スペシャルツール
普段なにかと眼を酷使されている方は、眼を閉じリラックスされ音声でお楽しみ頂くと一味違うかと拝察します。
題名:スペシャルツール
作者:なつ きたる
あらすじ
広い宇宙の彼方の星のお伽噺。そこに頭の良いアイという生物が住んでいて、グルという多数の集団をつくって暮らしていました。そのうちのひとつオロングルのお話し。そこのエリートアイ集団は、ゴルというスペシャルツールを使うことで大衆アイ達に仕事をして貰うことを天職と考えていた。道具は使い方で結果に違いが出る。さて、その結果は・・
スペシャルツール
広い宇宙の彼方、様々な生物が生息する、とある星のお伽噺です。そこには知能の発達したアイという生物が住んでいて、数千のグルという集団をつくって暮らしていました。そのうちのひとつのグルであるオロングルには、ゴルというスペシャルツールを使ってグル内のアイ達がそのゴルによりそれぞれ自分の仕事をし、あるいは生活するように上手く誘導することこそを自らの天職とするエリートアイの集団がいました。ゴルの使い方なら天下無双、超一流を自認するこのエリートアイ達の働きぶりを描いたお話しです。おしなべて道具というものは、その使い方により出来栄えには大きな違いがでてくるもの。エリートアイとは、ゴルを使って大衆アイ達に何らかの仕事をさせる、いわば仕事の元締め。その日もゴルを使っていたものです。
ゴルを使う
オロングルの住む地域は連日、猛暑が続いていた。オロングルのリーダーは職名をモトジといい、その職には特別ゴル使いと呼ばれる階層に属するアイがついていた。ゴル使いのプロ中のプロを自認するモトジのスタッフのトップ職名はクバルという名称で、モトジはクバルを呼んでいった。
「さあクバル、今回はこれだけのゴルを使い切って、いつものとおり有り難がらせて上手く皆に仕事をさせてくれよ。」
クバルは答えた。
「畏まりました。ではワケルに取りに来させます。」
ゴルを受け取りに来たワケルは口角滑らかに答えた。
「承りました。早速ツナグにこれを渡し、良い仕事をしてもらいましょう。」
ゴルを渡されたツナグがいつもの慣れた態度で応じた。
「分かりました。トネルにこれを持って行って処理させますよ。」
自分のところへ持ってきたゴルを見たトネルはそれを受け取っていった。
「了解しました。直ちにカトクにこれで作業するよう指図します。」
指示されたカトクは、肝の据わったドスのきく太く低い、しかし穏やかな口調で言った。
「分かった。それではいつもの通り、セイソとリョシ、それにノウミやロドシ、ブルカなどに使いきり有り難がらせ働かせますぜ。」
と、このように超一流のゴル使いを自認するエリートアイ達は、それぞれ自分の受け持ちのレベルで、自慢のゴル使いの腕をエリートらしく速やかに発揮して処理したものです。
その一週間後
モトジが、不機嫌そうな表情でクバルに尋ねた。
「先ほど公衆衛生部からの報告ではグル内全域に日常ゴミが溢れ、この炎天下に悪臭も出てきて、伝染病や環境問題に発展しかねない騒ぎになっているらしいが・・。」
クバルは一呼吸おいて、ゆっくりと答えた。
「はい数日前、セイソから、ゴルが足りなくてまともに生活できないとの苦情があり、それから動かなくなりました。担当からの連絡によると、セイソ達の現状はかなり苦しく不満足な状態で、無理な生活を強いられているとのことでした。」
その説明を聞いたモトジは不快感を露わにしながら、声を荒げて言った。
「その件はこのあいだ、セイソの毎日やっている、繰り返しの、創造性の欠片もない単純作業にはそれ相当に充分見合うだけのゴルを、在庫をはたいて使ったではないか。そんな代わり映えしない作業をよくマンネリ化せず毎日飽きもせずにやっていられるなと、かえって感心していたところだ。それが文句を言いだすとは意外だね、では簡単な表彰状でも出して真面目さを褒めたたえておくか?」
クバルは暫く考えてから言葉を選んで慎重に答えた。
