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小さな机に両肘を突き、両手で顔を覆ったデリウスはそのままの姿勢で固まっていた。恐らく頭が真っ白になって思考能力が一時的に失われているのだろう。
それだけショックな事実を突きつけられているのだ、やったことは許されないけれど多少は同情するところもある。大なり小なりその場にいた者は思った。
今日の尋問はここまでか、そう思われたのだけれど……ここ数日の取り調べで、人の姿はしているもののその心は持ち合わせていない、と周囲に証明してみせたアルノーは気にしない。
「うーん、ちょっと自分から話をするのは無理ですかね? じゃあ、色々とわかったことを報告させて貰います。あ、これは人から聞いただけってわけではなくて、ちゃんと裏取りをして事実であると確認できたものばかりですから、安心して聞いてください!」
デリウスは大きく肩を震わせる。
アルノーの言葉から、おまえのように大事にしている相手から聞かされたことだから、とその言葉を鵜呑みにしたわけではないという意味を受け取ったからだ。
「さて、どこからお話しましょうかね。んー、まずはユーリアさん自身についてお話しておきましょうか。デリウス事務局長とニーナ・ブレーメ事務局員がいうところの、彼女のあやしいところというやつです」
複数ある分厚い封筒の中から一つを取ると、その中身を取り出す。大型クリップで留められた書類は厚さ一センチほどもある。なかなかの分厚さだ。もちろん、書面にはびっしりと文字が書きこまれている。
「まず、彼女の生まれですが、なにも問題ありません。シュルーム領内にあるルリン村の生まれで、戸籍もちゃんとありますし、ご家族も今は別の街で生活していらっしゃいます。それから、八歳という年齢での施設入りのことですけれど、施設入りは十三歳までにという決まりなんですよ。だから早い分には問題はありません、珍しいことは事実ですけどね」
ペラリペラリとアルノーが手元の書類を捲る音が室内に響いた。
「シュルーム領都の施設からレヴェ村の施設に移って、再び領都に戻って来るまでの間は魔法紙師ゲラルト・バルテル氏の元で真面目に修行しています。レヴェ村に来てからすぐ弟子入りしたそうなので、ほぼ十年間。そしてそして、話しに聞いたという火事が起きたわけなのですけど……」
バルテルの営む魔法紙店の倉庫から出火し、倉庫と店舗をほぼ全焼させた火事。この火事の原因について、バルテルは〝ユーリアが引き起こしたことだが、妹弟子にその罪を擦り付けて罪を逃れた〟と聞いている。
ゆっくりと両手を顔からあげたバルテルとアルノーは目を合わせた。
「ユーリアさんが師匠の姪であり、妹弟子であるアンネさんに罪を着せたとかって……そんな世迷言を信じているのは、あなたとニーナ事務官だけですよ」
「な、なぜ!? なぜ、そう言い切れる?」
「本当に聞いていないのですか? 火事になった原因は、アンネさんがわざと倉庫にあった魔法紙に火をつけたからなのですよ。その様子は倉庫に設置されていた記録用の魔道具に記録されていて、正式な証拠として提出されているんです。あ、ちゃんと魔道具に記録されていた映像も見て確認しましたよぉ? 間違いありませんね」
「そんなバカな! では、どうしてニーナはあの半精霊の娘が本当の放火犯だなどと言ったんだ!」
「だから言ってるじゃないですか、ユーリアさんが真の放火犯だと思っているのはあなたとニーナ事務官、あとはそう言い張っている本人だけだって。放火犯であるアンネさんはニーナさんの一番下の妹ですよ? どうやら、彼女だけ領都に出て来て働いているせいか、あの事件の事情を詳しく知らないようですねぇ。そこへ、面会した妹から〝ユーリアさんが本当の犯人なのよ! 私は嵌められて、罪を擦り付けられたのよ!〟とか言われて……信じちゃったんじゃないですか? ニーナさんは、一番下の妹であるアンネさんを溺愛していたらしいですしねぇ」
「……そんな……では、彼女は……ユーリア・ベルは……」
