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「精霊が人間に恋をするって、特別なことらしいんですよ。そりゃあそうですよねぇ、生き物としての種が違うんですもん。精霊と会ったときに教えて貰って初めて知りましたけど、精霊と半精霊が本気で恋したとき、彼らは愛した人間を自分の魔力で染めあげちゃうんだそうです」


「……はあ」


「水の精霊なら水の魔力、火の精霊なら火の魔力で相手を染めて、目には見えないけれど絶対消えない絆を結ぶ、らしいです。もちろん、人間側がそれを受け入れないとダメらしいですけど。要するに精霊と人間の双方が真剣に、本気で想い合っていることで出来る一種の生涯契約です」


 デリウスはぼんやりと昔を思い出す。


 自身が恋した少女は水の半精霊で、彼女の夫となった精霊騎士は水の力を持つ精霊騎士。そして、彼女と婚約してから急激にその精霊騎士は精霊魔法の力を上昇させていた。


 仲間の精霊騎士たちは「婚約者への愛か?」や「婚約すると幸せで力が湧き出るってやつ?」などと彼の能力上昇をからかっていたけれど、アルノーの話からすると婚約者となった半精霊の少女の魔力が精霊騎士を自分の魔力で染めたのだろう。その結果、精霊魔法の威力が上昇したのだ。


 なるほど、自分はあくまで単なる幼馴染でしかなく、最初から自分の片思いだったのだなとデリウスは十二年も前に終わったはずの恋について、心の底から納得をした。


「当然のことながら……生涯の伴侶がそこで決まるわけだから、この精霊と半精霊の世界では成人前にこの契約を行うことを禁止してるんですよぉ。まあ、心の問題ですからぁ、堪えきれずにちょっと先走っちゃう精霊や半精霊はいるようですけどねぇ? 一年や半年程度なら、叱られる程度で許されるらしいんですけど……それをまあ、ユーリアさんは八歳って年齢でやっちゃったと」


「は、八歳? やってしまった、ということは相手もそれを受け入れた、……と?」


「お互いに本気で好き合って、愛し合って、生涯を誓うからこそ人間は相手の魔力に染まるわけですからねぇ。まあ、相手を恋しく愛おしく思う気持ちっていうのに年齢は関係ない、そういう証明になりましたよねぇ」


 アルノーは両肩を竦め、デリウスの言葉を肯定するように頷いた。


「とは言っても、ユーリアさんもお相手の男の子も幼過ぎる。成人までの約十年の間の成長を阻害することになりかねない……ということで、人生を守るために二人には結ばれた契約が保留状態になる特別な魔法が施されたとか」


 お互いへの想いや、魔力で結ばれた契約を無くすことはできないため、契約の効力を留めておくという魔法処置だ。ユーリア自身の生まれてからの記憶とオトモ妖精を封じることで二人の間にある契約を留め、保留状態にしておく。


 ただし、成人後に二人が再び縁を結ぼうという場合には、誓約魔法の一部が無効化されるという条件が付けられた。


 魔法をそれぞれに施されたものの、当の本人たちが側に暮らしていては意味がない。ということで、ユーリアは予定よりも大分早く神殿施設に預けられ、二人は物理的に引き離されることになったのだ。


 ユーリアのオトモ妖精を封じたことで、魔法を使う力まで封じられてしまったことは、予定になかったことだった。


 対して相手の男児もユーリアへの感情と執着の一部を封じ、受け取った魔力を抑え込む。それでも、ユーリアの魔力をたっぷり受け取った彼は後天的に精霊魔法が使えるようになってしまった。そのせいで、将来の職業は決まってしまったのも同然となり……ユーリアの両親はそこも申し訳なく思った。


 男児には初恋としての記憶はあるため、しばらくはユーリアに会いたいとは思うかもしれない。けれど、ユーリア本人と離れて暮らしていれば、それも落ち着くだろうと思われた。そうなれば、成長した後にユーリアよりも愛おしい相手ができたときは、その相手と恋愛関係を築き、結婚することができるだろう。


