起:捨てられた彼とびっくり箱
12時間ほとんどぶっ続けで書き続けた作品なので、多分粗多めです。
多少目を瞑っていただけると幸いです。
生きる意味。この多可橋論がこれまで生きてきて一度も真面目に考えてきたことのなかった命題。それを考えるにはわずか十五歳の自分はまだあまりにも幼すぎるし、だいいちそれを見つけたところでどうなるのだ、という諦念さえもあった。
しかし、この状況においてそんな言い訳はしていられなかった。目の前の存在が、僕に問いかけてきていたから。
「Q. 生きる意味とは?」
シルクハットにマント、胸元のペンダントという風体だけを見れば一見英国紳士だが、案山子と見紛うほど細い体と口元に三日月のような切れ込みの入った白い仮面が異様さを際立たせている。
怪人A。最近クラスでも噂になっている都市伝説。
人気のないところで一人になっていると突如現れ、質問を投げかけてくる。それに対して正しい答えをすることができれば何事もなく消えるが、間違えるとあの世に連れ去られてしまうという。その噂で聞いた格好に酷似していた。
しかも、それだけならまだ、つまらない模倣犯の可能性はあった。この学校にはとんでもないイタズラ好きの先輩がいるという話も聞くし。でもそれが単に人間の仕業ではないことは、彼が何もない空間から突如として現れたことから明白だった。ここは屋上で、隠れられる場所なんてどこにもないのに。
だからこそ僕は頭を抱えているのだ。怪人Aから問いかけられてしまった、生きる意味に。
生きる意味。生物的に考えれば、繁殖するため、だろうか。だがそれは目的を意味と言い換えただけで、質問に答えているとは言い難いような気もする。
であれば、生きる意味を探すため……とか。それは問題をすり替えただけで、そもそも答えになっていないか。生きる意味を探すために生きるというのは、まるでそれ自体がウロボロスのような、致命的な矛盾を孕んでいる。それが通るならどんな無為な行動も意味を為すだろう。目に見えた誤答。
僕にはその答えを出せない。今まで生きてきたなかで、その答えを構成するピースのうち、どれも手に入れていないような感覚。言い換えてみればそれは単に経験不足なのだろうけども、その陳腐な説教で使われるような文句が、今はとんでもなく致命的なのだ。
僕が悩んでいるあいだ、怪人Aは微動だにせず、時折僕が忘れたとでも思っているかのように質問を繰り返すだけだった。その無機質な声は、意図せず焦らせる効果を持っている気がする。蛍の光だって、作曲者は閉店を知らせるために作ったわけではないだろう。それと同じ。急がなければならないような、さもなければ取り返しのつかないことが起きてしまうような、本人が一番焦っているような。そんな声。
焦っている?本人が?我ながら馬鹿馬鹿しい。現に怪人Aは直立不動で僕の解答を待っている。ただ一度だけのその答えを待っている。生きる意味とは。そんなの知らねえよ、と吐き捨てたくもなるが、答えにはならない。いや、ならいいのか?答えを間違えれば連れ去られるんだとしたら、答えなければいいじゃないか。
「お前はなんなんだ?」
逆に問うてみる。こんなことをして、こんな問題で僕を悩ませて、一体何がしたいんだ。もちろんそれ以上に、質問を質問で返す意趣返しみたいな、そんな子供だましみたいな思考もあったけど、本心から出たものであることに間違いはなかった。
突然、怪人Aが震え出した。それも残像が見えるくらいの勢いで。
間違えた間違えた間違えた。冷や汗が背中から溢れてくる。こんなことしなければよかった。普通に考えればよかった。話を聞く限り時間制限はないみたいだったし。
恐怖に足が竦んで身動きが取れないなか、振動は勢いを増していく。残像は横に広がって、まるで酔っ払いの視界のようになっている。このまま気づいたらあの世に連れていかれるのか。そんなのは嫌だ。僕はまだやり残したことが……やり残したこと?
考えてみれば、この世に未練など一切なかった。それはもちろん死にたいなんてわけじゃなくて、ただ単に、ここからいなくなっても困ることが何もないってだけだ。僕は影響を与える間もなく消えていく。
びゅおおおう。怪人Aがペイントソフトで無理やり横に引き延ばしたみたいになったかと思った瞬間、突風が屋上を襲った。あまりの勢いに耐えられず目を閉じてしまう。風は数秒続いたかと思うと急に止み、まるで何事もなかったかのように自然な空気に戻った。目を閉じたまま思う。ああ、あの世に来てしまったのか。ついぞ僕は助からなかった。だがそれで誰が困るというのか。どうせ取り立てて目的のある人生を送っていたわけではないのだ。せいぜい地獄の責め苦を受けないよう祈っておこうじゃないか。恐る恐る目を開けると、そこには怪人Aのペンダントだけが残された屋上だった。
生きている。意味もなく。
そう思った瞬間、気付けば涙を零していた。頭の中ではあんなに強がっていたくせに、いざ生き残れたことがわかるとこんなにも嬉しいものか。いや、それでいいじゃないか。ただ死にたくないだけ。生きる意味なんてのはそんなもんでいいのだ。
ふと、吸い寄せられるように怪人Aのペンダントを拾い上げる。それはよく見ると端に留め金があった。恐らくロケットだろう。何を考えるでもなく開けてみる。中には、優しそうな中年男性の顔が映っていた。ただし英国紳士というよりは、日本人のサラリーマンという容貌だったけど。
ドタドタドタドタ、ガチャリ。バコーン。
僕がロケットを手に載せて至上の喜びに身を浸していると、後ろ──つまり屋上の入り口たるドア──が勢いよく開けられた。涙を見られるのは恥ずかしいという意識が先行して、咄嗟に顔を拭う。こんなときくらい気にしなくていいだろう、と笑みがこぼれてくる。生きているとこんなことでさえ笑える。
ただし、次の瞬間には再び恐怖に塗り替えられてしまったが。
「お前、ここで何してたんだ?」
いきなり胸ぐらを掴まれながら、そう問われる。一難去ってまた一難。目の前にいるのは見るからにヤンキーっぽい男で、なんなら校舎裏で煙草をふかしているのを見たことがある気さえする。この人も怪人Aとかそういう手合いか。普通に階段を昇ってきた音がしたあたり、普通の人間ではあるだろうけど。
