表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/74

2-35 エピローグ

「ありがとうございました!」


 扉を開けて、魔法紙を購入し〝蒼羽の森〟へ行くのだという冒険者たちを見送る。


「おお、ありがとう。またな、ユーリアちゃん」


「行って来るよ~」


「お気をつけて!」


 見送る冒険者たちと入れ替わるように、別の冒険者たちがやって来るのが見えた。何度がオリジナル魔法紙を作ったことのある常連だ。


「よー、ユーリア。ひとつ描いて欲しいのがあるんだが、頼めるか?」


「勿論ですよ、中へどうぞ!」


 ユーリア一人でこの魔法紙店を切り盛りするようになって一年ほど、シュルーム騎士団内を騒がせた事件からは二年、今日も魔法紙店は絶賛営業中だ。



 先代店主であったヘッセルはほぼ引退(魔法紙を描くことはないがときどき店に出て来る)し、二か月前から腰痛や関節痛に効果があるという温泉の街で療養している。その温泉の街で出会った老婦人と良い関係になったらしい。九十歳を越えて恋をし、領都にいたときよりも若返っているようだ。老婦人と共に一週間後に戻る、という手紙を読んだユーリアは素直に思った「ヘッセルさんが元気で、幸せにしているならそれが一番」と。


 店の看板猫マダム・ナラは、日当たりのよいザブトゥンの上で日がな一日眠っている。ほとんど動かないので、ユーリアの半身である小鳥型オトモ妖精・トワはもうマダム・ナラを警戒していない。適度な距離を保ちつつ、看板猫と小さな妖精は共に暮らしている。


 ユーリアの弟、イザークは神殿の半精霊施設で暮らしている。最初はいじめられたり、仲間外れにされたりしたが、現在は同じ半精霊の仲間として受け入れられて元気にしている。勉強も精霊魔法も武術も成績がよく、ユーリアの自慢だ。


 堂々と褒めると、照れてツンツンするのだが……そんなところも可愛いと思っている。



 夕方の営業を終え、外に出していた看板を片付けていると「ただいま」と声がかかる。


「おかえり、今日もお疲れ様」


「明日から二週間の休みが取れたよ、正直に言えば本当に休暇がとれるのかって不安だった」


「そうだね、精霊騎士って人数が少ないから誰かに代わって貰うって難しいもんね」


「でも、人生で一度だけだからって……貰えてよかった」


 ユーリアはジークハルトのハグを受け入れた。騎士服についたバッジや金属製の飾りが腕や頬に当たるけれど、それももう慣れたものだ。


 精霊騎士団の仕事が終わると、ジークハルトは店にやって来る。閉店準備を手伝い、一緒に家に帰るのが決まりになっているのだ。


 下宿をしていたアンデ素材店の二階を出て、魔法紙店の近くにある集合住宅にユーリアが暮らすようになって半年、そこへジークハルトがそれはもう頻繁に通うようになり、ほぼほぼ一緒に暮らしているような状態になって三ヶ月。


