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3-1.大人の美空が何故か伊吹からサインを貰う

「おい、ひー君、すっげえ美人が出てきたぞ。

 愛沢とめっちゃ似ているけど、親戚?」


 伊吹は巨体を縮めて、俺にだけ聞こえる声で囁いた。

 こいつも俺と同じく美人耐性がないから、本人に聞こえる声で『美人が出てきた』とは言えなかったのだろう。


「お、おう……」


 大人の美空さんはいったい何を考えているんだ。

 伊吹は同じ高校だし何度も家に遊びに来てるから、高校生の美空と面識があるんだぞ。

 三人で図書館やショッピングモールに行ったことだってあるし、美空にとって、俺の次に親しい男子高校生だろう。

 大人の美空さんが本当に美空なら、そんなこと知っているはずだが――。


 俺の隣まで来てしまった大人の美空さんは、愛想良く伊吹に微笑みかける。


「初めまして。私は美空の親戚の……」


 なんで言い淀むの?!

 まさか考えなしで出てきたのか?!


「……関です」


「あ、どうも……」


 親戚だから関って安直な……。


「初対面で恐縮なんですけど、伊吹さん、サインください」


「え? サイン? 僕の?」


 え?

 美空さん、なんで伊吹にサインを求めるの?


 伊吹も困惑しているじゃないか。

 普段より高い声で「僕」って言ってるし。こいつの一人称は「俺」だろ?


「はい。お願いします」


 美空さんは家の何処にあったのか色紙とペンを取りだす。


 伊吹が困惑した様子で受けとる。


「サインなんて書いたことないんですけど……。

 関さんへ、でいいですか?」


「あっ……。はい……」


 美空さんが、しくじったという顔をしている。

 偽名を使ったから、宛名も関になって当然だ。


「やっぱり、美空でお願いします。美しい空です」


 何を言ってんだ、この人!

 顔がそっくりで名前が一緒って、くそ怪しいじゃねえか!


「あ、はい……。

 愛沢さんと同じ名前なんですね」


「そうなんです。親戚同士で同じ名前なんですよー」


 幸い伊吹が不審がった様子はない。しかし、なんで伊吹のサインが欲しいんだ?


 伊吹の将来の夢はプロレスラーだけど、もしかして、夢が叶って有名になるの? それともレスリングでオリンピックにでも出るの?


「――美空さんへ、と。これで良いですか?」


「わあ、ありがとうございます。あの、握手してください」


「え、あ、握手?! は、はい」


 伊吹は狼狽え、手をズボンに擦り付けて拭いてから、おずおずと手を出す。


 美空さんは色紙とペンを俺に押しつけると、伊吹の手を両手で挟むように握って、満面の笑顔。


 伊吹の顔が一瞬で真っ赤。目の前にいきなり活火山が出現したのかと思ってビビったじゃねえか。


「おっきくて熱い手ですね……。

 レスリング、頑張ってください」


「は、はい。ありがとうございます。

 ……あの、どうして僕がレスリングやっているって?」


「ひー君に連れられて、応援に行ったことあるんです」


「あ、そうなんですか。

 僕は、中橋君とは長い付きあいなんですが、試合を応援しに来てくれたことがあるとは知りませんでした」


 何が中橋君だ。お前いつも、俺のことはひー君って呼ぶだろ。


 それに、応援に行ったことがないのは事実だ。これからも行くものか。


 いや、それにしても握手長くない?


「ほら、鍵。頑張るんだろ、練習」


 俺は鍵を無造作に突きだし、二人の握手を終了させる。


「お、おう。そうだった。じゃあな」


 伊吹は踵を返し――。


 ゴツンッ!


 ドア枠の上部に頭を思いっきりぶつけ、交通事故のような騒音をまき散らす。


「痛ッ」


「おい、大丈夫か」


「あ、ああ」


「俺が心配したのは家の方だ。築何年だと思ってる」


「そうか。ひー君、じゃあな」


「おう。また明日」


 伊吹は額を押さえながら巨体を縮めるようにしてそそくさと去っていった。


 なんかモヤモヤする……。


「ふーん。ひー君……」


 美空さんがニマニマと笑いつつ、俺の頬をつついてくる。


「私が伊吹君と握手したから、ヤキモチ焼いたでしょ?」


「違いますよ。……なんで伊吹のサインを貰ったんですか?」


「えー。ひー君、テレビ見ないの?!」


「え?」


「あっ……。失言しちゃったぁ……」


「あいつ、未来だとテレビに出ているんですか?」


「う、うん。先のことだから詳しく言えないけど……」


「まじですか」


 現時点でレスリングに全く興味ない美空があれほどはしゃぐなんて、未来の伊吹、何してんの?!

 凄く気になるけど、聞くわけにはいかないし……。もどかしい!




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