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春の隣人

作者: 桜木翡翠

 僕の住むボロアパートはまさにボロと称することがぴったりという外見をしている。築50年以上経っているし、隙間風が入ってきて冬場は寒い。夏は冷房が効かず、暑くて日中家にいるのはままならない。こんなボロアパートでも家賃が安いのが唯一の魅力だ。僕みたいな貧乏大学生には持ってこいの物件だった。僕の他にも数人住んでいるが、やはり金に困っていそうというか、そんな風貌の人が多い。

 そんな物件だが、去年また一人、僕の隣の部屋に引っ越してきた。こんなボロアパートに引っ越してくるなんてと思い、興味深々で僕は隣人が姿を現すのを待った。すると驚いたことに若い女性だったのだ。綺麗な身なりをしており、このアパートにいるのが似合わない。玄関前ですれ違った際、素敵な笑顔で挨拶してくれた。こんな綺麗な女性に縁がない僕はそれだけで心が奪われそうになった。

 しかし、そんな素敵な時間も長く続かず、1週間もしないうちにその女性を見かけることがなくなってしまった。その代わりに若い男性が時々出入りしているようだ。女性は引っ越してしまったのだろうか。男性の方も生活をしている様子はない。一体何しに来ているのか。謎が深まるばかりだ。

 

 そんなことが起きたのが一年前。一年間女性を見かけることはなかった。実は夢でも見てたのだろうかとさえ思っていた。

「あら、こんにちは」

 僕が大学へ行くため玄関を出ると鈴の音のような可愛らしい女性の声で話しかけられた。去年見かけたあの女性だった。

「こ、こんにちわ」

 驚きのあまり、どもってしまった。僕のやや不審な挙動を気にする様子もなく、女性は部屋の中に入っていった。一年ぶりに見た彼女はやっぱり美しかった。


 一年ぶりに彼女を見かけてから、隣の部屋で生活しているようで、生活音が聞こえる。まるでストーカーのように思えるかもしれないが、このボロアパートは壁が薄いため勝手に聞こえてくるのだ。断じて盗み聞きではない。

 生活音から何をしているのか当てようと思ったが、よく分からない。日中は出かけていることが多い様子だが、それ以外での生活感がまるで感じられない。例えば、洗濯機などの家電の音が聞こえない。ついでに洗濯物が干されていることもない。しかし、見かけるたびに彼女の服装は変わっている。このアパート以外にも生活環境の整っている場所があるってことなのだろうか。その場合、このアパートにはなんの用があってきているのだろうか。考えるたびにどんどん分からなくなっていく。

 ぼんやり考えこんでいるとギィっと隣の部屋の玄関が開く音が聞こえた。

「またこんなところにいたんですか」

「あ、春斗。まあいいじゃない。私がどこに居たって」

「探すこっちの身にもなってくださいよ」

 来客があったようだ。若い男性の声。もしかすると時々出入りしていた若い男性だろうか。

「いい加減帰りますよ。というか、ここのアパートの何が良いんですか?」

 まさに僕も知りたかった。一体何がよくてこのアパートにいるのか、僕は耳を澄まして答えが聞こえるのを待った。

「そりゃもちろん、こんなに綺麗に見える桜を見に来てるに決まってるじゃない」

 僕は彼女の声につられて窓の外を見た。確かに満開の桜が咲いていた。

 よく考えてみると去年も桜が咲いていた時期に彼女はいた気がする。

「桜なんてどこから見ても同じでしょう。とりあえず、早く帰りますよ。仕事もあるんですから」

「はーい」

 やや不満そうな声を出しながらも彼女は男性に連れられて出かけたようだ。

 花見をするためにこのアパートへ。なんとも不思議な人だ。


 その後、彼女を見かけることはなく、そのまま季節は夏になり、蒸し暑くなってきた。時折、隣の部屋に同じ男性の出入りはあるので管理はされているようだ。

 また来年、桜が満開になったころに彼女は現れるのだろうか。

 少しだけ期待をして、僕は春が来るのが待ち遠しくなった。


                     終

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさにその隣人自身が年に1度の楽しみの桜のようですね!
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