「こ・た・え・ろ・よ」
ただし、怪人Aと違って全然待ってくれはしなかった。大きく体を揺さぶられる。正直、こんなことをされたら答えるに答えられない。
「もしかしてお前が怪人Aか?あァ?」
「ち、違います!」
大慌てで否定する。僕みたいなやつが都市伝説になるわけがないだろう。せいぜい学校だよりの不審者欄に載るくらいだ。いや、それでも十分に良くないんだけど。
「じゃあ証拠出せよ証拠。お前が違うってんならよ」
再び大きく揺さぶられる。そんなの悪魔の証明じゃないか。それならあなたが先に怪人Aじゃないことを証明してくださいよ──なんて屁理屈、言ったら多分タコ殴りにされるんだろうな。それでも提示できる証拠なんて……あるか。これを信じてもらえるかは賭けになるし、僕が生き延びた証であるこれを簡単に差し出したくははないけど、とにかく今もなお命の危機なのだ。これを脱せずしてどうするのか。
「こ、このロケット……」
握っていた手のひらを上に開示。それは僕にとって実質白旗を振る行為だった。
だが、攻撃はなおも続いた。
「これがなんだ?結構年季が入ってるみてェだけどよ、もしかしてこれをあげるから見逃してくださいってか?」
「怪人Aの……ロケットです……」
言って、僕が大馬鹿者だったことに気づく。誰かのシンボルを持っている。普通に考えて、それは持っている人がその人であることを意味する。つまり、僕は今、自身が怪人Aであると自白したも同然。二度あることは三度あるが、一度逃れられた困難から二度逃れられるとは限らない。僕の人生はここでこのまま殴られるか締められるかして終わるのだ。ああ、改めて噛みしめるとどうにも惜しくなってくる。
「ふうん、これが?なるほど、なるほどな……」
意外にもヤンキーな彼の反応は好感触だった。何故だ?ふと、体が重力を思い出したかのように地面とぶつかる。解放されたのだ。ロケットが転がっていかないように、しっかり握りしめる。
「だから反応が消えたのか、やるじゃねえか。俺のエモノを取ったのはムカつくけどよ」
「お前、名前はなんだ?」
機嫌を直したかと思いきや、またしてもぎろりとにらまれ、僕は選択の余地なく答えさせられる。
「多可橋論です……」
偽名を言っている余裕なんてなかった。ここで間違えれば、今度こそあの世に連れていかれるに違いなかったから。
「ふうん。論、論か。一年坊か?」
「そうです」
早く逃げたい一心で、食い気味に答える。
「よし論。お前明日部室棟4-Cに来い。来なかったら……わかるよな?」
僕はもう言葉を発することもできずにただ頷く。壊れた赤べこのようなさまは無様だったがウケたらしく。
「おう、じゃ帰ってよし」
ニコニコ笑顔で送り出された。
そこから、どうやって帰ったかは覚えていない。ただ生き延びた喜びと、一日に二度も死の恐怖を味わったことで、爆発しそうな感情が身体を満たしていた。
***
翌日、放課後。僕は言われた通り部室棟に足を運んでいた。当然ながら重い足取りで。ここで行かなければそのまま平穏な日常を送れるのではないか、という希望と、どうせ同じ学校に通っているんだからいずれ所在は掴まれて、そうなれば逃げた分だけ罰が下るだろう、という絶望の間で、どんどん階段を昇っていく。まるで処刑台に向かっているような気持ちだ。
言われた部室は4階の廊下の奥の方にあった。逃げ出すにはもっとも不利な立地。が、根城にするにはちょうどいいのかもしれない。廊下の奥であれば当然通りがかるのはその部屋に用がある人だけで、僕みたいなのを連れ込んで脅すときに、多少大声を出しても聞かれにくいだろうから。
そんな思考の末、ついに扉の前にたどり着く。ここを開ければ。開けてしまえば。
開けたくない。開けたいわけがない。ここでおとなしく扉を開けるのは、ネギを背負って鍋に入る鴨に等しい。一応、カツアゲされてもいいように財布から万札は抜いて、必要最低限相手に「まあこんくらいにしといてやるか」と思わせるくらいの金額だけを残してある。自分で言うのも恥ずかしいが、取られる準備は万全だ。
「ねえ、何してるの?」
後ろから声をかけられて、思わず前に倒れ込みそうになる。咄嗟に腕を掴んでくれた手は細やかで、その声は明らかに女子のものだ。昨日のヤンキーではない。
振り向くとそこにはいかにも大人しそうな女性がいた。ネクタイの色が青だから、多分二年生のはずだ。一年生なら赤で、三年生は緑。
「大丈夫?驚かせてごめんね」
微笑を浮かべる彼女はどこか儚げで、触れれば壊れる蝶の標本のようだった。僕はそんな奴じゃないから決して触れることはないが。
「私、毒島断理。君も、もしかしてここに用事?」
君も、ということはこの先輩もカツアゲされているのだろうか。いや、女性ということはもっと酷いこともされているかもしれない。ヤンキーは恐ろしいが、目の前で被害に遭っている女性を見捨てるわけにはいかない。僕にできることなんてたかが知れているだろうが、なんたって昨日二度も死線を潜り抜けたのだ。二度あることは三度ある。きっと次も、どうにかできる……といいな。胸ポケットに生存の証たるロケットがあることを確かめて、意気揚々とドアを開けた。もちろん、彼女は後ろに下がってもらったうえで。
「痛っ!」
その瞬間、頭に何か落ちてきた。何か小さいボールのような。大量に降ってきたそれらは跳ねて部屋を転がりまわる。これは……スーパーボール?
「引っかかったなァ!……あ、論?!」
昨日のヤンキーが僕を指さし笑ったかと思ったら、目を丸くした。まるで僕が来たことが意外みたいに。自分で呼んだくせに。
「くっそ、断理を引っかけたかったんだけどな。まあいいや、よく来たな論。偉いぞぉ~」
いきなり出鼻をくじかれたが、目的はただ一つ。僕と、毒島先輩への脅迫をやめてもらうこと。
「歪くん、まさか……」
後ろから彼女の引いたような声が聞こえてくる。あれ、もしかして二人とも知り合い?
「あァ、違ェよ。昨日のアレの件で呼んだンだ」
歪と呼ばれたそのヤンキーはバツが悪そうに頭を搔いている。仲も悪くなさそうに見える。もしかして、僕は不必要に先走ったんじゃないか?