 ただし、成人年齢を過ぎて再び彼らが出会い想い合うようになったときは、ユーリアのオトモ妖精は解放されて記憶の一部は蘇り、二人の間で結ばれた魔力契約の絆も徐々に甦る。


 ユーリアにかけられた誓約魔法は、罰でありながら幼い二人の成長を守るための特殊な魔法であるらしい。


「本当に相手を想っているのなら、魔法で封じられたとしても再び二人は出会って想い合う。精霊の魔力で染めあげる、っていうのはそういうものらしいんですよ。だからね、ユーリアさんの記憶がないのは精霊と半精霊の世界ではダメなことをしたからっていう罰なんですけども、人間の世界では全然関係のない話なんですよねぇ」


 アルノーは「精霊や半精霊の世界は、どうしても理解できない部分があるんですよねぇ。だって、別にいいじゃないですか、王族や公爵家なんか二歳とか三歳で婚約が決まったとか、下手したら生まれた瞬間から婚約とかあるんですよ? 八歳って確かに幼いですけれど自分たちで納得したんだったら、問題ないと思うんですよねぇ」と呟きながら、持論をベラベラとデリウスに話して聞かせた。それは報告や説明というよりは、雑談だ。


 一方的に話しを聞かされていたデリウスであったが、頭の中ではぼんやりとアルノーから聞かされたことを考えていた。


 魔法紙の精査試験のとき、自分の描いた魔法紙について堂々と説明していた半精霊の少女。


 自分の目には素直で真面目で、一生懸命に仕事をしているという印象だった。だから、ニーナの言うような〝ずる賢くて酷い女〟には見えず、正直戸惑ったのをよく覚えている。けれど、仕事を得るために〝頑張っている自分を演じているのだ〟と言われれば……その時はそうなのかと納得したのだ。しかし、やはり自分が一番初めに持った印象は正しかったらしい。


 魔法紙師ユーリア・ベルは善良な娘だ。


 魔道騎士団事務局員であるニーナ・ブレーメはデリウスの部下の一人だ。活発ではっきりを言葉にして意見を言えるところは騎士団向きの性格だと思っていたし、事実騎士たちとの関係は良好で事務局内での評価も評判も高い。


 彼女の活発な性格も、太陽のように輝く笑顔も好ましいと思っていた。彼女と自分では年齢が離れているから、恋人になりたいだの結婚したいだのいう気持ちはない。ただ、彼女の幸福を願い、見守りたいという気持ちがあっただけだ。


 だから、好ましい彼女の言うことを信じた。


 今までに彼女が実際に行ってきた仕事や、周囲にいる人間との関係性や自分の中にある評価や印象から、誠実な女性だと思っていた。だから余計に彼女が嘘をつくなんて、人を利用して陥れようとするなんて……そんなことをするなんて、全く思わなかった。


 しかし、本当に誠実であるのなら、魔法紙店に対して子どもを使って嫌がらせを行おうなどと言い出すわけがないのだ。そんなこともわからず、無条件に彼女のいうことを信じていた自分が信じられない。


 自分の人を見る目の無さ、彼女の言葉を聞くだけで事実を確認することもなく言われるがまま、愚かしくも行動してしまったことが情けない。分別ある大人であるというのに。


「……こんな愚かな行動を取っていることに、気付きもしないなんて…………私は、一体……」


 デリウスは再び両手で顔を覆って俯いた。


 現実を突きつけられ、思い返せば……ニーナの中に活発で笑顔が可愛らしかった初恋のアリーナを重ねて見ていただけだったと思う。終わったはずの初恋相手の面影を部下に見て、自分を慰めていたらしい。


 デリウスは自身の愚かしさ、やってしまったことの罪深さ。後悔と、そして、これから自分の罪とそれを償う為の罰を言い渡され、執行されることへの恐ろしさに震えた。


「私は……」


「後悔って、後から悔いるって書きますけど……本当ですねぇ。そして、後から悔いても、どうにもならないって聞きますけど……本当ですねぇ」


 呟きと同時にノックが響き騎士が入室し、アルノーは耳元で聞かされた報告に顔を大きく顰める。聞きたくない類の報告内容だった。


 ――重要参考人ニーナ・ブルーメ事務局員が行方をくらましました。

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