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1-1.私のパンツにも興味はない?

 四月の第三木曜日。

 学園ものアニメの冒頭で流れるような、ごくありふれた登校風景の中を、俺と美空は並んで歩く。


 いつも美空はスマホを弄るので、登校中に会話はない。

 俺の役目は、美空が事故らないように信号や自転車通学の生徒に気をつけることだ。


 二人分の鞄を持ちダンベル運動していると、強めの風が吹き、アスファルトに落ちていた桜の花びらがフィギュアスケーターのように地面を軽やかに踊りだす。


 ピュウウウウウ……。


 俺は不意に始まった桜のショウを視線で追っていく。


 花びらは、前方に居た女子生徒の足下へ到達し……。

 パッと浮き上がり、スカートが捲れ、太ももの際どい所まで顕わになり、その先まで――。


 ふわあっ……。


 もし俺が一人なら、数瞬後の光景を期待して、視線は外さなかっただろう。


 しかし、隣に義妹が居るのだから、俺は見ていないアピールをしなければならない。


 俺は上半身ごと向きを変えて美空に話しかける。


「美空」


「ん?」


 咄嗟のことなので、話題はない。


 俺が言葉を探していると、先に美空が口を開く。


「あさごちだね」


「……え?」


 あさ、ごち? ゴチ?


 ――ゴチとは!


 ご馳走の略だ。豪華な食事を意味する言葉だが、現代ではテレビ番組『ゴチになりました』の影響もあり「奢り」という意味で使われる方が多いだろう。


「わっ。びっくりした。

 ひー君、考え事しているでしょ。

 しかめっ面になると人相悪いから、その癖、治した方がいいよ」


 実際に何か奢られたわけではないことを考慮すれば、美空が「ゴチだね」と言った意味は、自ずと見えてくる。


 美空は、前を行く女子のパンツが男性にとって卑猥な意味でのオカズ、つまりご馳走だったと言っているのだ。だが、美空がそんな下品なことを意味もなく言うとは考えにくいので、何か別の意味が隠されているはず。


「ねえ、いつも言っているけど、その顔で考え事した時の結論、だいたい間違ってるよ。ねえ、聞いてる? 頭、大丈夫?」


 頭、大丈夫と聞いてくるのは、漫画でよく見かけるネタだ。本当に心配しているわけではなく、俺をからかおうとしているのだろう。


「……聞いてる。

 俺はゴチになるなら、美空のを……って言わせるな」


「やっぱり、何か勘違いしている……」


 美空は俺から視線を外すと深い溜め息を漏らし、再びスマホに視線を落とす。


 よく分からないが、俺が女子のパンツを見て喜んでいるという誤解を与えたわけじゃないだろう。

 同じ歳だけど、義兄としてのメンツは保たれた。


「とりあえず良かった、良かった」


 ――と俺が口にしたタイミングで運悪くまた風が吹き、前を行く女子のスカートが盛大に捲れて、桜色のパンツが丸見えになった。


「……良かったね。ひー君」


「ち、違うよォ?!」


 慌てたせいで、裏声になってしまった。


「ふーん」


 美空がじと目で俺を見つめてくるから、俺は焦って早口で応じる。


「本当だって。俺、別にエロくないし。女子のパンツとか興味ないし」


「え?

 パンツの話なんてしてないんだけど。

 そっか。ふーん……」


 もしかしてさっきの「……良かったね。ひー君」という発言は、直前の発言への相づちだったのか?


 美空は既にスマホに視線を落としている。


 ――興味なしアピール!

 人と一緒に居る時にわざわざスマートフォンを手にして会話を拒絶。これは言外に「お前には興味ない」や「お前とは仲良くするつもりはない」と主張するに等しい。気になる相手と一緒なら、会話中にスマートフォンに意識を向けて無言になるなど、有り得ないのだ。


「よし。入力終わり。

 あ。またひー君、変な顔してる……」


「してないし」


「ねえ、ひー君。

 本当に女の子のパンツに興味ないの?」


「当たり前だろ。エロいのは一部の男子だけだし、俺は真面目だから」


「じゃあ、私のパンツにも興味はない?」


「ほあ?!」


「成る程……。

 『ほあ』か……。全身に電気が走ったみたいにビクッとして変な声をあげてから、ぎこちない仕草で視線を逸らす……と」


 美空は呟くと、またスマートフォンに意識を戻した。


 指の動きから察するに、何か文字を入力しているのか?


「うーん。

 もっと積極的にいった場合の反応も知りたいけど、さすがに照れるしなあ……。

 自分でスカートをギリギリまで捲りながら『本当に興味ないの?』って誘惑するとか……。

 そんなことしたら私が変態だ……。

 ラブコメのヒロインってなんでそんなことできるんだろう……」


 美空は何事か呟きながら、今度は先程よりも長くスマホを操作している。


「うーん……。このシーンはもう少し描写を減らした方がいいかな……」


 時折唸る美空。

 眉をひそめていても可愛らしい。


 指の動く速度が尋常じゃない。こうなってくると俺の役目は、もう完全に美空の目だ。


 俺は学校に着くまで、美空の分まで周囲に気を配って歩く。



 ところで、学校に着いてから「ごち」について調べてみたんだ。

 多分美空が言っていたのは「朝東風あさごち」だろう。

 字面そのままの意味で、朝に東から吹く風のことだった。


 文学的には、特に春の風を意味しているらしい。

 美空は、春の朝に風が吹き抜けたから「朝東風だね」と言ったのだ。


 そんな言葉、知らないよ……。


 俺は美空と同じ大学に進学するために、国語は念入りに勉強しているんだけど、まだまだ努力が足りないようだ。


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