二度も出鼻をくじかれてしまっては、もはや鼻は残っておらず平らな顔になっていることだろう。まるで仮面のように滑らかだろう。そう、あの怪人Aの着けていた仮面のように。
「そうだ、あの……!」
何故僕を怪人Aだと思ったのか、よく考えれば意味がわからない。怪人Aの大きな特徴はあの仮面、そして英国紳士のような姿で、一方僕は学生らしく制服姿だった。それに加えて、あの状況でいちゃもんをつけるなら僕を怪人A呼ばわりする必要はない。ただ、「何ガンつけてくれちゃってんの?」とか言うだけでいいのだ。僕を怖がらせるならそれで十分。最近流行っているから偶然それを言い訳に使った、と言えなくもないけど、それならロケットを差し出して追及が止まったのも不可解だ。結局あれは僕の手の中に納まったままだし。
「待て、質問すんのは俺だ」
「昨日あそこで何があったか、教えてもらおうじゃねェか」
またしてもあの睨み。ヘビに睨まれたカエルの如く、僕は大人しく答えることを強制される。
「なんとなく、屋上に行こうと思ったんです。別に何か、悩みがあったわけじゃないんですけど。高いところから見下ろしてみたいと思って」
「どォでもいいよ、お前の心情なんてのはよ」
ヤンキーに制される。確かにまあ、関係なかったかもしれないけど。どうでもいい呼ばわりはあんまりじゃないだろうか。
「そんなことないよ、出現条件に関わってるかもしれないでしょ?」
毒島先輩が助け舟を出してくれる。正直、今日は一方的に攻撃されるだけだと思っていたので、味方がいるのは心強い。
「すみません。それで、屋上でぼんやりしてたんです。そしたらいきなり」
「あいつが現れた、と?」
「はい、それで」
「なんて質問されたんだ?」
すごくさえぎってくる。この人、本当に話を聞く気があるのだろうか。
「生きる意味とは……って」
「珍しいね。最近の傾向からすると」
毒島先輩が首を傾げている。可愛い。
「お前はなんて答えたンだ?」
ヤンキーは相も変わらずこちらに圧力をかけるのを忘れていない。そんなことをされなくても、大人しく話すのに。
「逆に質問したんです。お前はなんなんだよ、って」
「ほう……」
一転、睨み付けが尊敬したような眼差しになる。無茶ぶりをしたのを、なんとかこなして見せたのに感動したような。
「それで、ぶるぶる震え出したかと思ったら急に強い風が吹いて、気付いたらいなくなってたんです」
「で、あのロケットだけが残ったのか」
「そうです」
「ロケット?」
毒島先輩がそう尋ねてくる。そうだ、まだ毒島先輩はまだ知らないのだ。胸ポケットから取り出したそれを、そっと手渡す。
「ふむ……いいロケットだね。大事に扱われてきたみたい」
毒島先輩はその大きくてくりくりした目を輝かせて矯めつ眇めつロケットを観察する。こうしてみると小動物みたいだ。ひまわりの種を山で与えられたハムスターとか、そんな感じの。
「ありがとう。返すね」
渡されるときに手同士が触れて、思わず硬直してしまう。いい匂いもするし、なんだかいけないことをしている気分になる。慌てて胸ポケットに仕舞いなおす。
「憑物が落ちてるってことはちゃんと手順に乗っ取って祓えたんだね」
「質問返しなんて正解、誰にでも思いつきそうなもんだけどなァ」
毒島先輩が満足げな一方で、ヤンキーは腑に落ちないと言った表情だ。
ていうか。
「なんで僕を怪人Aだと思ったんですか?」
ずっとタイミングを逃していた質問。するならここだろう。
「そらお前、屋上に反応があって消えたかと思ったらお前がいたから変質したと思ったンだよ」
「反応?」
何の反応だ?まさか放射線とかルミノール反応とかじゃないだろうし。
「歪くん……何も説明してないの?」
毒島先輩が呆れた目でヤンキーを責める。全くもってそうだ。今のところ、カツアゲとか脅迫というわけでもなさそうだし。
「もしかして、ここが何なのかも?」
「知りません」
かぶりを振る。僕は何も知らない。
「だ!だってよォ!あんまりパンピーに情報を漏らすなっつーのは」
「わかるけど、彼は当事者なんだし、用語を出して説明しないのは不親切でしょ?それに、正しい手順を踏めたってことは適性があるかもしれないし。憑物を拾ったのもそう」
「それもそうか。じゃァいいや。論!」
「なっ、なんですか?」
呼びかける時にあまり大きな声を出すのはやめてほしい。心臓に悪いから。
「お前、なんか部活入ってるか?」
拍子抜け。「命を捨てる覚悟はあるか?」とか「大事な人はいるか?」とか、そういう質問をされると思ったのに。
「帰宅部ですけど」
「じゃあちょうどいいや。これ書け」
どこから取り出したのか、彼の手には一枚のプリントが。入部届だ。まさか、ここは部活だったのか?でも何の?
「名前書きゃあとは埋めといてやるから。ほら、早く」
急かされても、さすがに躊躇する。名前の自筆だけ求められるのはいくらなんでも怪しすぎるし。悪用なんていくらでもできるだろう。
「お願いしてもいい?今、人手不足で困ってるの」
毒島先輩が上目遣いで頼んでくる。正直効く。まあ、入部届であることに間違いはないのだ。退部届は先生に受理してもらえばいいし、自筆があってもハンコがなければ悪用はしにくいだろう。多分。名前を書く欄にさっと記入する。これでもう逃げられない。
「ようこそ、怪異対策委員会へ!」
毒島先輩は追い込んだ獲物が上手く落とし穴にかかったような──これは直喩かもしれない──笑顔でそう言った。って、委員会?
「部活じゃないんですか?」
「ああ、普通の部とはちょっと扱いが違うの。でも基本的には同じだから大丈夫だよ」
毒島先輩が大丈夫というなら大丈夫なのだろう。というか、もう僕に他の判断基準は残っていない。なにしろ、昨日都市伝説とカツアゲ(?)に遭ったばかりなのだ。これまでの日常を構成していた法則は乱れたといっていいだろう。
「そういえば、君の名前をまだ聞いてなかったかも」
「ああ、多可橋論です。一年帰宅部です」
「ふふ、でも今はもう怪異対策委員会だよ?」
笑顔が眩しい。快活な運動部の笑顔が太陽だとすれば、彼女のそれは月明りだ。優しく照らしてくれるものの、僕が暗すぎて直視できない。
「そういえば俺って名乗ってねェな。栗城歪だ。見ての通り、二年」
濁流が割り込んできた。天の川に阻まれた織姫と彦星はきっとこんな気持ちなのだろう。というか、二年?言われてよく見ると着崩した制服にちらりと見えるネクタイの色は確かに青だった。昨日はそこまで観察する余裕がなかった──というかそもそも学年を気にしている場合じゃなかった。だから勝手になんとなく同級生だと思っていたけど、言われてみれば毒島先輩とタメ口を聞いているのだし、二年生でもおかしくない。
「それで、ヤ、栗城先輩……怪異対策委員会って何をするところなんですか?」
入ってからする質問ではないが、聞かないことには始まらない。
「読んで字の如くだろうがよ。怪異の対策をする委員会だ」
「あの、具体的に」
「ごめん、私から説明するね……」
毒島先輩が申し訳なさそうに目を伏せる。悪いのはどうみても栗城だ。謝らなくていいのに。
「ざっくり言うと、校内とか学区に広まってる噂を調べて、怪異を祓うのが主な活動だよ」
「怪異?」
「それこそ、怪人Aみたいなね。都市伝説っていうのかな、そういう話の存在はあんまり意識されると本当に存在するようになっちゃうの。そうすると、その話の通りに害を為すようになる」
そんな小説のような話が、と言いたいところだが、実際僕は怪人Aを目の当たりにして、質問されて、消えるところまで確認している。「ある」ないし「いる」のだろう。
「で。怪異の存在度っていうのはその怪異が信じられてるほどに強くなる。だから一度被害が出るとまたその話が広がって存在度が強くなるっていう悪循環に陥っちゃうの。そうなる前に仕留められるのがベスト」
「でも……どうやって祓うんですか?」
僕の場合でも、何が起こったかは自分でも把握できていないし。だいいち、あれは祓えたと言っていいのか。