「そう申されましても、たとえどんなに単純にみえる仕事でも、その対価としてのゴルは受け手にそれなりの満足感を与える程度に使うことがコツかと。仕事内容へのリスペクトが感じられないと効果は激減します。現状では少なくとも平均的な生活と比べてもかなり足りないようです。これは働き手の再生産の観点からもかなり重要なファクターであり、手抜きと見落としは長期的にはオロングル全体の致命傷ともなりかねません。この春からは星の南部に住むグルの間で領地をめぐる紛争が起きており、その近傍に広がるこの星随一の食料生産地帯が戦火に巻き込まれています。結果的に食料や燃料の価格が高騰、連鎖的に他の物価も高騰中です。セイソに限らずオロングル内のリョシやノウミなどの生活も逼迫しつつあるかと。今のところゴルの在庫はゼロですが、必要なら増産命令も可能です。今回は緊急事態への対応として追加にゴルを製造して使いますか?まあ、物価上昇や猛暑対策として特別支給するとかの理由で、ゴル特別製造指示書を作成してはいかがでしょうか。」
その提案を聞いたモトジは、冷ややかに見下した表情で、呑気にアクビをしながら面倒くさそうに答えた。
「いや、それは賢明なやり方とは言えないな。この種の話を大袈裟にして一大事が起きている印象を与え、セイソをおだて過ぎて甘やかすことに繋がってしまう。十人並みの能力しかなく、たいしたことをしていない輩に特別な褒美は無用の長物というもの、ゴルの安っぽい使い方は駄目だ。品格のある最高級な我らのゴルという名器が低俗などこにでもある、いやそれ以下の恥ずべきガラクタに格差がってしまうではないか。ゴルを特別増産するにしてもその大部分は、クリエイティブで複雑、高級な仕事をしている、ワケルとかツナグ達に使うのが理にかなっておる。つまり最高に優秀でアプリオリな要素にこそ高付加価値があるのさ。ところで、そろそろわしは他の仕事でいろいろ忙しい、後は頼んだよ。」
などと言いながら、そのリーダーは、七色に変化する華麗な四つの眼をキラキラと輝かせ、筋骨隆々とした六本の手足をブル、ブルルと震わせ、長い二枚舌をペロロンペと伸縮して、青いヨダレを垂らしながらニヤッと薄笑いを浮かべ、ゆっくりと豪華で大きな特別室に向かって歩いて行ったものだ。
二週間後
クバルはモトジに伝えた。
「我がオロングルのセイソは、皆、いなくなりました。」
昼食後の休憩中だったモトジはリーダー用の特別豪華な肘掛椅子にゆったりと蹲りながら、好物の特別珍味キャビアのツマミをひと塊、さっと口に放り込み、特別高級酒をグイと一気飲みしながら、酔った赤ら顔をして特別に驚きもせず言い放った。
「ふーム、そうなったかい。そういうことならば残りのゴルを有効に使って、よそのグルの同類の輩を必要なだけ雇って働かせば良かろう。どうせ誰にでもできる単純な、たやすい作業だからな。そう、誰でもできるのだよ、そうだ、その類の仕事は機械に、決して文句を言わず従順で使い捨ても自由な機械、つまりロボットにでもやらせたらどうだ?これは我ながら名案、名案、ウワハァホホッホー。」
と自画自賛しながら愉快そうに高笑いした。
クバルは上目遣いにモトジを見ながら、困ったように控えめに伝えた。
「しかしそうなると、当初はいろいろ混乱して整理や調整が必要になり、セイソがやっていた時よりもそれ相当に多量のゴルを使わねばなりませんがー。しかも仕事の質と量を同等以上のレベルにするには、かなり手間も時間も必要かと推測します。」
ゴミ収集ロボットの開発
とにかくそんな訳で、まずは居なくなったセイソの代わりを探して他のグルに住むアイ達に向けて大募集をかけてみた。更に日常ゴミの収集ロボットを急遽開発・実用化しようと、ゴル使いのプロを自認するモトジ達は得意の「ゴルイッキ大量投入の極意」というゴル秘技を駆使して、プライド溢れる高給取り達や上級技術者達へ、かってはセイソにあれほど出し渋っていたゴルを大量に使い、その尻を叩いて実現化を促し、研究や技術開発を加速しようと躍起になった。その間にも、様々な廃棄物は山積みとなり、生活衛生上の品質はみるみる低下していった。何とか即席で作り上げた地上走行型の収集ロボットは、自動運転の技術が低レベルだったことなど様々な原因から、頻繁に故障してあちこちで停止しては渋滞を引き起こした。暴走して対向車と衝突したり、混雑する歩道に飛び込んだり、赤信号を無視して交差点に進入したりし、交通事故が急増した。
