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寿命甲子園  作者: サクライアキラ
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3 余命宣告

登場人物紹介


吉田亮…主人公、野球部エース


田沼七海…亮の彼女、野球部マネージャー


蓮田啓二…亮の親友、野球部キャプテン

 余命3か月、確かにそう宣告された。


「何を言ってるんですか、息子は元気ですよ」


 母はこう言う。俺としても背中が少し痛んだくらいで、特に何か体に異変あるとは感じていなかった。


「自覚症状もあったと思うんですが」


 自覚症状なんてものは……、もちろん練習した後に痛む、疲れるということはあった。ただ、毎日の練習の結果だと思ってたし、疲れや痛みがあるからこそ、成長していると実感できていた。


「どうなの?」


 母はそう聞くので、野球の練習で疲れたり痛んだりすることがある程度と答えた。母は納得したように、「練習のせいだわ、病気のせいじゃない」と言っていたが、医師から病気であることは間違いないと言われ、泣き崩れた。


 ようやく実感した。本当に自分がガンなんだと。


 まずは、いつも横で応援してくれた七海のことを思い出した。いつも最後の最後まで練習に付き合ってくれて、数少ないデートのときも一緒に楽しんでくれた。どんなときも気に掛けてくれた。そんな彼女が俺のことを知ったら、どう言うだろうか。七海は昔お父さんを事故で亡くしたと言っていた。そのお父さんが野球を好きだったから、野球部のマネージャーになったとも。お父さんのためだけにわざわざ野球部のマネージャーになるってことはそれだけお父さんを大切に思っていたのだろうと思う。そんな大切な人をなくした七海に、またしても大切な人を失わせるのか。それはあまりにも悲しいことじゃないかとも思った。


 それに、これまで一緒にやってきた野球部のメンバーはどうなるのだろう。特に一度野球の道から外れた俺を連れ戻してくれた啓二とは、今年こそ一緒に甲子園を目指して頑張ろうと言っていた。「キャプテンの俺とエースのお前なら絶対勝てる、なんなら優勝して二人ともドラフト1位間違いないから」という啓二のはつらつとした声を思い出すと、悲しくなる。


 今のうちの野球部が強いのは、自分で言いたくないが、間違いなく俺の投球がある。啓二のリーダーシップのおかげで、チーム全員練習へのモチベーションは高いが、それだけでは勝てない。やはりピッチャーで左右される部分も大きい。スカウトが見に来るほどの投球を俺が続けているからこそ強いチームが出来上がっている。もちろん、後輩指導もしてきたが、これまで中学までそれほど野球をやってきたわけじゃないメンバーしかいない中では、そう簡単には成長しない。代わりに、投げるピッチャーでは甲子園には行けない。


 俺がいなくなるというのは、実質的には甲子園に行くという夢をほぼ確実に叶えられないということと同じだった。


「これから野球を続けられますか?」


 無理なことはもうわかっているが、野球部の甲子園の夢がかかっているのでダメ元で聞いてみる。


「少しでも長く生きたいのであれば、やめた方が良いでしょう」


 さっきは化学療法で可能性があるようなことを言っていたが、今の少しでも長く生きたいという発言の裏には、もう生き続けられるという選択肢はないように聞こえた。


「逆に野球をやめれば、これからも生きられますか?」


「これからやれることはもちろん化学療法などを試していきますが、一般的には延命治療と呼ばれるものしかありません。野球をやめて治療に専念いただければ、続けるよりは長く生きられる可能性は高まりますし、手術できるようになる可能性も高まります。それに、医学は日々進歩しておりますので、長く生きていただければその分未来の治療で可能性が高まります。ただ、こればかりはあくまで可能性の話でして、実際どのくらい生きられるかなどは、大変申し上げにくいのですが、保証はできません」


母は声を上げて泣き出した。俺は泣けるほどの元気ももはや持ち合わせていなかった。


「すみません、俺家帰ります」


 不意に声が出た。


「もう治らない可能性が高いんですよね」


「ちょっと何言ってるの?」


 そう母は俺を制する。


「どうせもうすぐ死ぬんやったら、あいつらと甲子園出たい」


「甲子園より今は自分のことの方が大事でしょ」


「多分やけど、俺このまま入院とかして薬とか放射線とかやったって、何を目標にして生きればいいかわからない。多分そんな状況で治療しても良くはならない。それよりも、野球部で練習して甲子園目指してる方がよっぽど元気になると思う」


