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2-26

 尋問用の小部屋、というのは簡素なものだ。


 天上近くに窓があり、他は全て壁で飾りもなにもない。家具は机が一つ、椅子が二つ、ランプが一つあるだけ。外は快晴、心地いい風が吹いていたとしても、この小部屋に居ては全く関係がない。薄暗く、空気は淀み、湿っているように感じられる。


 国から各領地へ派遣される監査官とは、領内部で行われる文官・武官双方の内部犯罪を取り締まり、自浄作用を促すための人間だ。そのため、派遣される領地とは全く関係のない(生まれ、育ち、近しい親戚関係など)者がやって来て、おおよそ三年程度で移動する。いわば転勤族。


 監査官という立場になれば、この尋問用の小部屋とその隣に作られる予備室で多くの時間を過ごすことになる。そのため、嫌でも気分が落ち込み滅入ってくるこの部屋の雰囲気には慣れてしまうのだ。


「では、今日も張り切って参りましょうか!」


「……」


 予備室から見る尋問用の部屋。そこにはニコニコ笑顔の部下アルノー・ブラント監査官と、それを見てうんざりした顔をしたトーマス・デリウス魔道騎士団事務局長がいる。アルノーの横に立つ立ち合い兼護衛の騎士も顔色が悪い。艶々と顔色よく、元気があるのはフリッツ・ディークマン監査官の部下だけだ。


「どうしたんですか? まだ朝ですよ? 昨日、ちゃんと寝ましたよね? 朝ごはんも食べましたよね? 三徹したみたいな顔して、元気ないですよ? 朝なんですから元気に参りましょう! ではでは、本日もはりきって、お名前とお立場からどうぞ」


「……トーマス・デリウス。シュルーム領、魔道騎士団の事務局長だ」


「はいはい。ではでは、続いてお伺いしますよ……」


 氏名、役職の確認から始まって、街にある魔法紙店に対して行われていた嫌がらせに対する助言と言う名の命令について、魔法紙師に対する過剰な警戒と排除行動の理由についての質問が続く。魔法紙店と、魔法紙師への態度についての回答は未だない。黙秘を貫いている。


 お陰様で唯でさえ陰気な雰囲気の室内は、どうにもならない嫌な雰囲気まで混じって大変不快な空気が漂っていた。


 このやりとりと最悪な雰囲気ははすでに十日に及び、デリウスは疲労の色が強い。交代で任務にあたっている騎士たちも同じくだ。


 そんな中で一人、元気にしている部下を見て……フリッツは部下のタフネスさと性格の悪さを改めて実感する。奴は監査官になるべくして生まれてきた人間なのだろう、他人を追い詰めることに躊躇がなく、そこに楽しみを見出しているように見えた。


 丸みを帯びた幼顔に、無害そうな外見と喋り方をしているが、人としては終わっている。


「そうだ、デリウス事務局長、聞いて下さいよ。先日ね、僕、初めて精霊と会って話をしたんです」


「……!」


「本物の精霊って僕は初めて見ましたよ。男なのに、もう、目を奪われるとはこのことです。有名彫刻家の彫刻のような……芸術品? 美術品? いやぁ、それ以上の美しさっていうんですか。なんていうか、言葉で表現できない感じですよ。あんなのが親なんだから、半精霊たちが美男美女っていうのも納得です」


「……」


 アルノーは生まれて初めて目の当たりにした本物の精霊についての感動を、そのままの勢いで話す。いかに人知を越えた美しさであったとか、人とはやはり違う生き物なのだと思ったとか、呼吸するように精霊魔法が発動するすばらしさとか。


「あんなに凄いんですから、憧れるのもわかります。精霊本人は無理でも、半精霊の子となら……恋人になって夫婦になれるんじゃないかって、そう考える人の気持ちが初めて理解出来ましたよ。ねえ、デリウス事務局長」


「……自分には、関係のない、ことだ」


「あれれ? そうですかぁ? 関係、あるじゃないですか」


 顔色は青から白へと変わり、暑くもないのに汗が浮き出ているデリウスにアルノーは微笑む。まるで学校の同級生と楽しい話でもしているかのような、無邪気な笑顔だ。ただし、その瞳は笑ってはいない。


「今から十二年だったか十三年くらいだったか、そのくらい前、一人の半精霊の少女がシュルームの精霊騎士と結婚したそうです。美しい銀髪、髪の一部は海のように綺麗な青色、瞳も透き通った水色をした、それはそれは美しい水の半精霊の女性。名前は……アリーナさんとか」


