたしの手を取った。
「何してんの? ウケる」
「ミシェルお嬢様。婚約の証にこれを贈る栄誉を、私にお与えください」
そう言ったムサルトは、あたしの手に指輪を入れた。
「これは……?」
「婚約指輪です」
そう言ったムサルトは立ち上がり、あたしの耳元に近づいた。
「……宝石の部分に金具があります。それを軽く押すと例の物が取り出せます。御身を守る必要がでたら、ムサルトの代わりにお使いください」
小声で耳元でささやいたムサルトの言葉に、あたしは高揚した。
「ムサルト! さすが、できる男! あたしの婚約者!」
そういって、ムサルトに抱き着くと、ムサルトは固まった。そして、ぎちぎちとぎこちなく抱きしめてくれた。
「見て、あなた。ミシェルちゃんがあんなに顔を真っ赤にして、ムサルトに抱き着いているわ! あの子にも普通の貴族令嬢のような感性があったのね……」
「そうだな。よっぽどムサルトは素敵な愛の言葉をささやいたに違いない……あの二人を引き離すものか。お父様が守ってやるからな!」
王宮の馬車付き場に到着し、お父様に手を借りて馬車を降りる。すると、胡散臭い笑顔があたしを出迎えてくれた。
「やぁ、ミシェル嬢。久しぶりだね? 会いたかったよ」
そう言ってあたしの手をとった王子サマは、そのままあたしの手に口づけを落とした。会場がわっと沸く。こいつの頭も沸いてんのかな?
(お父様、拭いてい)
(拭くな! 微笑め! 淑女の笑みだ!)
(ちっ)
「ありがとうございます」
仕方がないので、淑女の笑みを貼り付けた。キモ。
「はは、相変わらずミシェル嬢は、愛らしいね?」
「まぁ」(困った顔)
「さぁ、行こうか? 今日の料理はミシェル嬢の好みだと思うよ?」
(前言撤回! こいついい奴!)
「ありがとうございます」
あたしはそうして王子サマにエスコートされながら、会場に入っていった。
「ミシェル嬢! 今日は、息子のパートナーを務めてくれてありがとう。息子が君じゃないと嫌だというからな」
「まぁ」(困った顔)
(くそじじい、そうやってさりげなく外堀を埋めようったって、あたしとムサルトの愛(笑)はそう簡単に壊れねーからな!?)
(ミシェル! 言葉遣い! 微笑み!)
(うちのお父様もうっせーな)
(お父様、泣いちゃう)
あたしがお父様とやり合っていると、王子サマが笑いながら口を開いた。
「ははは、父上。まだミシェル嬢には婚約者がいるのですから、困らせちゃいけませんよ」
「申し訳ございません」(真剣な顔)
とりま、断れるときに断っておくべきだね。
「お前の努力次第だな。早くご令嬢を落とせるように、ダンスでも踊ってきたらどうだ?」
「そうですね。では、ミシェル嬢、一曲お願いできますか?」
「まぁ」(困った顔)
「光栄でございます」
仕方ない。黒真珠の件を王子サマから聞き出すには、密談できるほうがちょうどいい。なんでもできちゃうムサルトとダンスの練習もしてきてやったんだからな!?
王子サマの手を取り、ダンスホールに向かう。あたしたちに気が付いた楽団が、さりげなく音楽をロマンチックなものに変える。余計なお世話すぎ。草生える。
「まぁ! 殿下とスターナー伯爵令嬢が踊られるみたいよ!」
「麗しい殿下と麗しくて美しいご令嬢のダンスね! 見逃せないわ!」
……なんか期待値高すぎね? あたし、ダンスの教師には、「ギリギリ及第点です。体力が足りないのかもしれませんね? 今後も少しずつ練習なさってください」って言われているからね? 今日の目標は、足を踏まないだから! 昨日踊ったムサルトの足も治癒魔法で治してきたから! ま、最悪治せばいいよね? それに、ムサルトも「これはこれでいいかもしれませんね……」って言ってたし。
(お願いだ、ミシェル。殿下の足だけは踏まないように)
(精一杯頑張りまーす! ていうか、ダンスで手一杯なのに、黒真珠のことまで聞くの無理ゲーじゃね?)
(頑張れ、頑張ってくれ、むしろ踏んだら踏んだ瞬間治癒魔法をぶつけろ)
(難易度上がった!?)
そんなことをしていると、ダンスホールの真ん中に到着した。王子サマの反射に任せるか。
「ミ、シェル嬢……もしかして、本当にダンスは苦手かい?」
あたしに話しかけようとした瞬間、足を踏まれそうになった王子サマは、あたしにそう問いかけてきた。
「まぁ」(困った顔)
とりま、困った顔でごまかしておく。
(ミシェル! 気を付けてくれ! 次のステップは!)
なにかずっと話しているお父様は無視しよう。天才ミシェルちゃんもさすがに猫かぶりながら、ダンスしながら、お父様と念輪で話すのはまじ無理。
「まぁ……? 美しい、わ、ね?」
「踊っているお二人はお美しいのですけれど……」
「殺気……? を感じる……? 迫力のある踊りですわ」
(ミシェルー!!!)
とりま、さっさと要件終わらせて、頭ン中、軽くしないと。手を離された瞬間に、耳元に手をかざす。
「なぜでしょうか?」
「ん? 黒っ真、珠、うぉ! の、イヤリングを、っと、贈ったわけかい?」
さすが王子サマ。話が早い。微笑みを浮かべて、肯定の意を示す。
「王族が想い人に、うぉっ、黒真珠のアクセサリー、っと、を贈るのは、文化だよ。ほら、母上を見てごらん?」
そう言われて、王妃サマに視線を向ける。
「うわぁ!」
あ、やば。あたしが踊ってる途中に視線を外したら殺人兵器になるんだった。
「胸っ、元に、黒真珠の、ブローチを、つけ、ているだろう?」
胸元……王妃サマ、胸元刺されてない? やっぱ王子サマ怪しすぎ。
「あと、少しで、曲、が、うぉ、終わる。あとで、話そう」
王子サマにそう言われて、あたしは微笑んだ。やっぱ踊りながら話すなんて高度な技術、世間一般の人間には無理ゲーだよね? それこそ、夜会でずっと踊り続けている狂った人にしか無理無理。そう思いながら、最後のターンを回る。
(あ、)
(ミシェル! あれほど踏むなといっただろう!? 治癒魔法だ!)
お父様がごたごた言っているのを無視して、即座に治癒魔法をかけた。




