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「デリウス事務局に対して、ユーリアに関する嘘の話をしていた者がいる。そいつは、ニーナ・ブルーメ、魔道騎士団の事務局員だ。事務局長にとっては部下で、特別に可愛がっていた事務局員で……レヴェ村で放火事件を起こしたアンネ・ブルーメの実姉だ」
「アンネさんの、お姉さん!」
そう言われてみれば苗字が同じだし、妹弟子だったアンネと精霊騎士団事務局で見かけたニーナという名の事務局員は、似ていたように思えた。髪色は違うけれど瞳の色は同じ、顔の輪郭や眉の形などよく似ていて、姉妹と言われて納得しかできない。
「それってつまり、実の姉であるその子から話を聞いたから〝事実〟って思い込んでたってこと?」
「……そうなんだが、どうやら軽い洗脳状態になっていたようだ」
「洗脳?」
「あまり聞いたことがないが、他人の考えに影響を与える精神系魔法ってやつに軽くかかっていたらしい。魅了されていた、と言えばわかりがいいか?」
この世界には二つの魔法がある、魔法と精霊魔法だ。
主に人間が使う魔法は地水火風の四大元素と、光と闇という二元素に基くものである。六元素に基く魔法が体系化される以前、遥か昔にはもっと多くの魔法があったとされる。魔法が学問として研究され、効率化されるにしたがって失われた魔法が多々あったのだ。
精神に影響を与える魔法は、その失われた大昔にあったとされる魔法の一つ。
それら失われた魔法は、血によって受け継がれていたらしい。親から子、子から孫へと血縁を通じて受け継がれており、無意識で発動されるものも多かったようだ。現在では血が薄まり、使える者は皆無と言われている。
しかしながら、過去に数名六元素魔法とも精霊魔法とも違う魔法のようなものを使うことができる者、がいた記録はある。そのことから、ブレーメ家には〝精神系魔法〟を無意識に使うことが出来る血が流れているのではないか? との仮説が立ち上がっているのだ。
「……姉妹で、その魅了だか洗脳だかいう魔法が使えるっていうの?」
ルビーはジークハルトの説明を聞くと、両手で自分を抱きしめて震えた。
他人に心を操られるなんて、恐ろしいことこの上ない。
「いや、はっきりわからない。事務局長の行動、レヴェ村の警備隊員の行動を見ると……そうかもしれない、とは俺も思う。ニーナ、アンネの二人にはある程度他人を自分の思う様にさせる能力がある、そう考えると納得できるんだよ」
「そうじゃな、事務局長も村の警備隊員とやらも〝言われたから〟、〝聞いたから〟というそれだけでユーリアを犯人じゃとか、性悪娘じゃとか決めつけておる。立場的にも調査をして確認せねばならんじゃろう。けれど確認をしない、確認しないことをおかしいとも思わないなど、おかしいと判断せざるをえん」
「そうよね、おかしいわよね。あのレヴェ村の警備隊員だって、調べるのが仕事でしょうに聞いたからって最初から決めつけてたわ」
「それって、魔法なの?」
「え?」
ユーリアはジークハルトの説明を聞いて思った。ニーナとアンネの姉妹が〝他人を自分に都合のよいように洗脳できる〟精神系の魔法らしい技術を使っているのならば、解除することもできるのではないか、と。
* 〇 *
事前にわかっているのと、わかっていないのとでは気持ちの持ちようが違う。それはそうだとユーリアは同意する。
でも、事前にわかっていても怖いものは怖いし、緊張するものは緊張するものだ。
ユーリアは今、騎士団へ魔法紙を納品するため騎士団事務局に向かっている。
通常なら店に騎士が受け取りにやって来るのだけれど、今回は〝急遽必要になった分〟なので急いで納品にやって来た。
「……」
魔法紙の入った箱を両手で抱え、騎士団事務局に向かって歩く。騎士団事務局へは納品に行くので、正面入り口ではなく裏側にある搬入用入り口へと向かう。
大きな通路から建物脇にある小さな通路に入ると、周囲にいる人の数がぐっと減り、見れば周囲には誰もいない。ユーリアは歩く速度を上げて誰もいなくなってしまった通路を進む。
ドキンドキン、といつもより大きく心臓が跳ねているのがわかる。箱を抱える手のひらは汗でしっとりしているし、細かく震えているのもわかる。
「……」
早歩きが小走りになったとき、左斜め前にある樹木と植え込みが大きく揺れて人の陰が見えた。
それと同時に魔力が動き出し、そこにある樹木に巻き付くように水で出来た蛇の頭ができあがる、その数八本。
「……っ!」
丸みを帯びた頭部分が徐々に凍り、氷柱のように鋭く変化して槍のような姿になるのはあっという間だった。そして、八本の氷の槍は一斉にユーリアに飛びかかる。
魔法紙師であるユーリアにはそれを避ける身体能力はない、魔法が使えないため防御魔法を展開もできない、両手が塞がっているため魔法紙を使う時間もない。
ユーリアを知っている者ならばすぐに思うだろう、氷で出来た槍に体を貫かれてしまう、と。
「……やっ……!?」
ずっと邪魔だと思っていた、アイツさえいなければと思っていた、憎らしいと思っていた相手が魔法の餌食になって命を散らし存在しなくなる。それ以外の今を考えてはいなかった。だというのに、今見ている景色は全く違う。その違いに理解が追い付かない。
なぜ、自分は今隠れていたはずの植え込みから引きずり出されて、地面に押し付けられるように抑え込まれているのか。
なぜ、魔法の餌食になったはずの憎い相手が傷一つなく存在しているのか。
なぜ、恋しくてならない精霊騎士があの憎い相手を庇っているのか。
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。
「……なんで」
「なぜって、なぜわからないのかこっちが聞きたいくらいだよ。ニーナ・ブルーメ事務局員、それからロッテ・シンケル事務局員」
ニーナが首だけ動かして背後の方に視線をやると、同じように拘束された後輩の姿があった。
「なぜ、こんなことを……馬鹿げてる」
ジークハルトは、ユーリアに向かって放たれた魔法を防いだ防御魔法を消すと首を左右に振る。その様子は心の底から呆れた様子だ。
「なぜって? そもそも、そこにいる半精霊の女が私の妹に放火の罪を着せて……」
「……やっぱり、あなたも」
背中側に腕を取られ、地面に押し付けられているニーナの前にユーリアが近付いて来る。そして、手にしていた箱の中から魔法紙を一つ取り出す。
「やめなさい! なにするっていうの!!」
「静かにしろっ」
パリッと封蝋が割れて、魔法紙に封じられていた魔法が発動した。薄青色の光がニーナの体を包み込み、頭の先から足指の先まで冷たい水が通り抜けていくような感覚がする。それは体の芯を震わすような冷たい感覚だ、体の隅々まで冷え切っていく。けれど、それと同時に悪い物が洗い流されていく感覚もあった。
「うう~っ……う、あ……?」
冷たい感覚がなくなったとき、ニーナは改めて思った。
――どうして、私……こんなことを? どうして、アンネの言葉をそのまま受け入れていたの? 両親も弟たちもあの子は姉弟子に嵌められたんだ、そう言っていた。でも、私は見た。魔法紙屋の倉庫で撮影された映像には、妹が倉庫に保管されていた魔法紙に魔法で火をつけた、その瞬間が映っていた。決定的な証拠だと、そのときは納得したのに……その後妹に差し入れを持って面会に行って、それから、私は……
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ユーリアの物語も後半です。
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