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08

 九年間、という短くない時間を暮らした部屋を片付ける。ユーリア自身の荷物は魔法紙を描くための道具の他は、小さなトランク二つに入り切る程度でしかなかった。


「長い間お世話になりました」


 前の施設で問題を起こしたユーリアを引き受けてくれた女性神官、通称〝マザー〟は目尻に深い皺を浮かべて微笑んだ。初めて会ったときは親戚のおばさん、という感じだった神官も十年近い時間を経ておばあちゃんという雰囲気になっているのを感じて、ユーリアは改めて育ての親になる女性神官に頭を下げた。


「無事成人を迎えて、魔法紙師として一人前と認められもしたのでしょう。わたくしは大変誇らしいです」


「そんな風に言ってくれるの、マザーだけですよ。私、問題児ですから」


 最初の施設で暴れて傷害事件を起こしたことも、他の半精霊たちと様子が違うことでも、ユーリアは神殿の中で問題のある半精霊、異端の半精霊と言われ続けた。

 ユーリアに問題などない、そう言い続けてくれたのはマザーだけだ。


「あらまあ、領都でのことをまだ気にしているの? あれはあなただけが悪いのではないわ。まだ幼かったあなたに、心無いことを言った子たちだって悪いの。それを咎めなかった神官たちも悪いの。それなのに、あなただけが悪いように言われるなんて」


 マザーがまるで昨日のことのように怒ってくれて、ユーリアは心がホッと落ち着くのだ。自分のことを心配してくれる人がいる、気にかけてくれる人がいることはとても幸せなことだ。


「だからね、気にしないでいいの。領都に行っても、頑張るのよ。たまには顔を見せてね」


「ユーリアねえちゃん、行ってらっしゃい」


「ねーちゃんいつかえってくるの? ゆうがた?」


「おてがみ、ちょうだいね」


「……行ってきます、みんな。お手紙書くし、ときどき帰って来るからね。お土産、楽しみにしていて!」


 マザーと今レヴェ村の半精霊施設で暮らす三人の妹と弟たちに見送られ、ユーリアは荷物を抱えて施設を出た。


 神殿の敷地入口にモルモットンの引く荷車の姿を見つけ、ユーリアは足を速める。


 後ろにある神殿施設はユーリアの家、暮らしているのは家族。成人を迎えたユーリアは巣立っていく者だし、一緒に育ったふたりはすでに巣立っている。ユーリアの前にいた半精霊たちも、同じように巣立って行った。

 成人として当然のことだ。


 それでも家から離れることを寂しく思い、後ろ髪を引かれる気持ちがなくなるわけじゃない。

 その気持ちを振り切るように、ユーリアは小走りにルビーの操る荷車に駆け寄って荷物を荷台に乗せた。


「お待たせ、ルビー!」


「全然待ってないわ。出立する気満々の所悪いんだけど、店に寄って荷物を積み込んでからの出発よ? 良かったら手伝ってくれると嬉しいんだけど」


「うん、手伝うよ。なんでも言って」


「ありがと。じゃあ、お言葉に甘えちゃうわぁ! 重たい荷物が沢山あるのよぉ」


「ぎゃー、前言撤回っ」


「受付ませーん、却下しまーす」


 ユーリアを乗せたモルモットンの引く荷車は、ガタガタと揺れながら村外れの神殿から村の中心街へと進んで行った。ふたりの賑やかな話声を響かせながら。



 * 〇 *



 ルビーの実家、アンデ素材店の裏口に荷車を寄せて、ルビーの個人的な荷物と領都の素材店に運ぶ荷物を荷台に乗せる。大きなトランクが四つ、大きな木箱は数えるのがバカバカしいくらいにある。


 こんな大量の荷物を積み込めば、荷車は当然重たくなる。それを一頭のモルモットンが引けるのか、引いて半日近く歩くことが出来るのか? ユーリアは積み込まれていく荷物と、茶色と白色の毛並みを持ちつぶらな瞳のモルモットンとを交互に見た。愛らしいモルモットンはこの後、超重量級になった荷車を引いて歩くのだ……その未来を知らないでいる。