「逆に言えば信じられなくなればいいってことだから、関係ない噂で塗りつぶしちゃうとか、逆に意味不明な目撃情報を追加して、信憑性を低くするとかね。これが一番簡単かな」
「そうかァ?ぶっ飛ばした方が楽だしわかりやすいだろ」
栗城が物騒なことを言っている。ていうか、ぶっ飛ばせるのか?そういう存在は、基本的に物理干渉はできないとされるものだが。
「確かに歪くんはそっちのが早いだろうけど。私は憑物の特性上、ちゃんと見極めないといけないから面倒なの」
「あ、その憑物ってなんですか……?」
さっきは聞き流していたが、僕の知っている単語とは意味が異なっていそうだ。
「ああ、怪異の残滓みたいなものだよ。ほら、君のロケットもそう」
あのロケットが?正直記念品感覚で拾ってきていたから、物自体は大したことないと思っていたんだけど。
「怪異の持つ異常が少し残ってるから、これで怪異に干渉することができるの。歪くんは大抵これで怪異を無理やり祓ってる」
「回りくどいのは嫌いなンだよ」
言いながら、栗城は頭を掻く。見た目に違わずストレートで、多分力任せな方法を取っているんだろう。もうちょっと手段は考えて欲しいものだ。僕を屋上で捕まえたときも、胸ぐらを掴む必要はなかっただろうし。
「でも、そうしたら憑物は落ちないじゃないの。いつもカバーストーリーを流布してるのは」
「はいはい、わぁってンよ」
「どういうことですか?」
やはり力任せはよくないということだろうか。
「歪くんのやり方だと怪異を無理に消すから、残滓である憑物まで消えちゃうの。そうすると怪異にまつわる噂は消えるんだけど、消えた違和感は残るのね?それで忘れた何かを思い出そうとして、怪異が復活しちゃうことがあるの。それを防ぐために、嘘のおまじないが流行ってたけどつまんないから忘れてたことにする、みたいな感じでカバーストーリーを流してるんだ」
じゃあやっぱり、栗城のやり方は百害あって一利なしのような。
「まあ、仕方ない場合もあるんだけどね。噂が広がりすぎて嘘で塗りつぶせなくなったら、そういう強行手段を取るしかないし。一応、正しい手順を踏めばそういう面倒なこともなく祓えるんだけど、そんなのなかなかできないもん」
「正しい手順ってのは、僕が怪人Aに質問し返したみたいなことですか?」
「そう!あれって本当にすごいんだよ、何か心当たりがあったの?」
「別に、そういうわけじゃないんですけど」
あれは本当にムカついたが故のヤケクソで、功を奏するなんて微塵も思っていなかった。
「なおさらすごいよ!そしたら、論くんはワーカーになってもらおうかな」
「どっちみち最初から決めてたんだろォ?俺も反対はしねェけどよ」
「歪くんうるさい。どう、やってみない?」
月光のような笑顔。断るわけもなく。
「やります!」
と二つ返事をしたところに、チャイムが鳴り響いた。
「……みなさん、お疲れさまでした。帰り道に気を付けて、気を付けて帰りましょう」
下校の合図だ。いつもはこの時間まで残ることがないから初めて聞いた。時計を見れば既に18時。夕日が窓から差し込んでいる。
「帰るかァ」
「じゃあ、続きはまた明日だね。送っていこうか?」
「あ、や、大丈夫です。チャリなんで」
なんて咄嗟に言ってしまったが、本当は徒歩の距離だ。あまり耐性がないから必要のない嘘をついてしまう。胸がずくりと痛んだ気がしたのは、きっと騙した罪悪感だろう。
結局、下駄箱の前で別れて、僕は自転車置き場のところに行くフリをしてやり過ごした。二人はどうやら同じ路線を使っているらしい。もしかして、と思うが、そんな邪推はどうにもならない。十分な時間が経ったことを確認して、改めて帰途に着いた。
ベッドに潜り込んで考える。怪異対策委員会、か。人の噂を元にして生まれた怪異を、祓い消す委員会。ワーカーというのが一体どういう役職なのかはわからないが、名前から察するに十中八九実働部隊──今日話していたように、噂を流したり、怪異と戦ったりするのだろう。後者はもちろん、前者にも自信はない。というのも、クラスでは影が薄い方なのだ。いや、クラス外でもそれは変わらないが。僕が怪人Aの噂を知ったのは友達から聞いたわけではなく、近くの席で話していたのを耳にしただけに過ぎない。そんな自分に噂の流布なんてできるのだろうか。そもそも、話しかけただけで避けられはしないだろうか。いずれにしろ、明日話を聞いてみないことにはわからない。不安と期待を胸に、目を閉じた。
翌日。なんてことはない現代文の授業で、隣の奴に話しかけられた。名前は憶えていない。多分、新橋とか言った気がする。
「わり、タカハシ。教科書ちょっと見せてくんね?」
別に断る理由もないので承諾し、机を寄せて教科書が二人に見えるようにする。こういうイベントは女子相手に発生して欲しいものだが。まあ、両隣が男子の時点で叶わぬことは明らかなので諦める。
にしても、新学期が始まって早三か月、こんなことは初めてだった。普段は空気のような存在でしかない僕が誰かに頼られるというのは、あまり悪い気はしなかった。昨日の入部届の流れも頼られたと言えなくはないが、あれは別物だし。なんなら遠回しな脅迫ですらあったんじゃないだろうか。まあ、快く承諾したのは僕自身だから文句なんて言えたことではないが。
「そういえば、怪異対策委員会って知ってる?」
せっかくの機会だから、話を振ってみる。別に全知を名乗るつもりは毛頭ないが、クラス中の話を聞いている僕にとって学校のことで、少なくとも人間関係ではなく公にされていることで、知らないことはないと思っていたのに、怪異対策委員会については聞いたことがなかったからだ。だから、新橋(新田だったかもしれない)が知っているとは限らないし多分知らないだろうが、話題にするにはちょうどよかった。
「いや、知らないな。何それ?」
「なんか、部室棟の4-Cにあるらしいんだけど」
新橋がオレンジを噛んだはずが苦かった、みたいな表情をする。
「部室棟の4階っつったら七不思議だろ?出入りできないはずなのにたまに入り込んじゃって、そのまま帰らぬ人になる、みたいな。それの一部なんじゃね?」
これも初耳だった。もしかすると、僕はかなり驕っていたのかもしれない。耳にしていたのはあくまで一部、井戸の中でしかなくて、外には大海が広がっていた。
「そうかも。ありがと」
「いーよいーよ、こちらこそ教科書ありがとな」
楽しく話せた気がする。授業の内容は全然頭に入って来なかったけど、こういうのもたまには悪くない。
***
そして放課後、僕は出入りできないはずの4階に足を踏み入れる。もしかして普段あまり会話しないから揶揄われたのだろうか。確かに昨日まで僕は帰宅部だったから部室棟に近づく用事はないだろうし、なんかうっすら怖いイメージを抱いて終わりだ。それを他の人に話したら「え?別にそんなことないよ?」と言われて恥をかくが、その機会すらもないと踏んだのだろうか。確かに僕は全然話さない方だが、今日みたいに機会があれば会話したいと思っている。新田め。まあ、そこまで怒ることでもないか。実際に僕は知っていたから、恥はかかずに済んだわけだし。
4-Cのドアを開けると、まだ誰もいなかった。来るのが早かったかもしれない。仕方がないので、適当なパイプ椅子にあたりをつけて腰を下ろす。こうしてみると、廊下から見たときより中が広いような気がする。部室は整頓されているとは言い難い状態で、なんなら昨日のスーパーボールがまだ床に散らばっているほどだから大したものなのだが、それでもやや奥の一角、執務室にあるような一人用の机だけは綺麗になっている。「委員長用」と書かれた卓上ネームプレートがあるから、委員長の机なんだろう。
そういえば、委員長は誰なんだろうか。二人は多分違う(あの机に近寄る気配もなかった)し、昨日はたまたま来ていなかったのだろうか?やっぱり、こんな委員会の長ともなると忙しいのかもしれない。やることは色々あるだろうし。
ガチャリ。ドアノブに手をかけられた音。
ドォン!ドアを……蹴る音!?
