2-30
魔法紙店の上がり框に鎮座している丸いテーブルの上には、ルビーがストレス解消のためにせっせと作った料理がズラリと並ぶ。オムレツやハムをぎっしりと挟んだサンドイッチ、ソーセージやベーコン、チーズを巻き込んだ惣菜パン、甘めの酢で野菜スティックを漬け込んだピクルス、アンデ家特製ハーブ塩でこんがりと焼けた鶏の腿肉。豪華な昼食だ。
四人はそれぞれ昼食に手を伸ばす。ユーリアはきゅうりのピクルスを二本齧ったあと、ハムと葉野菜が分厚く挟まれたサンドイッチを頬張る。
ハムと野菜はサンドイッチの基本である、そうユーリアは思っており用意されていた場合は必ず最初に食べるのだ。
「……それで、アタシにお昼ご飯を用意してヘッセルさんを迎えに行ってから、一緒にお店に来いっていうのは、どういうワケなの? くだらない理由だったらぶっとばすわよ?」
全員が一つ目のサンドイッチや総菜パンを食べ終え、食事スピードが落ち着いたところを見計らってルビーは言った。その目はジークハルトをジッと見つめる。
「くだらない、と判断するかどうかは各人に任せる。ただ、この顔ぶれには俺から話しておきたいと思ったんだ」
「ふぅん。で、一体なんの話なの?」
ルビーはベーコンとチーズを入れて編み込んで作った惣菜パンを力強く引き千切った。ブチッという大きな音をたててパンとスライスベーコンが千切れる。
「……話さなければいけないことは多々あるが、とりあえず大きく二つある。一つは店へ嫌がらせをしていた犯人のこと。もう一つユーリアが幼いころの記憶がないことだ」
ジークハルトの言葉に、全員が息を飲み居住まいを正す。今から話そうとすることが、この場にいる全員にとってとても重要な内容であるから。
「わかったわ。じゃあ、ユーリアのことからお願い。気になるし」
ルビーは真っ二つに引き千切ったパンをさらに細かく千切って、トワの前に並べる。トワはちらりとジークハルトとトワに視線を向けるもなにも言わず、目の前に並んだパンをゆっくりと突き始めた。今はなにも言うつもりはないらしい。
「皆も知ってのとおり、ユーリアは八歳以前の記憶がない。けど、それはユーリアの父親である風の精霊、ルーカスおじさんがしたことだ」
「……なんで、そんなことを?」
ルビーとヘッセルは顔を見合わせてから、ユーリアを見た。しかしながら、家族に関係する記憶が相変わらず一切ないユーリアは、笑顔でサンドイッチを頬張っている。
「それが……」
精霊と半精霊が本気で恋をした相手を、自分の魔力で染め上げてしまうこと。恋の相手である人間がそれを受け入れることで、一生涯の契約が結ばれること。その契約は成人後にのみ認められるのだけれど、ユーリアとジークハルトの二人が八歳でその契約を結んでしまったこと。
早すぎる契約を結んだことへの処置と、ユーリアへの罰として記憶とトワという相棒を封じられて、早々半精霊の暮らす施設へと預けられ物理的に二人が引き離されていたこと。
記憶がないこと、早すぎる施設入りなどの事情については、すでに父親であるルーカス本人が騎士団と精霊騎士団、ギルドなどには説明し理解を得ており、ユーリアの過去に対する疑問も全て払拭されている。
それら全てを説明すると、再びルビーとヘッセルは顔を見合わせた。
「えっ、じゃあ……アンタたち、そんな小さなころから将来を誓ってたっていうの……?」
「まあ、そういう、ことに……なる」
そういうジークハルトの顔は赤い。
「がははは! そうか、運命の相手にはいつ出会うかわからぬものだが、早くから出会っておったのだな! そういうこともあるじゃろう」
「ちょっとお、そういう問題なわけぇ? 八歳って小さすぎない!? まだ子どもじゃないの」
「年齢は関係ないじゃろう」
「ええ? ヘッセルさん、運命論者なのぉ?」
不安そうなルビーの腕をヘッセルは優しく叩いた。