 二人は一週間後、結婚式を挙げる予定だ。


 式の後は、正式に夫婦として一緒に暮らす。将来手狭になる可能性は高いが、それはその時になってから考えるつもりでいる。


「明日は式の打ち合わせがあるの、それから衣装合わせ。覚えてる?」


「ああ、午前中だったよな、今日は早めに……」


「ユーーーリアアアアアアアアア!!」


 夕方の街に大きな声が響く。


 魔法紙店の奥側には夜の繁華街が広がっており、大勢の人たちが繁華街に向かっていたがその人たちがほぼ全員足を止め、振り返るほど大きな声だ。


「る、ルビー? どうしたの……」


「ユーリア、ユーリア! アタシ、どうしたらいいのよぉ!」


 アンデ素材店の跡取りであり、ユーリアの親友でもあるルードルフ・アンデは取り乱して彼(?)らしくなくユーリアに縋りついた。


「な、なに? どうしたの?」


「どうしよう、どうしよう! 突然のこと過ぎてわけがわからないわ! ねえ、ユーリア、アタシどうしたらいいの!?」


「わけわからんのはこっちの方だ」


「ま、まずはお店の中に入って。お茶でも淹れるから、落ち着いてなにがあったのか話して」


 騒ぎ続けるルビーをジークハルトが強引に店内へ入れ、ユーリアは床置き看板を持ってその後に続く。


「んもおおお、どうしたらっ、どうしたらっ!? ねえ、どうしたらいいの!?」


「知るか! まずは落ち着いて、話せ」


 ルビーとジークハルトの声が聞こえ、トワの『やかましいのだ!』という声が乗る。マダム・ナラは一瞬だけ騒がしい人間と妖精を視界にいれるが、すぐに目を閉じて眠りの世界へ。


 ――今日は家には帰らずに、店で過ごすことになるかも? 明日からまた忙しいんだけどなぁ? ヘッセルさんが戻って来るまでに、ルビーの問題を解決しつつ結婚式の準備? できそう?


 そんなことを思いながら、〝しばらくお休みいただきます〟の文言と日付の書かれた紙を窓に貼り付けた。そして、扉に鍵を掛けると〝閉店〟と書かれた看板をいつものように扉の窓に掛ける。


 そうして、いつもの夜がシュルーム領都にやってくるのだった。




 シュルーム領の領都には二軒の魔法紙店がある。


 一件は回復系に特化した専門店で、もう一件は攻撃・防御・回復と全ての種類を取り扱っている店だ。

 全ての種類を扱っている魔法紙店の店主は若い半精霊の女性。


 希望に合わせた魔法紙を描いてくれることでも有名になりつつある。わざわざ他の街から魔法紙を頼みにやって来る者も少なくない。


 店主は半精霊にありがちなお高く止まった雰囲気はなく、気さくで優しい。そんな彼女に心惹かれる冒険者は数多く、彼女目当てに店に通っていると公言している者もいる。


 ただし彼女は既婚者であり、夫は嫉妬深い精霊騎士なので……下心を持って近付くことはかなり危険だ。過去、何人もの冒険者が夫によって店から叩き出されているのが確認されている。



 若い女性冒険者や街の娘たちから「精霊騎士と恋人になる秘訣を教えて!」と聞かれ、彼女はこう言ったという。


 ――私、精霊騎士を夫にと願ったことはないし、夢に思ったこともない。好きになった人が後々に精霊騎士という職業に就いた、それだけ。だから、精霊騎士と結ばれる秘訣は私にはわからないの。ジークハルトがパン屋さんでも、鍛冶屋さんでも、冒険者でも、仕事は彼がやりたいものならなんでもいい。たまたま、精霊騎士だっただけなのよ。



 半精霊ユーリアは精霊騎士との夢は見ない。


 彼女の見た夢は、愛した相手との平穏な生活。ただ、それだけ。


 その夢はしっかりと叶えられ、愛おしい人と親しい友人たちと……半精霊ユーリアは暮らしている。


 

 〝蒼羽の森〟へ行く際は、魔法が得意であったとしても切り札として一枚は巻紙を持っていくことをお勧めする。命を守る切り札になってという冒険者は数えきれないほどいるからだ。


 その際には良心的な値段で高品質なものを手に入れることができる、〝緑の巻紙屋〟と呼ばれる店で買うと良いだろう。


 人当たりのよい、心優しい店主が出迎えてくれるはずだから。



「いらっしゃいませ! どんな魔法紙がご入用ですか?」



 【終】

お読み下さりありがとうございました。

これにて完結でございます! 長い間のお付き合い、本当にありがとうございます。

途中でお休みをいただいたり、私の中で方向性が迷子になったり……と決して出来が良いお話にはなりませんでしたが、少しでも楽しんで頂けましたのなら幸いです。

本当にお付き合い、ありがとうございました。


また別のお話の方もお付き合いいただけましたら嬉しいです。

よろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