 浮き出た汗が額から頬を伝って流れ、顎の先っぽから雫になって落ちる。表情を無くしたデリウスは汗を拭うそぶりも見せず、固まっている。


「彼女にはちょっと年上の幼馴染がいて、彼とは幼馴染として兄のような存在として仲良くしていたらしいんです。でも、その想いは異性へ向けられるものには育たなかったようですねぇ、男性としての想いは一人の精霊騎士に向けられて……二人は結婚した」


「……」


「人を好きになること、心惹かれちゃうことは自然なことです。自分の想いは自分のものだから、いいんですけど……他人の想いは、自由にはならないもんですよ。好きになった人に好きになって貰える、それは当たり前のことじゃない。ねえ、デリウス事務局長」


「そ、そうだな……」


「だからね、アリーナさんという半精霊の女性が精霊騎士の男を好きになって、相手の男もアリーナさんを好きになって二人は結ばれた。……どんなにあなたがアリーナさんを恋しく思っても、二人の間に入り込む隙はなかった。貴族や商売人でもないから、政略結婚って手もないですし」


 アルノーは手元の書類に視線を落とす。そこには、目の前にいる男の過去が記載されている。犯罪歴はなし、ちょっとしたいざこざも起こしたこともなく、穏やかでおとなしくて勉強のできる男という証明書のように見えた。


「あなたは、アリーナさんに男としては見て貰えなかった。でも、幼馴染で兄のような存在だった者として、彼女の結婚を祝福したところは素直に賞賛します。報われなかった想いを抱えて、苦しかったでしょうにね。でも、だからこそあなたに聞きたいんですよ……」


「なに、を……」


「どうして、半精霊であるユーリアさんに対して、過剰に反応するのか。まるで、アリーナさんに振り向いて貰えなくて、苦しい、辛い、どうして自分じゃダメなんだって、どうして自分を選らんではくれないんだって……そういう想いを、無関係なユーリアさんにぶつけているように見えるんですよ? そうやって、自分の気持ちを慰めてる?」


 デリウスは体を大きく震わせた。


「そんな、つもりは……」


 数枚に纏められた書類を揃えると、アルノーはそれを机の横に置いた。そして、中身がぎっちりと詰まっている大きな封筒を取り出す。


「それから、残念なお知らせなのですけど……あなたが今大事に想っているお相手さんなんですけども、彼女、好きな男が他にいるようですよ?」


「……は? な、な、なに……?」


「どうも、シュルーム魔道騎士団の若き精霊騎士に惚れちゃってるみたいなんです。で……その精霊騎士は魔法紙師ユーリアさんと関係があって、仲良くしていて、なんていうか……精霊騎士の方がユーリアさんに惚れてるっぽい。だから、彼女にとってはユーリアさんという存在が邪魔。だから、あなたに対してあれこれ話して聞かせたんでしょうね」


「……なにを……」


「ほら、魔道騎士団事務局長としてのあなたの権力というか、発言力があればユーリアさんを合法的に排除できるだろうって、そう思ったのでは? 店への嫌がらせもその一部なんですかねぇ、店への嫌がらせとシュルーム騎士団や魔道騎士団との契約が彼女の問題で解消されたとなれば、この街から出て行くだろう……とか考えたのかな?」


「そんな、馬鹿な……」


 とっくに顔色は青から白に変わっていたけれど、白を抜けて土気色にまで変化。そして、ごっそりと表情の抜けたデリウスの顔はまるで……生命力を失くしてしまったかのように見えた。


「自分が愛しく想う精霊騎士とくっついちゃいそうなユーリアさんへの嫉妬? いやはや、嫉妬心っていうのは恐ろしいものです。ねえ、そうは思いません?」


 対するアルノーは変わらぬニコニコ笑顔だ。


「そろそろ、自分の口から説明してくれませんかねぇ? 実らなかった恋心への慰めと、大事に想っていた彼女の言葉の双方を合わせて、ユーリアさんと彼女の店に対してあなたがしたことを全部。彼女のことを庇う必要はないって、それも理解してくれましたよね?」


「……」


「庇う相手っていうのは、シュルーム魔道騎士団事務局員、ニーナ・ブレーメさんのことですよ?」

お読み下さりありがとうございます!

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