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「んもぉ~、本当にとっても驚いたのよぉ!! 驚きの連続だったのよぉ~!!」


 ルビーはそう叫ぶように言って、具を挟み過ぎてパンの四倍ほど分厚くなったサンドイッチを半分に切った。パンに挟まれた白身魚のフライと刻んだタマネギとレタス、マヨネーズのソースとスライスチーズが溢れそうになる。


「突然ユーリアが大ケガを負って入院したって聞いて、アタシたちがどれだけ驚いたと思ってるのよぉ! キズは治療して治ったっていうけど、意識は戻らないって言うし! 本当に心配したのよぉ!」


 ザクッという大きな音を響かせ、ルビーは次のサンドイッチを切り分ける。サンドイッチは大量のレタスとハムとチーズというシンプルなものだ。


「……ご、ごめんなさい」


「そこへもってきて、三つ子たちが幼児がかかるっていう特有の伝染病にかかっちゃうしね? 義兄は学校の階段から落ちて足首を骨折しちゃうし? あの子たち三人と義兄の入院手続きに準備、もちろんお店もあるから、大忙しだし心配だしって状況だったのよぉ!」


「う、うん。三つ子ちゃんは容体が安定したし、お義兄さんの足首も固定できてよかったよね」


「それは良い事よね! あとは時間が解決してくれるのを待つだけだもの。少し落ち着いたかなーって思ったところに、突然、ユーリアのお父さんって超絶美形な精霊さんがやって来たときは、もう! 驚きのあまり、血圧が爆上がりして頭の血管が五、六本はブチ切れたかと思ったわよぉ~」


「…………ご、ごめんなさい、ルビー」


「そんな超絶美形に丁寧に丁寧を重ねたようなお礼を言われたのよぉ? 〝娘、ユーリアが大変お世話になっていると聞きました。感謝の念に堪えません〟とかおっしゃるのよぉぉぉおお!? 信じられなかったわ~」


 ルビーが力を込めた包丁は分厚いサンドイッチを真っ二つにした。パンに挟まれた具材は、トマトソースとチーズオムレツだ。


「うちの祖母ちゃんなんて、驚いて腰を抜かしそうになったのよぉ? 最後には拝んでいたわ」


「あわわわ。本当にごめんなさい」


 そう謝るユーリアではあったけれど、家族に関する記憶が一切ないため、その超絶美形の精霊が自分の父親なのだといわれてもその認識はない。風の精霊が「ユーリアは・ベルは自分の娘だ」と宣言しているので、そうなのだろうと思っているだけだ。


「いいのよ、美形は目の保養だもの。純粋に驚いたっていうだけ。でも、精霊って凄いのねぇ。ユーリアのお父様なら、四十代でしょう? でも、見た目は二十半ばくらいにしか見えなかったわ。精霊は幾つになっても外見が変わらないっていうのは、本当なのねぇ。とにかく見たこともないくらいの美形で、なんだか美術品を見た気分だったわ」


 ルビーはため息を零しながら切り分けたサンドイッチを大皿に盛り付け、大振りなスープカップに野菜スープを取り分けた。


「まあ、でも? 一番驚いたのは? 誰かさんと誰かさんがベッドでつよーーく抱きしめ合っ……」


「ルビー!!! あのっあのっ、そのっ、おなか、すいちゃったから! はやく、はやくたべ、たべたいかな、なんて……!!」


 ユーリアは突然顔から首までを真っ赤に染め、バタバタと手を無意味に動かしてからルビーの服を強く引っ張った。体から湯気が出てきそうなほど赤くなっているのを見て、ルビーは笑った。


「そのことについては、また後日ゆっくり聞かせて貰うわ。あー、楽しみぃ」


「る、ルビー……その、ジークと私はそんな……その、あの……」


 さっさと告白でもなんでもして、くっ付けばいいのに。そう思うものの、恋の進展速度は人によって違うから……ともルビーは思う。恋という感情に疎い友人が、その感情を意識し出したことは素直に嬉しく思う。


 ルビーにとって恋とは、辛いこともあるけれどとても素敵なことだから。


「さあ、食べましょ。ユーリア、あんたはとにかく食べて血液と体力を取り戻さなくちゃなんだからね!」


 アンデ素材店の夕食時間は、一般的な時間よりも少し遅い。それは店を閉めて、片付けとお金の管理までしてからの夕食になるからだ。


 ルビーの甥姪と義兄は現在入院しているため、店を閉めた後すぐ姉と祖父母は病院へと向かう。ルビーは夕食の準備をし、翌日の開店準備をするため病院へは週に一回顔を出す程度だった。