「そんなこと言って」


「実際、何もしなくても突然回復したりする人とかいますよね?」


 母との口論の中で、突然話を振られた医師は困惑している様子だった。


「もちろん、治療不可能だとされていた病気で、治療をあきらめて日常を過ごされていた方が突然治療可能な状態になるという報告も世界にはいくつかあります。もちろん、人間の体についてまだ解明されていないことも多くありますので、絶対にないとは言い切れないのは事実です。ただ、そんなことは起こり得ないと考えていただく方が良いかと思います」


「ないってことですか?野球したら治らないってことですか?」


 俺は早口で捲し立てる。


「その可能性は限りなくゼロに近い」


「治らないとも限らないわけですよね。このまま治療しても生き続けられる可能性もそんなに高くないんやったら、俺野球続けます。別に動けないとかそんなんじゃ全然ないんで」


「ちょっと、亮」


 母はすがるように、俺に声を掛けたが、ここは引かない。


「今はあまり異常はないかもしれないですが、今後はもっとひどくなる可能性だってあります。それに今も気づいていないかもしれないですが、黄疸が出ています。それに体重だって減っているのではないですか?」


 確かに、体重は減っていた。世界で大活躍する日本人メジャーリーガーの体格が著しく大きくなってさらに成績を伸ばしたのを見習って、ウエイトトレーニングをし、たくさんご飯を食べることをチームで実践していた。元々体の大きい啓二はさらにどんどん大きくなっていき、チームのメンバーもある程度大きくなった気がしたが、俺だけは体重がむしろ減っていっていた。みんなからは一人だけ練習し過ぎで、体が絞れてきてるなんて言われて、少しまんざらでもなかったが、実は病気のせいだった。


「黙っているということは自覚があるってことでしょう。実際昨日も試合中に倒れたことを考えると、今後も同じようなことが起こる可能性が高いということです。筋力も衰えていきます。そんな中ではなかなか野球を続けることは難しいと思いますが」


 もう既に野球を続けるということは難しいということはわかっていた。一方で、3か月という言葉に引っかかっていた。今は5月中旬で、夏の甲子園の予選は7月には終わる。2か月ある。最後1か月ダメになっても、その予選さえ勝てば甲子園に出れる。それに夏の甲子園の試合はちょうど3か月後くらいだ。決勝まで進むと、3か月を少し超えるが、誤差程度だ。もし再来週同じ検査を受けていたとしても別にあと2か月と2週間ですとは言われず、おそらく3か月だと言われるだろう。それならば、最後甲子園に出て、有終の美を飾りたい。


「それでもやります。で、みっともないような恰好を見せるかもしれないけど、そこまではやります。で、俺のこと見てこいつ無理だから他のメンバーに替えようってなったらやめます。そうしないと、俺もあきらめつかないし、他のメンバーもあきらめがつかないと思います」


「さすがに、そんな病気のことをチームのメンバーが知ったら、止めるでしょうけども」


「言いません」


 確実にチームのメンバーに知られたら、止められる。あのメンバーは甲子園より俺の体を心配してくれる、そんないい奴らだと、もうわかっている。だからこそ、言わない。言ったところで治る見込みはほとんどない。甲子園出場も逃して、エースを死なしてなんて状況になるのは目に見えている。みんなには言わないで甲子園出場まで果たす。それが使命のように思えた。


「絶対に言わないでください。母さんも」


「……、わかった。もう勝手にやりなさい。でも、無理は禁物だから。無理するんだったら、私も啓二君とかみんなに言うから」


 母は、少しうれしそうに、でも少し悲しそうな、そういうどちらとも取れるような泣き顔をしていた。


「わかったよ」


「本当は毎日来てほしいですが、必ず毎週、いやさすがにそれも負担になるか。じゃあ2週に1回は必ず診察を受けに来てください。それから異変があったときはすぐに来てください、必ず」


 医師が念を押してくる。


「わかりました」


 その後、生活する上で気を付けるべきことを話してもらい、遅くなったが何とかその日中に退院できた。


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