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イザークはユーリアが八歳のとき自分の意思で家族を捨てて、神殿施設に行ったのだと思っていたのだという。
幼いうちから施設入りしてしまった娘に対して母親は悲しみ心を砕いており、差し入れの品(洋服やお菓子など)を定期的に送った……のだけれど、娘からの返事はなにもない。施設から親元に顔を出すはずの年末年始や、年に二回あるお祭りのときですら家に帰ってこない。
手紙もない、帰っても来ない、そんな娘を想い母親はますます悲しんだ。
最初は姉が手紙を寄越さないことも、帰って来ないことも深く考えていなかったイザークだが、年齢を重ね母親の悲しみや嘆きを聞いているうちに、「姉は母を悲しませる酷い奴だ」という考えに至ったらしい。
母が送った手紙に返事くらい寄越してもいいじゃないか、年に数回帰って来て顔くらい見せればいいじゃないか。そんなこともしない姉はなんて冷たい人なんだ、母を悲しませる酷い人だ……と。
姉に対するマイナスイメージを抱えたまま、イザークは十二歳になりシュルーム領都にある半精霊施設に入った。そして、そこで自分の姉が「歓迎会で先輩半精霊と喧嘩沙汰を起こした」ことや「半精霊であるにも関わらずオトモ妖精もおらず、魔法を使うこともできない落ちこぼれ」であることを知ったのだ。そのことでイザークは、一部の神官と半精霊たちを除いた大半の者たちから「短気で暴力的で、魔法も使えない落ちこぼれ半精霊の弟」という扱いを受けることになったらしい。
一度半精霊施設に入れば、平民の半精霊として生まれた以上は成人まで施設で暮らすことが決められているため(貴族は乳母や教育係りがつけられるため、施設には通いであることが大半)家に帰ることも出来ない。大勢の半精霊から馬鹿にされ、笑われ、蔑まれた。
イザークは辛い立場に立たされていた、顔も覚えていない姉のせいで。
そんな中、『魔法紙師ユーリア・ベル』の噂を耳にしたのだ。風の半精霊であり、若くして一人前の魔法紙師であり、街で老舗魔法紙店を営む魔法紙師バーナード・ヘッセルの後継者として彼の店に入り、なお且つシュルーム騎士団と魔道騎士団のお抱え魔法紙師になるかもしれないと。
イザークはすぐにわかった、噂になっている半精霊の魔法紙師は自分の姉だと。それと同時に、カッと怒りが湧き上がる。。
姉のせいで、母はいつも寂しそうに悲しそうにして、夜になると泣いていた。
姉のせいで、入ったばかりの施設で自分は馬鹿にされ蔑まれ、遠巻きにされている。
そんな姉は家族のことなど無視して、自分ひとりだけ世間から魔法紙師として評価され、充実した楽しい生活を送ろうとしている。
そんなこと、許せるわけがない。家族だから、姉弟だからって、許せないことはあるのだ。
「……まあ、そんな感じで嫌がらせという行動に出たわけだ」
説明の区切りだ、とばかりにジークハルトはオムレツの挟まったサンドイッチを手に取ると、大きくかぶり付く。
「イザークは、ユーリアが記憶を無くしていて、自分たち家族のことが全くわからなくなっていることを知らなかったんだよ」
「…………ユーリアのお父上は、記憶のことを家族に話さなかったんじゃな?」
ヘッセルの問いかけにジークハルトは頷いた。
「ユーリアの父親は風の精霊ですので、人間と同じ考えや行動は期待できない。……おそらく、ユーリアを半精霊施設の前にまで連れて行き引き渡したことで、ユーリアに対する子育ての全てが完了したと認識。そのことを家族に話そう、と思わなくても不思議ではないかと」
そうか……精霊ってそういうものなのか。人間には精霊の理解は難しいって聞くけど、本当だな。
全員がそう思い、項垂れ、しばらく手にしていた昼食をもくもくと口に運んだ。
ルビーが作ってきた昼食があらかた食べ尽くされたところで、ヘッセルが温かな緑茶を淹れる。
ユーリアは、カップの中で揺れる薄緑のお茶の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。爽やかなで僅かに甘い広がり頭の中がすっきりとするし、ひと口飲めば口の中がすっきりする。
「そう、まあ……弟くんが事情を知らなかったのなら、ユーリアに対してムカつくっていう気持ちがわからなくもないわ。でもでもでも、嫌がらせがエスカレートして、魔法で攻撃していい理由にはならないけどねっ!」
料理の入っていた皿や包み紙を片付けながら、ルビーはお茶を飲む。
「いや、嫌がらせがエスカレートしたのは、イザークに背後でアレコレ吹き込んでいた人物がいたんだ。十二歳の男子が考える嫌がらせなんて、たかがしれてる」
「あ、だから実行犯って」
「そういうこと。それで……背後で吹き込んでいたのは、魔道騎士団の事務局長と事務局員だ」
「……っ、えっ!?」
ユーリアは驚き、飲んでいたお茶を吹き出しそうにそうなるのを必死に堪えた。
魔道騎士団の事務局長や事務局員とユーリアは関係がない。顔を見たのも、魔法紙の精査試験のときが初めてで、それ以来見かけてもいない。
ほぼ無関係といっていい相手である。その人がイザークに嫌がらせのアドバイスをするとは、全く想像していなかった。
「なんじゃなんじゃ、穏やかじゃないのぅ。魔道騎士団の事務局長っていえば、ほら、あの男じゃろ? トーマス・デリウス。事務局に二十年くらい勤めておって、魔道騎士団の裏方を取り仕切っとる、真面目で融通の利かない感じの……」
「長く勤めている人に間違いはない、です」
「どうしてまた、あの男らが儂らの店に嫌がらせなんてしたんじゃ?」
全員が同じ疑問を抱き、六つの目がジークハルトに集中する。
「それが、情けないことに……ユーリアに対する間違った悪い情報を耳にして、それを鵜呑みにしていたんだ」
「間違った悪い情報って、なんのことなのよぉ」
「……レヴェ村で起きた火事の件だ」
「レヴェ村の火事って、師匠のお店兼工房が燃えた……あの事件のこと?」
ユーリアが師匠であるバルテルの元を予定よりも早く巣立つ原因になった火事は、バルテルの姪であり妹弟子になったアンネが放火したことで起きた。
なぜか村から出かけていたにも関わらず、ユーリアが犯人であると捕まえられて尋問まで受けたのだ。
ユーリアが疑われる原因は、アンネが〝姉弟子であるユーリアさんを出火前の倉庫で見た〟という嘘の証言をしていたから。そしてそれも、アンネの証言について何の確認もしないで信じ込んだ警備隊員は、ユーリアが犯人だと決めつけて行動していた。
「はぁー? なんでよ、信じられないわ。あの事件については、記録水晶の映像があってユーリアは無関係だって正式に認められていることよ? 映像によって証明されたでしょ、ユーリアの無実とあの子の有罪」
ルビーは当時のことを思い出した様子で、不満そうな顔をして湯呑をテーブルに置いた。
「わかってる。だが、事務局長は耳にした情報が正しいのかどうかを自身で確認しなかった。聞いた話を鵜呑みにしたんだ」
「しかしな、なぜそう簡単に鵜呑みにする? 本当にユーリアが犯人であるのなら、今頃この街で働いてなどおられん。そんな簡単なこともわからぬような男ではなかった、そう思うのじゃが」
ジークハルトはヘッセルの言葉に対して、大きく頷いた。
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