「でも、あなたにしか出来ないことなんだよ。宜しくね」


 ユーリアが頭を撫でてやると、モルモットンは〝キュウキュウ〟と可愛い鳴き声を上げた。


「……ユーリア」


 振り返ると、そこにはバルテルの妻ヘルマがいた。

 少し窶れて、疲れたように見えるのはバルテルが入院中のせいか、姪であるアンネが放火犯として逮捕されたからか。


「奥様! どうしたんですか、顔色が……」


「あなたが今日のお昼前に村を出発するって聞いたから。……これを」


 ヘルマはユーリアに淡いピンク色の布に包まれた物を差し出して来て、ユーリアはそれを受け取った。包みはほんのり温かく、甘く香ばしい匂いがした。


 中身はヘルマが得意にしているオレンジを使った焼き菓子だ。この菓子はユーリアの好物でもある。


「……ユーリア、ごめんなさいね」


「え?」


 ヘルマは突然謝罪し、その後は言い難そうに言葉を紡ごうとしては止め、を繰り返した。何度かそれを繰り返し、大きく息を吐きだしてヘルマは絞り出すように声を出す。


「アンネが、あなたのこと勘違いをしてるんじゃないかって、ずっと思っていたの。妙に突っかかるような態度を取って、物言いも姉弟子にするような言い方じゃなかったから。嫌な思いをしたでしょう」


「……」


「あなたはもうほとんど一人前になっていて、何年もしないうちに家から巣立っていくことも分かっていたわ。冒険者や騎士たちが実際に魔法紙の性能を認めて、ゲラルトも褒めて認めて、一人前になった者に渡す証を準備していたもの。あの人はお礼奉公をさせるつもりが最初からなかったから、あなたは家にいても、半年か一年。……巣立って行けば、アンネも落ち着くからそれまでのことだって軽く考えていたのよ」


 アンネはヘルマの一番下の妹の子どもで、娘が欲しかったヘルマにとって姪ではあるものの娘のように可愛がっていた。


 そんな可愛い相手に小言を言って、喧嘩になったり関係がこじれ険悪になるのを避けようとした……ユーリアが卒業したら全てが解決するはず、それまでのことだと思って。


「まさか、アンネが倉庫に火を付けるなんて……想像もしてなかったわ」


「アンネさんは、どうして火を付けたりしたんですか?」


 放火をした動機、そこに関してユーリアの中では納得がいかないままだ。嫉妬と言われても理解が出来ないままでいる。


「……あなたは納得いってないみたいだけど、本当に嫉妬なの。あなたが倉庫で火の始末をし忘れて、そのせいで火事になったということにしたかったらしいわ」


「どうして、私のせいに?」


 ヘルマは再び大きく息を吐いて、首を左右に振った。


「倉庫であなたが小火騒ぎを起こしたと言って、あなたがゲラルトに叱られるところが見たかったそうよ。あわよくば、そのまま破門になって村から出て行けばいい、そうすれば自分が比べられることもないと」


 ユーリアは本当に開いた口が塞がらなかった。


 そんなことで店の倉庫に火を付けるなんて、信じられなかった。本人の予定では小火程度で済ませるはずだったようだけれど、実際は店のほとんどの部分が焼けてしまっている。


 煙を吸って具合を悪くした人、かすり傷や軽い火傷を負った人もいた。大怪我をしたのはゲラルトだけで、命を落とした人が幸いにしていなかった。


 けれど、店のある魔法通りは基本的に人通りが多い。怪我人が大勢出たり、命を落とす人が出ても不思議はない状態だったのだ。


「そんな、ことで……」


「そう、そんなことが理由なのよ。火を付けたらそれがどんな結果になるのか、あの子は全く考えていなかったの」


 体は十五歳になっていたけれど心は幼いままだったのだと嘆くヘルマに、ユーリアは書ける言葉が見つからなかった。

お読み下さりありがとうございます。

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