4 決意
登場人物紹介
吉田亮…主人公、野球部エース
田沼七海…亮の彼女、野球部マネージャー
蓮田啓二…亮の親友、野球部キャプテン
翌日、いつも通り朝練に行った。いつもは七海と一緒に行くが、事前に今日行けるかわからないから、一人で行ってほしいと伝えておいた。
二日間休んだから体がなまっているという感じがしたのと、既に元気になったことをアピールするために、誰よりも早く来た。まだ日も出ていなかった。
10分くらい素振りをしていると、後ろから声が聞こえた。
「おい、亮大丈夫か?」
啓二が来たらしい。
「全然。ただの検査やのに入院させられて暇やったわ」
啓二は横に来て心配そうにこっちを見ている。
「何?心配?」
「いや、ほんまに突然倒れたからさ。で、原因は?」
「貧血らしい」
とっさに嘘をついた。
「貧血で、そんなに倒れるか?」
「昔からプルーン好きなんやけどさ」
啓二は、何もわかっていないような顔をする。
「毎日食べてたのに、最近母さんが買ってくるの忘れて」
「だから何だよ」
「プルーンって鉄分めちゃくちゃあるらしくて」
「プルーン食べへんかったら貧血って。そんなことあるかよ」
「それがあるんやわ。お医者さんから、あなた貧血になりやすいタイプなのにこれまで倒れたことなかったんですかって、散々食生活聞かれて。結果的に、プルーン食べてたから何とかなってたんですねって。ほんま嘘っぽいよな」
この作り話はおじいちゃんの話を参考にした。正月とかにおじいちゃんの家に行くたびに、プルーンの話をされた。おじいちゃんは、とにかくプルーンが好きだった。毎食プルーンを5粒ほど食べる。そして、人にも勧める。最終的にはプルーン農家と契約して、直接卸してもらうようになったらしい。そのおじいちゃんは貧血がちで、倒れたりすることがよくあったが、プルーンを食べ始めてよくなったらしい。母は全く信じていなかったが、俺は意外にその話は好きだったし、プルーンも好きだった。
「嘘くさ」
そう言いながら、少し安心したように啓二は笑っている。これでいいんだと思った。
「ということで、今日もプルーン食ってきたから大丈夫」
「まあ大丈夫ならいいけど」
もちろん、プルーンなんか食べてきてないし、そもそも母が食べさせられ続けたせいでプルーンを嫌っているからか、一度も買ってきたことはない。
完全に嘘だけど、おじいちゃんの話の受け売りで何とかその場をしのげたらしい。
「あとさ、キャプテン」
啓二のことはみんなキャプテンと呼んでいるが、俺は基本的に啓二と呼ぶ。ただ、たまにキャプテンと呼ぶと少し照れくさそうな顔をする。
「もう甲子園まであと3か月とかだろ、気合い入れるためにも俺ちょっと景気づけに何か話すわ」
「何かって何を?まあいいけど。やる気そぐこと言うなよ。あと、今どき何でもパワハラになるからな」
「わかってるから」
「あと、お前も気合い入れろよ。倒れてる場合じゃないで」
「そうだな」
俺は疲れを感じたので、こっそり抜け出し空き教室で休んでいた。日が出てきて少し時間が経ったところで戻ると、部員が全員集合していた。七海や他のマネージャーも来ていて、さらには普段朝練には顔を出さない監督の高橋先生も来ていた。
高橋先生はガタイが良く、半袖で腕毛が濃かったこともあって、野球部のメンバーは絶対言えないが、他の生徒らからは陰でゴリラと呼ばれていた。その高橋先生もどうも俺が来るという情報を掴んだのか、急いで来たらしく、髪の毛がボサボサだった。
部員らからは俺を気遣うような声が上がっており、七海は心配そうに見ていた。
「遅いわ、お前が集めろって言うから待ってたのに」
啓二も心配そうな顔をしていた。
啓二に促されるように、俺はみんなの前に出ていった。
「みんな心配かけてごめん。監督もすみませんでした。昨日倒れたのは過労と言われました。本当に大したことないのに迷惑かけました。今日からまた気合い入れて頑張ります。そして、過労でもう一回倒れないように、ちょっと疲れてきたときは休憩してるかもしれないけど、それで問題ない?」
医師からは突然倒れたりすることは基本防げないが、野球するにしても、休み休みして体への負担を少しでも減らせば、その分ダメージは少なくなる可能性があると言われた。あくまで可能性だったが、迷惑になる可能性は少しでも下げたかったので、休み休み練習に参加することを承諾してもらう必要があった。
ちなみに、毎回こういう場には、たとえ短くとも原稿をしっかり用意していく。今回はいつも以上に時間がなかったが、何とか徹夜して書き上げ、それを何とか暗記して臨んだ。途中原稿を思い出せなくなり、アドリブも挟んだが、大体伝わったと思う。あとは、他のメンバー次第だ。
「もちろん。うちのエースは亮だけや」
意外にもあっさり啓二からは了解をもらえた。元々啓二は熱いやつというだけでなく、昭和脳とでも言うのだろうか、練習中休むようなことがあれば基本注意するし、欠席は認めない主義だったので、難しい可能性もあった。断られたら、いつも通り無理してでも練習しようと思っていたが、ここは助かった。部員たちもうなづいていた。
「ありがとう。みんなも体調に気を付けてほしい。それで、もうすぐ最後の夏の大会だけども俺は最後の夏何か成し遂げて終わりたいと思ってる。みんなもそうじゃないかって思う。今年こそは何としても甲子園への出場は果たしたい。ただ、それだけじゃ……、ダメだ。俺は甲子園で優勝投手になりたい。実際甲子園にも出てないやつが何言ってるんやって感じやけど、みんなで一緒に頑張って絶対に果たしたい。キャプテン、どうやろ?」
「そうやな。よし、みんな絶対優勝しよう」
こうしてチームは甲子園出場だけでなく、甲子園優勝を目指すことになった。その日の夕方には部室に、「目指せ、甲子園優勝」という文字とともに、部員たちやマネージャーが甲子園で笑っているのをイメージしたであろう肖像画が飾られていた。
高橋先生は野球も好きで、監督らしく試合中指示を出したりすることももちろんあるが、中学時代から自律的な練習を行ってきた俺らを信頼して、あまり口を出さない。そして、肝心な時には、美術の先生らしく絵で応援してくれた。ただ、抽象的な絵が好きらしく、野球部の部室にはいつも全く似合わないが、俺や他のメンバーはものすごく気に入っていた。
こうして、野球部の練習には復帰することができた。あともう一つ、これからの短い生活を送る上で重要なことがあった。