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寿命甲子園  作者: サクライアキラ
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8 病の告白

登場人物紹介


吉田亮…主人公、野球部エース


田沼七海…亮の彼女、野球部マネージャー


蓮田啓二…亮の親友、野球部キャプテン

 七海にもうすぐ死ぬと言った直後、勝手に涙があふれてきた。


 これまで余命を宣告されたとき、医師からだったし、父には母が伝えていた。実は人に自分の口から死ぬということを伝えたのは初めてだった。そう口に出した時、これまでと違って、自分が本当に死ぬということに実感を持って知ってしまった。言霊なんて言葉があるが、まさしく声に出して初めて確定してしまった気がした。だからこそ、自然と泣けてきたのかもしれない。


「えっ」


 七海は、呆然としていた。突然目の前で元カレが泣きだして、なおかつもうすぐ死ぬなんて言われたら当然だろう。


「寿命があと1か月らしい」


 嘘だった。数日だった。ただ、ここは男の意地というのか、まだ自分がすぐには死にたくないということなのか、考えるより先に1か月と言っていた。


「本当なの?」


「うん」


「……そんな」


 七海は泣き出した。七海が泣くのを見ていると、こっちも悲しくなってきて、さらに泣けてくる。ただ、二人で泣いてたって仕方がない。


「な、聞かん方が良かったやろ」


こうして茶化してみたが、涙は止まらない。七海は何も言わず抱きしめてくれた。


「ごめん、辛かったよね。何で言ってくれないの」


「湿っぽいのはちょっとって思って」


「そんなの、後悔しか残らないから。別れたのだって、そういうこと?」


「死ぬ直前まで付き合ってたら、七海のこれからが心配だと思って」


「別れたって同じやし、別れた後実はこんな事情で、なんて言われた方がもっと立ち直れないから」


「ごめん」


「もうアホ」


「ごめん」


 七海は戻って、かばんからティッシュを取り出し、涙を拭く。俺にもティッシュを分けてくれたので、それで涙を拭く。使ったティッシュを返そうとしたら、「いや、いらないから」って怒られたけど、少し笑ってくれた。


「私のことが嫌いなわけじゃないってことやよね」


「もちろん」


「それなら良かった。あと1か月一緒に過ごそう」


 本当は1か月どころか、今日死んでもおかしくないと思いながらも、「うん」と答えた。

 このタイミングで、母が入ってきた。


「あら、七海ちゃん来てたの~」


 母は、目が赤くなっているのを見て、全て察したらしい。


「そうだ、このメロンをむいてこよっか」


 こんな感じで、母は気遣ってくれた。


「いえいえ、私、今日は出ます。とりあえずなんか少しでも力になれることがあったら言って」


 そう言って、七海は出ていこうとする。


「それなら、荷物運んでもらってもいい?ちょっと花や果物もらいすぎちゃって」


 母は、七海の返答を待たずして、「車回してくるから」と出ていった。


「ごめん、あんな感じで」


「いいよ、気遣ってくれたんでしょ」


 七海は、早速花や果物を動かし始めた。さっきこんな泣いた後に残されても、少し気まずい。


「ねえ、このラフランスもらって良い?」


 七海は無邪気に聞いた。


「もうすぐ死ぬ人からそんな高級果物持っていくって悪魔?」


「かわいい悪魔でしょ」


七海は笑いながら、かばんにラフランスを2つ入れた。七海は本当は梨アレルギーで食べれないっていうことをちょっと前七海のお母さんから聞いていた。だから、今のは気まずさを紛らわせるために言ってくれたということがわかった。七海の優しさに触れて、もう一度泣けてきてしまった。


「まだ泣いてるん?」


 七海は俺の顔を見て、爆笑していた。



 病院で七海とは別れて、家に帰ってくると、父が出迎えてくれる。もう話す機会はほとんどないと覚悟しているのか、昼ご飯に刺身を大量に準備していて、家族で昼ご飯を食べた。

 病人かつ死にかけの人間に生ものはどうかと心底思ったが、寿司ではなくご飯が付いていない刺身を選んだ辺り、俺がたくさん食べられないことへのほんのちょっとした配慮が見えて、ありがたくいただいた。実際海鮮系は好きだったので、うれしかった。