その解決策の目玉として、空中から回収する方式の飛行収集ドローンを開発することとした。しかし、この改善策も運用のミスや初期故障が頻発し、制御不能になって建物や木々に衝突し、地面への落下が起きた。飛行経路が輻輳する場所が各地に生じたため住宅地の上空で空中衝突が発生し、収集した廃棄物と自らの残骸を大空から広範囲にまき散らし、その片づけに大わらわとなった。そしてとうとう、空港の滑走路に着陸しようとしていた旅客機に激突して乗客乗員全員が死亡する悲惨な航空事故も発生した。
居住区各所にあるゴミ収集場に集まったゴミを収集車へ積載する作業は困難を極めた。この積載作業を効率良くロボット化する為に、収集場をステーション化して少数に集約したが、多くの住民の自宅からのゴミ運び距離はかなり長くなり、その不便さの増大には苦情が絶えなかった。
不衛生化に起因して、経験したことのない質の悪い伝染病が発生し蔓延して、医療機関は崩壊寸前に陥った。経済活動は著しく停滞、オロングル内のいたるところは腐蝕し荒廃してきた。その対応の為とかとゴルを遮二無二増産した。以前の倍のゴルをセイソに使おうとしても、今となっては肝心のそのゴルの受け手となるセイソがどこにもいないのだ。他のグルに属するアイ達はこのオロングルの窮状を知るや、たちまちその成り行きを見透かして足元を見てきた。セイソの仕事の替わりはもっと高額でないと釣り合わないと、元の十倍以上の報酬を要求するグルもでてきた。
ゴル使い諮問委員会などの見解
この緊急事態を受けてオロングルの諮問委員会や賢いアイの会議などは次のような意見を発表した。
1.セイソ業務へのゴルの使い方
その業務実態に照らして著しく不適切で、改善を要する。
2.その理由
一般に、ある業務の重要性や困難度についての客観的な評価の結果は、ゴルの報酬額として明示される。いまセイソ業務に対する評価は急峻な断崖のようにデジタルな変化を迫られている。あたかも先天的に決まっているかのようなバイアスのかかった格付けは看過できない。セイソ業務はロボットが代替できる単純な繰り返し作業ではなく、誰にでも容易にできる業務に該当すると決めつけて、ゴル報酬額を最低レベルにしていることはもはや許されない。生身の労働力によるエッセンシャル業務の多くが、ロボットに比べて品質と効率の点で優れているのが実態である。このことから、実用的な代替ロボット開発の難易度が高い業務は、社会に必須の重要かつ困難な仕事として見直すことが必要になっている。これは通常の品質と効率の競争であり、リアルには負けのロボットを将来は追い越す見込みのあるバーチャル勝者にし、高品質・高効率・低コストの夢ロボットがまるで実在するかのような錯覚を与え、そのバーチャルな低コストをリアルなエッセンシャル業務に適用して不当な低報酬額としてきたと考えられる。もはやこれをそのまま放置することは許されない。
セイソ業務を見直すと、ロボットが品質と効率の点でセイソを追い抜いたとリアルに認められるまでは、以前より高い報酬額になる。このような報酬決定手順は全ての業務に共通したもので、生産性に関する健全な競争原理に基づく。現在のグローバルなセイソ報酬額の急激な上昇トレンドは妥当と認められ、このグローバルな相場を参考にオロングルの額を決定することは適切である。」
ところが、モトジとクバルはこれに驚き、あくまでも頑固に自分たちに誤りはないとして、
「我らは公の権威であり、無謬な存在だ。セイソの仕事に法外な量のゴルを使うことが許されるわけがなく、ゴル使いの邪道で、ゴルの価値を貶めるものだ!どうみても、バッ、バッ、倍額が限度であーる。」
と大声で怒鳴り、全身をブルルッと震わせた。
実用性に優れた「夢の収集ロボット」なるものが本当に存在するなら、急遽導入してすがりつきたい切羽詰まった状況になってきた。当面の危機回避を目指して非常事態宣言を発動し、難色を示す軍隊をも動員し、滞ったゴミ処理をした。個別・地域別に時間差で収集作業にあたったが途方もないコスト、つまり莫大な量のゴルを使う羽目になり、こっちが奇麗になると今度はあっちが汚れ、暫くするとその逆になる、という繰り返しが延々と続くことになった。
モトジは肩肘を貼り、賢く権威ある風に装いながら、震えた甲高い声音で言った。