然して物騒な入り方をしてきたのは、毒島先輩でもヤンキー栗城でもなく、全身が埃やら油汚れやらにまみれた男子だった。ネクタイは緑……三年生か。
「あれ、まだ栗城のバカ来てなかったのか……」
溜息混じりに愚痴る先輩は、こちらに気づくと片手をあげてこう言った。
「オヤオヤ。新しい実験体くんか?」
「違います!」
思わず立ち上がって否定する。いきなり初対面の人を実験体呼ばわりとは、とんでもないマッドサイエンティストだ。ここはサイエンスとはかけ離れた空間のはずなのに。いや、だからこそか。オカルトとマッドサイエンティストの親和性はきっと高い。
「なーんだ」
僕が精いっぱい体を大きく見せて威嚇するのもどこへやら、興味なさそうに適当なパイプ椅子に腰かけてスマホをいじり始めてしまった。例の机に座る様子はないから、この人もきっと委員長ではないのだろう。いや、委員会は?
「あの、あなたは……」
気まずい沈黙に耐えきれず、思わず聞いてしまった。
「ああすみません、先に名乗るべきですよね。僕、多可橋論って言います」
「捩味ななめ。以上」
取り付く島もない。突き放されてしまっては、僕としてもどうしようもない。
静寂が二人を包む。なんとも言えない、嫌な時間。
それを破ったのは毒島先輩──ではなくて、栗城先輩だった。
「珍しいっスね、捩味センパイ!」
今まで明確に敵だと思っていたが、こればかりは有難い。が、栗城先輩はスーパーボールを拾いながら、
「そうだ、今日は俺とお前でフィールドワークだから。よろしく頼むぜ、論」
そう宣った。
「断理は休みなンだと。どォせオリエンテーションみたいなもんだから肩肘張らなくていいぜ」
肩を張ってはないが落としてはいる。とはいえそんなことを言ったらまたひどい目に遭うのは明らかなので、僕は大人しくついていくことにした。
***
フィールドワークというからてっきり街中を歩くのかと思ったら探索範囲内は校舎で、どうやら情報収集をするらしい。オリエンテーションみたいなものとはいえ、心霊スポットのような場所に行かされると思っていたから少し拍子抜けだ。とはいえ気は抜けない。情報収集ということは恐らく聞き込みをしなければならず、それは僕の苦手分野だからだ。
「よし、ここらでいいか」
栗城先輩と共に最初に訪れたのは理科室だった。理科室の定番といえば動き出す人体模型だ。しかし、ウチの理科室には人体模型も骨格標本もない。昔は置かれていたそうだが、経年劣化で廃棄したあと、授業で使っていないという理由で再導入が見送られたらしい。これも聞き耳を立てて得た情報だ。
「え?何してるんですか?」
僕が目を丸くしたのは、栗城先輩が標本の入った棚に新しい標本を追加したからだった。しかも、ホルマリン漬けと思われる眼球を。これの何が情報収集なんだろうか?それとも、これは何か他の怪異の噂を塗りつぶすためのブラフの布石なのだろうか?
「うし、次行くぞ」
僕の疑問に答えることはなく、栗城先輩はその後も教室にぬいぐるみのような筆箱を置いたり、音楽室に写真を追加したり、その他色々な場所に色々なものを設置しただけだった。その間、完全に誰とも喋らなかった。僕すらも無視されていた。せっかくついていったのに何もすることがないうえにこの仕打ち。正直、途中で抜け出してしまおうかとも思ったが、その後が怖いのでやめた。
「よし、こんなもんか」
「なんだったんですか……?」
「何ってお前」
まさかの職員室にまでボールペンを置いて、やっと反応してもらえた。先生すら無視するから大したものである。まあ、先生の方からも話しかけることはなかったから、恐らくこういう生徒だと思われているのだろう。
「見てたろ?」
「いや、見てましたけど……」
わからないはずないよな?という態度。これで説明できた気になっているのだろうか。勘弁してほしい。僕はエスパーでも探偵助手でもないから、察しは良くないのだ。
「あれはな、目なンだよ。耳でもあるけど」
「はあ……?」
わかるのは、栗城先輩は間違いなく教員にならない方がいいということだけである。
彼はまだ伝わっていないことを理解したのか、溜息を一つついた。
「だからァ、方々に目とか耳を置いとくだろ。そしたら勝手に情報が集まってくる。解説終わり」
なんとなくわかってきた。あれらは端末なのだ。つまり、今やっていたのは監視カメラを設置するようなもの。
「てっきり、ただのイタズラかと思いましたけどね」
モノがモノだから、ただそういうイタズラをしているだけとしか思えなかった。初めて部室に入ったときも、スーパーボールが落ちてくるように仕掛けていたし。
「まあそれのもちょっとあるけどよ」
あるのかよ。やっぱりこの先輩はおかしい。そもそも怪異対策委員会なんてものに所属している時点でおかしいのは明らかだけど。
「先輩ってイタズラ好きなんですか?」
「イタズラが好きってよか、驚かせるのが好きなんだよなァ……」
言って、栗城先輩は動かなくなる。何か思うところがあるのだろうか。
「わっ!」
「うわっ!?」
ただ驚かせるために固まっていただけだった。これだからヤンキーは。
「ヒヒッ、その表情だよ。驚かせるって楽しいぜマジで」
「やめてくださいよもう……」
その笑みからは、驚かすためならなんでもするような純然な欲求を感じる。懐から拳銃型クラッカーを取り出して撃ちそうなくらいの。本物は……多分驚く暇もないから使わないだろう。
そして、職員室前で解散になった。本当に何もしていないのに。帰りの時間にはまだ早いが、別に時間たっぷり活動したいという強烈なモチベがあるわけでもないので、大人しく帰ることにした。
***
明くる日、また話しかけられた。新橋に。どうやらこいつは僕が例の部室棟4階の嘘を信じていると思い込んでいるようで、そんな扱いやすい僕を気に入ったのだろう。僕からしてみれば気に入らないが、クラスに馴染めていないみそら、まずは少しでも友達を増やすのが大事だろう。減らすのは後でいい。
「タカハシはさあ、いつもどんな感じで授業受けてんだっけ」
「どんな感じも何も、普通だけど」
微妙な質問を飛ばしてくる。他に話題がないとはいえ、もっとどうにかならなかったのか。まだ天気の話をした方が身のある会話ができるだろうに。
「やー、なんかタカハシが隣の席っていうの、最近になってやっと気づいたっていうか。よっぽど印象に残らないんだろうなっていうか」
「元々僕は影が薄い方だから、多分そのせいだと思う……」
面と向かってはっきりと言われるとさすがにへこむ。いくら影が薄いからって、言っていいことと悪いことがある。
「ごめん!別にイジりたいわけじゃなくて、単純に気になっただけでさ」
わざとらしく手を合わせて謝られても、悪印象なのは変わらないが。
「そういえば今日カラオケ行くんだけどタカハシも来るか?」
その流れでカラオケの話を出すのはいかがなものかと思うが、僕としてもその誘いはやぶさかでない。委員会がなければ、だが。
「悪いけど委員会あるから」
「そうか、まあ行ける時来てくれりゃいいからよ」
新橋は首を傾げている。そういえばこいつは僕のことを帰宅部だと思っているんだった。適当な理由をつけて避けたと思われたかもしれない。とはいえ、「怪異対策委員会があってさあ」なんて言うわけにはいかない。こいつからしたら僕は「怪異対策委員会を封鎖された4階にある謎の委員会だと思っている奴」なのだ。意趣返しをするにしても、もっと効果的なタイミングでやりたいし。今は黙っていることにした。
そして放課後。階段を昇っていく。二階、三階。終わり。上に繋がる階段は存在しない。完全な壁。そんなはずはないのに。今までここから昇っていたはずだ。
「何してるの?」