 昼ご飯を食べて、ちょっとベッドに横たわる。

 正直、そろそろ死ぬと思って、一瞬一瞬を大事にしていたが、意外に死なない。甲子園優勝+αくらいに考えていたので、もう+αも済ませ、逆にやることがなくなった。最近までずっと練習に行けなかったのが嘘みたいにしんどさももはやなくなっていた。どうも病気のせいではなくて、甲子園へのプレッシャーが苦しめていたのかもしれない。



 そんなとき近くで子どもたちの声がした。起き上がって窓を見ると、小学校のグラウンドで野球をしている子どもたちが見える。

 このとき、一つ妙案が浮かんだ。

 急いで、七海に電話を掛けた。

 


「良かったの?外出て」


 七海と一緒に外を歩いている。


「もう自由にしていいって言われてるから」


「お母さん心配してたよ」


 さっき七海を呼び出すと、ほんの10分で来た。「私も暇じゃないんだけど」と言いながら、間違いなく俺のために時間を空けている感じだった。七海もおそらく1か月も余命がないことに薄々気付いているのかもしれない。


 それで、七海と二人で外に出た。当然母や父からは止められたが、事情を知っている七海が付いているということで許可してもらった。二人には別れたことは言っておらず、付き合っていると思っているので、邪魔するのは良くないと思ったに違いない。七海がいれば勝手にそう推測してもらって外に出られるだろうと思って、七海を呼び出したのは正解だった。それに残り少ない時間、七海と少しでも長く過ごしたいというのもあった。


「まあでも七海がいるから大丈夫でしょ」


「そんなに信頼されても困るんだけど」


 そんなことを言いながら、まんざらでもない顔をしているように見えた。


「そう?」


「そらね」


「あと言い忘れてたけど、もうすぐ死ぬって話、みんなには黙っててほしい」


 そう言えば、口止めしておくのを忘れていた。もしかして、もう既に言ってしまっただろうか。七海の性格的に他の部のメンバーには言っていないだろうが、女子の友達とかには言っただろうか。女性陣同士での情報共有は頻繁に行われるとよく聞く。とはいえ、七海と別れたときですら、誰にも情報は漏れていなかったので、信頼はしていた。


「わかった。あっ、全然まだ誰にも言ってないよ。でも、それは自分で言った方がいいね。ただ、早めに言った方が良いと思う」


「言うつもりはなかったけど」


「それは絶対言った方が良いから」


「わかったよ」


「てか、小学校に行って何になるん?」


 実は、今小学校に向かっていた。


「まあ見ててや」


 小学校のグラウンドでは、子どもたちがソフトボールをしている。小学校の高学年に見える子から、低学年に見える子までいて、男の子だけでなく女の子もいた。

 町内会のソフトボールチームだ。俺が最初に野球に興味を持ち始めたきっかけのチームだった。昔と違って、今は学校含めた公共施設の有効活用が盛んに検討されており、かつては公園のグラウンドしか使えなかった町内会のソフトボールチームは小学校のグラウンドも使えるようになっていた。

 教えるおじさんたちのメンバーは何人かは変わっているが、基本は同じメンバーだった。とはいえ、10年経つと、かなり老ける。かなりよぼよぼになっていた。いかんせん、野球部の練習が朝早く夜遅くまでになった中学からここのおじさんたちと会う機会がなくなっており、久々に見た。

 七海とともに、フェンス際に来て、より近くでソフトボールをしているのを眺める。よく見ると、校舎に「祝 吉田亮君、蓮田啓二君、甲子園出場」という垂れ幕があった。


「有名人やん、吉田亮君」


 七海は茶化してくる。実はこの垂れ幕の存在を知っていた。だからこそ、来たのだった。


 さっき思いついたのだった。せっかくなら、子どもたちに野球教室を開くのはどうかと。甲子園の優勝投手になって、母校に帰る。そして、かつてやっていたソフトボールチームで教える。それって何かものすごく良いことのような気がした。どうせ間もなく死ぬんだったら、少しでも良いことをして死んだほうが良いんじゃないかと思い立ったのだった。こんなことを七海に伝えた。


「要するに、子どもたちにちやほやされたいってことか」


 少し違う気もしたが、言い換えるとそういうことかもしれない。七海はもう明るくいようと努力することに決めたらしく、もう辛気臭いことは言わなくなっていた。

 予想通り、子どもたちは俺に気づき、歓声を上げてくれた。テレビは今終わったなんて言われているけど、やはり効果はあった。テレビではなくネットを見て知っていたのかもしれないが、どっちにしろ超人気アイドルが来たかのような騒ぎになった。

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