07
ルビーの声が女子棟内部に響く。
「ちょーっと待って、ユーリア?」
ルビーは自分で自分のグラスに果実水を注ぎ入れると、一気にそれを飲み干してから、ぐいっと上半身をユーリアに近づけた。
「領都の施設に入ったのに、こっちに入り直したの?」
「そう。おまえみたいな奴はうちの施設には置いておけないッ! って担当神官に言われてね。なかなか引き受けてくれる施設がなかったんだけど、レヴェ村の施設が引き受けてくれるってことになって、ここに来たの」
「……アンタ、なにしたの?」
半精霊は十三歳までに神殿に併設された施設に入る。それは豊富にある魔力を制御する術を身に付けさせ、それを生かした職業に就かせることが目的だが、片親の精霊が子育てに積極的でないことも施設で預かる理由でもある。
精霊同士の間に生まれる精霊は生まれたときから自立しているため、子育てという概念が精霊にはない。
さらに精霊は伴侶とした人間のみを溺愛する傾向があるため、伴侶の意識が我が子に向くことを嫌う傾向もある。
結果、生まれた半精霊の子どもが育児放棄されて死亡する事件や事故が幾つも起きた。
その悲しい出来事を踏まえ、人間を伴侶とする精霊には子どもを育てるという教育が始まり、長い時間を経て子育てと伴侶を独占溺愛する精霊の気持ちを両立させるために、十三歳になった半精霊を施設で預かるというシステムが出来上がったのだ。
基本的に両親が半精霊を施設に連れてやって来て、受け入れた施設が成人までの面倒を見る。途中で施設が変わることは滅多にない。
「あー、うん。まあ、私も子どもだったんだよね。領都の施設には半精霊が大勢居て、みんな十三歳以上のお兄さんお姉さんばっかりで……私は浮いてた」
「アンタが施設に入ったのって、八歳だったかしら? 随分早いわよね」
「うん、だから事情があったっていうのが丸分かりだったのね。そういうワケアリな子どもに対しては、みんな警戒するわけよ」
半精霊の面倒を見る神官たちは、〝みんな仲良く〟とか〝ここに居る者はみんな兄弟姉妹、家族です〟と言ってはいるけれど……あからさまに早い年齢で入ってきたユーリアは事情と問題のある子、関わってはいけない子として扱われた。
施設や寮は基本的に十三歳から十七歳までの子どもの世界。面倒見が良いとか、その頃お節介と称される子が誰もいなかったことも、ユーリアの疎外化と孤独に拍車をかけていた。
「施設に入って一か月くらいして、歓迎会があったのね。その年に施設に来た子の顔合わせ。その会には私も参加させられたんだけど……まあ、色々言われてね。そこでやらかしたの」
領都の施設での歓迎会のことを思い出すと、ユーリアは今でも苦しい気持ちになる。
自分が早々施設に入れられたことも、みんなには居るツガイ妖精がいないことも、魔法を使う才能が全くないことも、色褪せた三枚のワンピースとボロボロのペタンコの靴しか持っていなかったことも、全部事実だ。
それでも、そこを揶揄われて陰口を叩かれて……我慢出来るほどユーリアは大人ではなかった。
「神官に叱られて、反省室に放り込まれてそのまま二週間の謹慎。謹慎が解けたと同時にここに来たの」
ルビーは果実水を飲みながら黙って聞いていた、整った顔を歪めながら。
「だからさ、私、領都に行っても大丈夫かな?」
「平気よ、何年前の話しをてるの? それに施設に行くわけじゃないじゃないの、アンタは一人前の巻紙屋として領都に行くの。誰に遠慮がいるって言うのよ」
そう言ってユーリアの頭をぽんぽんと撫でてやれば、ユーリアは「そっか」と安心した様子でちぎった丸パンに燻製チーズを乗せて頬張った。
「ねえ、前から聞きたかったんだけど。あ、言いたくなかったら言わなくていいわ」
「なあに?」
「……アンタ、どうしてそんなに早く施設に入ったのよ? 普通は十三歳になる年の春、に入るんでしょう?」
半精霊の大半が十三歳になる年の春に施設に入る。だが、十三歳になる年の春までに施設に入る、となっているため、早い分には問題がない。
最近は精霊たちにも子育て意識が浸透しつつあることと、伴侶の人間から我が子をそんなに早く手放したくないと訴えられれば、受け入れざるを得ない精霊が増えているため、みな施設入りはギリギリになる傾向が強い。
「ああ、それね。実は……覚えてないの」
「は?」
「だから、覚えてないの」
ユーリアは、ニンジンのピクルスをぽりぽり齧りながら言った。
「どういう、こと、かしら?」
「だから、私、領都の施設に入る前のこと、覚えてないの。自分の名前と自分が半精霊だってこと、生年月日は持ってた書類に書いてあったから分かったけどね。他のことは覚えてないの」
「…………親のこととか、兄弟のこととかは?」
「さあ? 私が風属性だから、親のどっちかは風の精霊だったと思うよ。でも他は分からない。親の名前もどこで生まれてどこで育って、どんな理由があって八歳で施設入りしたのか」
ルビーは両手で頭を抱えて、テーブルに額を付けた。ゴンッという鈍い音がしたが、痛みもなにも感じない。
「まあ、知らなくても大丈夫。なんの問題もないもの。ルビー? どうしたの、ルビー?」
妹のように可愛がってきたユーリアの過去に、失われてしまった時間のことを思うと……ただひたすらに悲しかった。両親や家族の思い出を失っていることが悲しいことだと、それすら分からなくなっている妹分が気の毒で仕方がなかった。
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