背後から声をかけられる。女生徒だが、毒島先輩ではない。そこにいたのは学級委員長……槇原茜だった。いくらなんでも、学級委員長の名前を忘れる僕ではない。
「タカハシくんって帰宅部じゃなかった?部室棟に何か用?」
「ええっとその……四階に用があって」
言い淀む。当たり前だ。階段は三階で終わっているんだから。
「ええ?あ、さては七不思議?バカなこと考えてないでさっさと帰りなさいよ」
威圧的な態度で否定されてしまった。仕方がない。階段は間違いなく、三階で終わっているんだから。それにしても、学級委員長にまで七不思議の話が伝わっているとは。もしかして、本当に四階は存在しないのだろうか。
「ごめん、じゃ僕は……」
言いながら後ずさって、階段につまずく。しかし、僕は転がり落ちなかった。それが、昇り階段だったから。
「!?!?」
こちらを見ながら声にならない驚愕を示す槇原さんの顔を見て、事態を把握する。多分、四階自体が怪異なのだ。なにはともあれ、これで部室に行けるようになった。
「じゃ、じゃあ行くから!」
なるべくこの場に居たくなくて、階段を駆け上がる。本当にびっくりしただろうが、勘弁してほしい。僕だってびっくりしたのだ。危うく段差に頭を打つところだった。怪異とか関係なく、負傷の危機だったんだ。
息を切らしながら部室の扉を開けると、今日は毒島先輩だけがいた。
「論くん、大丈夫?何かあったの?」
「四階が出てくるところを……見ました」
息を整えながら、それだけを言う。見られたことは、言ってはいけない気がして。
「ああ、ここはそういう風になってるの。ここを知ってる人だけが来られる、みたいな。これ捩味さんが作ったんだよ。知ってる?捩味さん」
「昨日会いましたよ」
実験体呼ばわりされたことは言わないでおく。多分、言う必要がないから。
「ふふ、新しい実験体が来たか、とか言われたでしょ」
「言われましたね……」
本当に必要なかった。
「あの人は、怪異対策委員会のエンジニア。憑物とか怪異を利用して色んなものを作ってるの。すごいよね」
「道理で悪の科学者みたいな言動なわけですね」
「そう。根はいい人なんだけどね」
いくら毒島先輩の言うことでも、あれがいい人というのはさすがに疑わざるを得ない。
「そういえば、委員長って誰なんですか?」
捩味さんで思い出した。あの人は少なくとも違うとして、意外と僕も知っている人だったりするんだろうか。
「三年の桜川さんだよ。忙しいみたいでなかなか顔出してくれないけど」
全然知らない人だった。
「なんでも学区の都市伝説を全部把握するために東奔西走してるとか。たまに会ってもすぐにいなくなっちゃうくらい。あの人が怪異なんじゃないか、って話になるくらいにはね」
ふふ、と微笑を浮かべる毒島先輩はやはり可愛い。そして、委員長がさらっととんでもないことをしている。学区はそんなに広くないとはいえ人口は相応で、噂なんて流動的なものを全て把握するにはどれほど顔が広ければ可能になるのだろうか。それとも、栗城先輩がやったように端末を置いているのだろうか。
「そういえば、歪くんと『耳目くん』置いてくれたんだってね。ありがとう」
「『耳目くん』?」聞き慣れず、見慣れない単語だ。
「監視カメラみたいな役割をする、憑物製アイテム……って、やっぱり歪くんから話聞いてない?」
「聞いてますよ、大まかにですけど。音楽家の写真とか、目玉の標本とか」
「何それ?文庫本とか筆箱とか、日用品っぽい見た目だと思うんだけど」
じゃああれは栗城先輩のイタズラ用だったのか。よりにもよって怪談になりやすい場所にそんなものを仕掛けるなよ。あの先輩が元凶になっている怪異もあるんじゃないのか──文句が口をついて出そうになるのを押しとどめる。毒島先輩に言っても仕方がない。
「あれも捩味さんが作ったの。数日くらい経ったら回収して情報を抽出できるんだって」
よくわからんがすごいことはわかる。ていうか、それはほとんど監視カメラだ。見つかりにくいだけの。しかも、見つかっても大抵は誰かの忘れ物だろうと考えて放置されるだろう。下手に小さいカメラよりも安定して情報を集められる。ただのマッドサイエンティスト気取りかと思っていたが、なかなかやる人物らしい。捩味先輩。
「今度回収するときは私も同行するからね。人手は多い方がいいだろうし」
「お願いしたいですけど、毒島先輩は僕のこと無視しないでくださいね……」
さすがに毒島先輩に無視されっぱなしは心が折れる。
「無視?しないよそんなこと。まさか歪くん」
「栗城先輩、設置してる間ずっと僕のこと無視しきりだったんですよ……」
「はあ、なんで後輩に酷いことするかな。私は大丈夫だからね、論くん」
「ありがとうございます」
本当にいい先輩を持ったと思う。怪異対策委員会に入って、今のところ一番良かったことだ。毒島先輩と出会えたこと。
ピンポーンパンポーン。
「……みなさん、お疲れさまでした。気を付けて帰り道に気を付けて、気を付けて気を付けて帰りましょう」
下校のチャイムが流れた。ついぞ他の人が来ることはなかったが、これでいいのかもしれない。放課後、部室で毒島先輩と二人で話すだけの日々。悪くないどころか、かなりいい。こんな日が続けばいいのに。
***
放課後、部室棟に足を運ぶ。日常とした化した行為だが、今日はいつもより足取りが軽かった。嬉しいことがあったから。
それは数学の授業。先生が冗談半分に出した、まだ教えていない範囲の問題に当てられた。僕は真面目に授業を聞いている方ながら特に塾に通ってたりしているわけではないからわかるはずがないと思ったのが、問題にどこか見覚えがあって、解法がすらすら出てきたから正解できてしまったのだ。先生の「……正解!」という驚き混じりの感嘆と、クラス中のヒソヒソ声からなる賞賛は気持ちよかった。このままいけば影の薄いキャラを脱して、友達を増やせるかもしれない。学校が楽しい。こんなことは久しぶりだった。小学校以来かもしれない。とにかく、半分スキップのように部室棟に向かっていたのだ。そこを、後ろから持ち上げられた。宙に浮く身体。
「ご機嫌じゃねェか、論くんよォ」
栗城先輩だった。本当に襲われたかと思った。しかもご機嫌ななめだ。八つ当たりは勘弁してほしい。
「怪異が見つかった。行くぞ」
それだけ言って、僕を下ろした栗城先輩は歩き出した。その後ろを、おずおずとついていく。
***
どれだけ歩くんですか、とすら言えなくなるくらい体力を消耗して、到着したのは廃トンネルだった。中は電気が通っていないらしく、本当に真っ暗だった。入口にあるプレートも、ボロボロになって読めたものではない。というか移動に時間をかけすぎて既に日が落ちかけているため、周囲の看板でさえ見づらい。
「森脇トンネルの怪、って名前らしい。中に入ると白い手に引きずり込まれて帰らぬ人になンだとよ」
「それで……僕は……」
息が切れてまともに喋ることができない。
「お前は見てろ。俺のやり方ってのを見せてやるよ」
言いながら、何やら箱を片手にトンネルに入った。いくらなんでも無防備すぎる。都市伝説が現実になるのだとすれば、失敗すれば一撃でアウトだ。入った瞬間に引きずり込まれる可能性すらある。そうして、帰らぬ人になってしまう。ぶわ、と汗が背中から噴き出す。急がないと。棒の足と虫の息でどうにか後を追う。人間としては苦手な部類に入っても、いなくなるのは悲しい。
僕がスマホで照らしながら先輩を探すと、ちょうどトンネルを埋め尽くすほどの手が先輩に襲いかかっているところだった。
「こんだけ集まりゃ十分だろォ!去ね!」
言って、先輩は持っていた箱を開いた。相手に中身を見せるような形で。
ぼよよん。
飛び出したのは、顔のついたボール。びっくり箱だ。
何やってんだ、あの人!?