「ところでよく考えたら、ゴミは出した者が処理するのが原理原則であり自然の摂理なのだよ。皆に自己責任でなんとかするようにと指示したらどうか。これは我ながら名案、名案、ウワハァホホッホー。」
と自画自賛しながら愉快そうに高笑いした。
それを聞いたクバルは、いつものように冷静沈着で感情を露わにしない上目遣いにモトジを見ながら控えめに、とは流石にしていられなくなった。ビー玉のような眼をカッと見開き、少し力んで、
「今のところ自分の出す廃棄物を分別することや、公の収集場に運ぶまではそうでしょうが、それから先は公共事業と解するのが適当かと拝察しますが?」
と、思わず小声で精いっぱい呟いたものです。
ところで、モトジの今度の名案とは、今までは自力で当事者が収集場へ出した後、ロボット収集車への積載作業はセイソの替わりのロボットが行う予定だったが、このシステムに故障が多いため、今後は積載も自己責任で、当事者が行うことに変更するというものだった。これは「夢の収集ロボット登場」というセイソなき後のゴミ処理の宣伝イメージは後退し、ゴミ出し者は今までやらなくて良かったセイソ業務をボランティア的に無報酬で行うという内容に変質した。これにより収集車の到着時間のズレや積載作業上のミスなどが重なると搬出漏れは急増して不衛生状態は残り、ゴミ出し者の作業不慣れによる負傷事故等も多発し、大衆の混乱と不満感は一層増大していった。
そして匙は投げられた
様々な廃棄物は日々絶え間なく発生してくる。その効率的な処理は付け焼刃で手に負えるほど単純な仕事ではなく、凡庸な頭で思いついた空想や絵空事で対処出来るはずもない。毎日収集された膨大なゴミを24時間体制で処理する工場のロボット化でも高度な専門性を必要とする。ましてや日常的に発生してくるオロングル域内全体のゴミ収集作業をロボット化するなどは一朝一夕に出来る話ではない。これまでも、発生する様々な廃棄物を収集して処理をするということは、日々、厳寒の冬でも早朝から、猛暑の夏でも炎天下で、豪雪や豪雨の時にも、心の内でマンネリ感と厳しい闘いをしながら絶え間なく行う、地味でエンドレスな仕事で、その作業がどんなに単純で容易そうに見えても、個々のセイソの献身的ともいえる精神性に支えられている。更にこの献身力のベクトルを巧みに集約・活用する高度な管理の仕組みを構築し、それを絶え間なく維持することで成り立つもので、多くの関係者の知恵と努力の結果として実現する一つの巨大にインテグレートされたシステムといえる。その要となる生身のパワーを理解もしておらず、その存在の価値を認識していないでただ単純に担当者を取り換えればよいなどと思いつき、知ったかぶりとも取れる態度で、与えられた権限に基づく指示を漫然と軽く口に出すようでは、リーダーとしてモトジの席に着いているそのアイの資質と職務適合性に疑問を提起せざるを得なくなってきた。
というわけで結局、そのモトジは持てるゴルの使用権を乱雑に使い放題したが、莫大なゴルを使い散らしたこととなった。当初の発想の根本的な貧困、バイアスとフィルタのかかった思い込みによる大きな舵取りミスは、今となってはどうともし難く有効な手は何も打てなくなった。するとある時、あっさりと匙を投げた。オロングルの領域にいる事を放棄し、大ゴル使いグループの縁故を使って仲間と共にさっさと他の平穏で清潔なグルの領域へ移住してしまった。そして、そこでは以前から口癖だったスローガン、
「全てのオロングルのアイが、五百歳まで幸福に生きることを念頭に置いた政策を優先するのが、私のモットーです。」
特に「五百歳まで幸福に生きる」は、自分と仲間には忠実に適用して幸せに暮らしているとのことです。
一方、混乱の極みのゴミ処理問題を、オロングルに残ったエリートアイや大衆アイ達が、その後どう処理してゆくかは不確定で、読者のご想像あるいはご創造次第ともいえます。
教訓、ゴルという特殊な道具を適宜によほど上手く使いこなすというのは、専門家や熟練者といえども、やはりそう簡単ではないようです。
(注記)
この空想のお話しに登場する、モトジ、クバル、ワケル、ツナグ、トネル、カトク、セイソ、リョシ、ノウミ、ロドシ、ブルカ、などは、オロングルの職業の架空の名称です。特定の個人名ではありません。
<終り>