「あの火事とは全くの無関係ですよ。そもそも、彼女は火事があったときレヴェ村にいませんでしたし。ああ、その辺りもちゃんと確認していますよ!」
アルノーは笑い、書類を指でポンポンと弾いた。その調査結果が、ここに記載されているのだと示しながら。
「それからですね! ここの訓練場で起きた、魔法紙が暴発したという事故、あれなんですけどね」
再びペラリペラリと書類が捲られる。
「調査した結果、暴発事故を起こした魔法紙はユーリアさんが精査試験を受けるために用意した見本だと判明しました。五枚用意されたはずの見本は三枚に減っていたので、消えた二枚ですね。発動しないように描かれていた物なので、暴発すること自体あり得ない話なんですよ。誰かが、意図的に手を入れなければね」
「まさか、それを……ニーナがやった、と?」
「さあ? そこはまだ確認が出来ていませんから、断言はできないです。でも、可能性は高いと思いますよぉ」
「可能性が高い、と思う根拠は……?」
「まず、魔法紙の見本や資料が置かれていたのは魔道騎士団の管理する倉庫だったので、事務局員である彼女はいつでも出入り出来たし、出入りしていても誰も不思議には思わないでしょう。それから、魔法紙を纏めていた赤いリボン、あれ、同じ物をニーナさんが購入した証言があがってきています。ただのリボンですけどね、別の領地から仕入れている品らしくって扱っているお店が限られてるんですよ。で、扱いのある全店舗で聞いてみたらば、ニーナさんが赤い色のリボンを五十センチ購入したって記録が残っていました」
「ニーナが、リボンを……」
「ニーナさん、確かに髪は長いけどリボンなんてしたところ見たこと無い、リボンを使ったアクセサリーも使っていないと事務局内で聞きました。髪に飾らない、リボンを使ったアクセサリーだって身に着けない。彼女の使っていた机を調べましたけど、現在リボンは出てきていません。まだ、私室は確認できていませんけど……でも、その買ったリボンはなにに使ったんでしょうね?」
フゥッとアルノーは息を吐き、デリウスを見つめた。
「そもそもユーリアさんの描く魔法紙は、特別な封蝋を使って彼女専用の封蝋印を使って留められるんですよ。それが彼女の修めた流派の決まりですから。彼女の描き上げる魔法紙に、リボン留めなんてあり得ないわけですねぇ。暴発事故を起こした魔法紙は、彼女が描いた見本の魔法紙に細工をして、ユーリア・ベルの描いた魔法紙は暴発する危険なものだ、と周囲に想わせたい者が行ったと言える、そうは思いませんか?」
「だ、だから……その者がニーナだと?」
「可能性がある、という感じですね、今は。後からじっくりお話させて貰うつもりですけど。それでですね!」
「まだある、のか!?」
表情はすっかり抜けきり、顔色も土気色で定着してしまったデリウスは心底嫌そうに言った。が、アルノーは元気よく笑顔で返した「当たり前じゃないですか!」と。
「まあ、これは事件にも事故にも関係のない話ですけどねぇ。気になさってましたよねぇ、ユーリアさんが八歳より前の記憶が一切ないこと、それに関して魔法が関係していて、犯罪に関わっているんじゃないかってねぇ」
「あ、ああ、そうだ」
「それに関しては、確かにユーリアさんの罪だったのかもしれないですけど……」
「そうだろうっ! あの娘は幼いころに重大な罪を犯していたんだろう!?」
それ見たことか! と言わんばかりの勢いで椅子から腰を浮かし、デリウスは叫んだ。変わらず顔色は土気色であったし、表情は殆ど変わらなかったけれど。
「うーん、でも……デリウス事務局長。その罪って精霊と半精霊たちの中だけでの罪であって、我々人間には関係のないことなんですよねぇ」
「……は?」
この小さな尋問室に入ってそれなりの時間が流れた。一日二時間~四時間程度であっても、それが何日も続けば積み重なって長時間になる。その間にアルノーと護衛騎士はデリウスが硬直するところを何度も見た。そして、それをもう少し見ることになるだろう、そう思った。
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