「先ぱ──」
自分が満身創痍なのも忘れて駆けだそうとした瞬間、箱から何かがあふれ出した。それは黒い靄のように見えるが、間違いなく指向性を持って白い手に雪崩れている。近づくだけで背筋が寒くなるようなそれは、多分怪異由来だ。
「どうだ論。これが俺流の祓いだァ!」
心配をかけたのに露ほども気づいていないのか、栗城先輩はどや顔で自慢してきた。少しして、トンネルの中に静寂が訪れる。
「あァ?気に入らなかったか?」
「何が起こったんですか?」
「見ての通りだよ。びっくり箱を開けて瘴気が出てぶっ飛ばしただけだ」
「あの、説明になってませんが」
舌打ちとため息をして、嫌そうに栗城先輩は言う。
「俺の憑物、俺もあンまし原理わかってねーンだよ。わかるのはたった一つ」
「これが最高のびっくり箱ってことだ」
またしても決め顔の先輩。いい感じのことを言ったつもりになっているかもしれないけど、全然中身はない。
ていうか、ここまで時間をかけて歩いてきて、十分もかからないうちに祓い終わっている。こんなの歩き損じゃないか。僕の出番なんてなかったし。
「よし、そんじゃ帰るか。途中まで付き合えよ」
ここからまた帰るとなると気が遠くなりそうだが、まさか目の前で祓ったとはいえ不気味な廃トンネルの前で一夜を明かすわけにもいかない。
「なあ論、俺は驚かすのが好きなンだよ」
「それ前も聞きました」
「マジで命を懸けてるレベルで、だぞ」
帰り道、栗城先輩がそんなことを言ってくる。簡単に命を懸けるなんて言わないで欲しいけど。今の僕の中での命の価値は急上昇中なのだ。
「ちょっと聞いてくれるか?」
別に話題もないし、と僕はにべもなく頷く。
「俺さ、昔からあんまり親に構ってもらえないみたいな奴でさ。ずっと寂しかったンだよなァ」
「ある日、ビー玉を床にばら撒いたンだよ。別にわざとじゃねえぞ、袋持ってたらつまづいちまって」
「そしたらおふくろがそれで転んでよ。めちゃめちゃ怒られたんだけど、久しぶりにまともに話したんだよな、そン時」
「だから、それが嬉しくてイタズラしまくるようになったンだ。怒られるけど、喋れないよりはマシだったから」
「でもそのうち完璧に無視されるようになっちまってよう。ムカついてたら、箱を拾ったんだよな。わかるだろ?何の箱か」
「そして、バーンだ!ありゃ傑作だったね。腰を抜かして、顔も青ざめて。心配すんなよ、今の箱みたいに瘴気は出なかった。ただのびっくり箱だった」
「それ以来、俺に構う頻度が増えてよ。意味わかんねーこと呟くことも多くなったけど」
「だから俺は驚かすのが好きなンだ。驚かすために生きてると言ってもいい」
***
栗城歪は、母子家庭で育った。物心ついた頃には父親は事故死していて、だから生きている父親の記憶は全くなかった。
栗城歪の母は育児と労働を両立させようとして壊れてしまった。だから、少なくとも生きていくために必要な労働を優先したんだろうね。子どもにかける時間を減らして、とにかく労働を絶えさせないようにしたんだ。
それは間違ってはいなかった。誰かが稼がなければ食べていけないんだから。だけど、幼い頃の栗城歪にとってそれはとても寂しいことだったんだ。
それでもなんとか健やかにイタズラ好きとして成長した中学生の栗城歪は、ある日家の前で箱を拾った。それが怪異だとも知らずにね。
『水子箱』。
流産した、あるいは捨てられた赤ちゃんの怨念が詰まったとされる箱で、妊婦の家の前に落ちているとその妊婦は必ず流産すると言われている。
その実体は、生まれた赤ちゃんを楽しませるための、びっくり箱。もう使われないからと打ち捨てられたびっくり箱が意味を持ち、物語の中心となった。
そうして今は、驚かされた妊婦の胎児の命を奪うびっくり箱になったんだ。そして箱は望んでいた。仲間を増やすことを。羊水の中で眠る友達の命を奪うことを。
栗城歪の母は、中学生になってどんどん自分で生きていくことを覚えてきた──つまり、比較的手がかからなくなってきた──息子を見て、罪悪感を抱いたんだ。そして、父親が必要だ、と至極簡単な結論に至った。栗城歪は母性愛に欠けていたけど、それ以上に父性愛に欠けていたんだからね。
そうして、栗城歪と彼女の職場の気のいい同僚との交際が始まるまで、そんなに時間はかからなかった。その同僚もいい人で、「結婚したら息子共々養う。生涯愛す」と誓ってくれたんだ。ただ、まだ子どもである栗城歪に気を遣って、入籍に時間をかけようという話になったんだ。
やがて過ちが起きた。二人は愛を交わして、新しい子どもを授かったんだ。二人にとっては喜ばしいことだった。栗城歪が受け入れられるかの懸念はあったけど、結婚するにはこれ以上の理由はきっとないから。
そしてその日、栗城歪は拾ったばかりの箱がびっくり箱であることに気づき、いつものようにイタズラを仕掛けるために母親に向けて、箱を開けたんだ。
栗城歪の母は驚き、そして自分に何が起きたかを直ちに把握した。そして後悔した。仕事よりも子どもに目を向けることができていれば。イタズラをする必要がないくらい構っていてあげられれば。
でも、何もかも遅かった。すぐに病院に行く気さえ起きなかった。翌日有給を取って、わかりきった結果を得ると伴侶になるであろう同僚に連絡した。同僚は悲しんだが、同時に励ました。「君は悪くないよ」と。
それが間違っていることを栗城歪の母は知っていた。期待を裏切ったことと子どもに向き合わなかったこと、両方の罪悪感で押し潰されそうだった彼女は、交際を打ち切ることを望んだ。自分が関わればもっと迷惑をかけることになると考えたんだね。同僚はもちろん反対したけど、彼女の意志に反することはできなかった。
箱は満足した。だが同時に渇望もしていた。集まった怨念はどこに吐き出せばいい?捨てられたものの悲しみは、捨てられたもの同士で慰めあっても癒えることはなかった。そうして悲しみは箱から溢れ出るようになった。捨てられた仲間を集めながら。
***
あまり共感できる話ではなかったが、栗城先輩がどうしてそうなったのかはわかった。だからといって、僕にイタズラを仕掛けるのはやめてほしいけど。
「この話をしたのはな?論。お前が俺のイタズラにリアクションを取ってくれるからだ。そして……」
「そして?」
「なんでもねェよ。忘れろ!」
「めちゃくちゃじゃないですか……」
急に押し付けてきたと思ったら急に引いてきた。せめてどちらかにしてもらいたい。
***
それから数日の間、部室に行ってもおしゃべりするだけの日が続いた。
毎日ちょっとずつクラスにも馴染めてきて、学校に通うのがすごく楽しい。理想の青春、と言っていいのかはわからないが、かなりいい状態であるのは間違いない。本当に良かった。本当に。
そして耳目くんを回収する日になった。部室で捩味先輩が準備をしている間に、僕と毒島先輩が回収する。栗城先輩はサボりらしい。
とにかく、僕は本当に傷ついた。回収の間、設置しているときの栗城先輩と同じように、毒島先輩に無視されたことに。
「嘘!?ごめんね、本当に」
部室に到着してやっと僕に気づいた毒島先輩にそう伝えると、平謝りされた。故意じゃないのか?だとしたら、何故?