「ユーリアは記憶を封じられ、二人は物理的に遠くに離れて暮らしていた。……それでも二人はまた出会ったのじゃ。また出会って、憎からぬ想いを抱くようになった。だったら、良いではないか。今度こそ契約は執行されるんじゃろう?」
「ヘッセルさん……でも」
「生涯、二人はお互いを大切に想い合う。それが一番じゃ。儂は細かなことはわからんし、精霊や半精霊たちの決まりごともわからん。でも、二人が想い合って幸せになっていくのなら、それでいい、それ以上のことはない」
まあ、それもそうね、とルビーも肩の力を抜いた。
「ユーリアの事情はわかったわ。アタシもヘッセルさんと同じでユーリアが幸せになってくれるなら、それでいいもの。契約とかはよくわからないけど、アンタがユーリアを裏切らないって、そういうおまじないだと思っておくわ」
「……ルビー、ヘッセルさん、ありがとう」
ユーリアは二人に頭を下げた。精霊と半精霊の決まり事なんて、理解できないことだろう。でも、それらを〝そういうもの〟と受け入れ、幸せを願って貰えることがとても嬉しかった。
「じゃあ、その次ね。お店への嫌がらせをしていた犯人について」
「……ああ、先にユーリアには話したけど、犯人が捕まった。実行犯と、背後から唆していた者たち全員。だから、もう店に嫌がらせはされない」
「おお、それはよかった! もう大量の落ち葉や始末に悪い泥の心配をせんでも良いのだな!」
ヘッセルは満面の笑みを浮かべ、手にした腿肉にかぶりついた。
「心配しなくてもいいし、掃除もしなくて大丈夫ですよ。夜に出かけても心配いりません」
「おおー、とても良い知らせじゃ! で、犯人はどこの誰なんじゃ。嫌がらせの理由はわかっとるのか?」
「そうね、犯人がどこのだれなのか、嫌がらせをした理由も知りたいわ」
二人の言葉にジークハルトは頷くも、ユーリアに視線を向けて少しだけ俯いた。
「その……嫌がらせの犯人なんだが……」
「なによ、さっさと言いなさないよぉ!」
「…………実行犯は十二歳の子ども。名前はイザーク・ベル、今年からこの街の施設に入った半精霊の少年だ。その子は、ユーリアとヘッセル老に精霊魔法で攻撃した犯人でもある」
「……え、ベルって、家名……半精霊って、ユーリアと関係があるっていうの?」
絞り出すようなルビーの言葉に、ジークハルトは再び頷いた。
「ユーリアの、実の弟だ」
「えっ……じゃあ、あの時の男の子が、私の弟だった、と?」
「そういうことになる」
ユーリアはルビーが作ったチーズがたっぷり入ったパンに齧り付きながら、店の前で風の精霊魔法を展開して叫んでいた少年の姿を思い出そうとした。
咄嗟のことだったのでよく見ていなかったので、記憶は朧気だが……年の頃は十代に入ったばかりの男の子だった。髪の色はユーリアと同じようなオリーブアッシュ色、瞳の色は覚えていないし、顔立ちが似ていたかどうかもよくわからない……けれど、弟だと言われればそんなような気がする。
あの少年の放った精霊魔法の魔力は、自分のものととても近い感じがしたから。
「じゃあ、ユーリアと血を分けた弟が店に嫌がらせをしていて、魔法で攻撃してきたっていうの!? そのせいで、ユーリアは大ケガをしたし、ヘッセルさんは足首を酷く捻ったって、あんたもあちこちケガをしたって……そういうことなの!?」
「そういう、ことだ」
「なんでよ!? なんでそんなことするっていうのよ!」
ルビーは興奮して立ち上がり、手にしていたパンを再び引き千切った。先程より勢いよく千切れたパンの欠片がテーブルの上に飛び散る。
「まあまあ、ルビー、落ち着くんじゃ。淑女たる者、そのように大声を出して騒いではならんじゃろう。落ち着いて話しを聞くとしよう、すでに理由はわかっておるようじゃしな?」
「うっ……わ、わかったわ」
淑女という言葉に反応して大人しくなったルビーが椅子に座り直し、引き千切られたパンを口に運ぶのを見届けてから、ジークハルトは果実水で喉を潤して口を開いた。
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