「多分、見るなくんの誤作動だと思う。四階に入れる人は影響外になるはずなんだけど」
「それって……」
「捩味さんの発明品。着けてる間、周囲の人との相互干渉を曖昧にするの。ただし、四階に入れる人は除く。論くんは最近入れるようになったばかりだから、まだ影響される範囲なのかも」
なるほど詳しい原理はわからないが職員室に堂々と入ってボールペンを置いたのに特に何も言われずに出てこれたのはこれが原因なのか。
「あれ?でもそうなると僕が毒島先輩を認識できたのはおかしくないですか?僕はその……見るなくん?を着けてないわけですし」
「確かに。なんでだろ?」
一緒に首を傾げる。何故か僕だけが一方的に毒島先輩に話しかけていた。まあ元が怪異なのだから、普通に動作している方が異常なのだろう。
「なるほど、な」
一方、捩味先輩はキリっとした目で何やら顕微鏡とミシンのあいの子みたいな機械をいじっている。顕微鏡っぽい部分に耳目くんが置かれ、ミシンっぽい部分がセットされた紙に文字を描画していく。まるでプリンターみたいだ。
「見るなくんについては俺も調べておく。ついでに論の分も用意しておいてやろう。」
こういう部特有みたいなアイテムがあると、共同体に所属できている実感が強まって嬉しくなる。運動部で言うところのユニフォームみたいな。
「どういうのがいい?一応、無理のない範囲であれば大体叶えられるが」
「どういうの……?」 高性能に越したことはありませんが。
「ああ、見るなくんは見るなくん自体が怪異とか残滓なんじゃなくて、普通の物を残滓にしてるんだよ。だから好きなものを見るなくんにできるの。私はこれ」
花があしらわれた小さいヘアピンを彼女が手渡してくる。思わず手汗がじっとりと湧いてくる。今だけは出てこないで欲しいが。とにかく、身につけるもので適当なもの、か。あまり思いつかない。
「ちなみに栗城は指輪を使っている。嫌でなければ同じものを用意するが」
嫌です。
「ネクタイピンとかどうです?」
完全に毒島先輩のヘアピンからの着想だったが、これなら校内にいる間は制服を着ているから、まず間違いなく身に着けていられる。
「うむ、それがいいだろうな。一週間……いや、数日あればできる。できたら部室に置いておく」
「お願いします」
ガココン。ちょっと不安な音を立てて、謎の機械の動きが止まる。何か外れたりしていないといいけど。
「よし、出力完了。上手く行っているといいが」
一瞬ほとばしる緊張感。
「完璧だッ!」
すぐに緩和した。上手くいっているならよかった。
「見ろ!噂と詳細が一覧になって出力されている!出力形式は正直無謀な挑戦だと思っていたのだが、成功して本当によかった」
「やりましたね!」
毒島先輩が喜んでいるから、僕も一応喜んでおく。多分すごいことなのだろう。
「決めた。こいつの名前は『耳目抽出くん』だ!」
捩味先輩が高らかに宣言する。字面がかなりグロいけどいいのだろうか。
「おおー」
毒島先輩がパチパチと拍手するから僕も拍手する。素晴らしい命名に違いない。
「それでは早速、内容を確認してくれ」
捩味先輩がプリントをこちらによこしてくれる。毒島先輩と頭を揃えて覗き込む。頭がぶつからないかハラハラしてプリントを確認するどころではないが、どうにか理性で抑えて目をやる。
***
『森脇トンネルの怪』
入った者を白い手が闇に引きずり込む怪異。場所は桜川町3丁目森脇トンネル。廃トンネルで内部は昼間でも暗闇である。数日前から消失したと思われる。
『赤い電話ボックス』
電話を取ると死んだ人と話せる怪異。場所は桜川町1丁目付近。電話ボックスで深夜一時から三時にかけて様々な場所に出現。被害報告なし。
『猫神様』
夜な夜な猫を虐待する人間を襲う怪異。場所は桜川町全体。大型の猫のような外見で、会話可能な知能を持つ。猫としての性質も持っている模様。
***
「噂から自動的に情報をまとめてくれるんだ。なかなかの優れものだろう?」
これは本当にすごい。地道な聞き込みをしなくていいのは僕にとっても気が楽でいい。もっとも、最近はクラスメイトとも普通に話せるようになってきているから、少なくともクラスの範囲であれば情報を集めることもできるだろうけど。
「一番上のは、この前歪くんが倒したやつだよね」
「そうですね」僕もいたが、何もしていなかったので黙っておく。
「そうなると、次は『赤い電話ボックス』か。これ、性質上安全に処理できそうだね。被害報告もないし」
「そうだな。ここに出力されているのは噂の中でも存在度が高い奴らだから、直接行って始末してもらえるか?この手のタイプなら正しい手順を踏むのもそう難しくはないだろう」
「僕も行っていいですか?」
前は一切出番がなかったから、今度こそは役に立ちたい。
「深夜の活動になっちゃうけど大丈夫?無理しなくても、私一人でもいいし、歪くん引っ張っていてもいいよ?」
栗城先輩にいいところを取られたくはない。毒島先輩一人で行かせるなんて論外だ。どんな憑物を持っているかは知らないけれど、話を聞く限り栗城先輩よりは扱いが難しいものだろう。であれば、同行しない理由などない。
「大丈夫ですよ!門限がないわけじゃありませんけど、抜け出す方法はわかってますし、怒られることもありません」
これは本当だ。胸を張って答えられる。
「よし、じゃあ論くんの初陣だね?一緒に頑張ろうね!」
二度目です、とは言えなかった。
そして、早速その日の深夜に集合することになった。
読了ありがとうございました。
本当に。