 大きなダイニングテーブルに大量のサンドイッチ、刻み野菜のスープ、カリカリになるまで焼いた燻製肉を散らした野菜サラダ、蒸かしたイモにとろけたチーズをかけたイモチーズが並ぶ。


「「いただきまーす」」


 二人は揃って夕食を口に運ぶ。


 具をたっぷりと挟んだサンドイッチは安定の美味しさだ。ユーリアはソースが零れないように、と気をつけながら魚のフライがたっぷり挟んであるサンドイッチを口いっぱいに頬張る。


「……それで、お父様はなんだって? 十年ぶりにわざわざ訪ねて来たんだもの、なにか用事があったのでしょ?」


 ルビーはとろとろになったチーズを蒸かしたイモと一緒にフォークで器用に巻き取りながら、そう聞いた。


 ユーリアが入院していた病室に風の精霊が突然やって来て、その場にいた全員が驚いたのだ。聞けば、ヘッセルにユーリアのことについての礼を述べた後、足首の様子を診せるため病院に行くヘッセルを連れて(転移魔法で一瞬であったらしい)あっという間にユーリアの入院する病室の前に到着してしまったらしい。


 恐らく家族の中での大切な話があるのだろう、とヘッセルとルビーは病室を出たのだ。だから、ルビーは彼らの間でどんな話があったのかを知らない。


 ユーリアと彼女の家族はずっと縁が切れていたのだ。それは共にレヴェ村で育ったルビーもわかっている、村で暮らしている間一度もユーリアを家族が尋ねて来たことはないし、手紙の一通も送られてきたこともない。そのことについて、「おかしなことだ」とルビーが気付いたのは十代に入ってからのことだけれど、ユーリア本人がなにも言わないので聞かないでいたのだ。


 このまま、ユーリアは生まれた家族の縁はないまま……本人がこの先作るだろう家族と新しい縁を紡いでいくのだろうと思い込んでいた。家族の記憶がないのだ、と本人から告白されてからは一層そう思っていた。


 それなのに、父親の方からユーリアに会いに来るなんて。余程の事情があったのだろう、そう思うのだ。


「それが……」


「なに?」


 ユーリアは口の端っこについたフライの屑を指で払い落すと、声を落とした。


「それがね、特に話らしい話はなかったの」


「は? ……はああああああ!?」


 口に運ぼうとしていたとろけたチーズを纏ったイモがポロリとフォークから落ちたけれど、ルビーはそれを気にする様子もなく、大きな声を出す。


 今、アンデ素材店に二人だけで良かった、とユーリアは心から思った。もし、三つ子たちがいたら、驚いて一斉に泣き出してしまったかもしれない。


「だって、本当にね、ほとんど話をしなかったんだもん」


「ええええ? 十年ぶりに訊ねてきたのにおかしいじゃないの。お父様からお話があって然りじゃない」


「でも、ジークと私の様子を見て、大きな息を吐いて……〝結局、こうなったんだな〟ってひと言。あとはもう、ジークと私と眠っているトワをジロジロ見るばっかりだったの。〝ふむ〟とか〝なるほど〟とか言って、一人で納得した挙句……」


「挙句?」


「〝今まで通り、自分で考え、決めて生活するように〟って言って、病室から帰っちゃったんだよね」


「……はぁ?」


「結局、なんだったんだろうね? ジークが後を追いかけて廊下に出てったけど、そのときのことはまだ話してくれてないの。話せるときが来たら話すって」


「ふぅん? まあ、お父様とあの平精霊騎士の関係は色々あるだろうから、仕方がないかしらね」


「でね、ルビー……私が言われたことなんだけど、どういう意味だと思う? 言葉通りに受け取っていいかな、この街で魔法紙師として仕事をして生活していく、でいい?」


 ルビーは呆然とユーリアを見つめた。そして、思った。


 精霊は人間ではないのだから、自分たちの中にある一般常識で行動や言葉を受け止めてはいけないのだ、と。


 それでも、一人前の魔法紙師として充実した生活を送り、周囲の人間との関係も徐々に広がりつつある。それを続けていくように、という言葉はそのまま受け取っていいのではないかと感じた。


「……いいと思うわよ。ユーリア、頑張っているじゃない。今のまま頑張っていけばいいと、アタシは思うわ」


「だ、だよね! 良かった」


 ユーリアは安心した様子で残りのサンドイッチを頬張り、「おいしー」と満足そうに笑う。


 きっと、精霊には人の目には見えないなにかが見えていて、それを確認していたのだろう。重要なことだったに違いない。そうだと思わなければ、納得できない。


 ……だが、しかし、けれども。


 言葉が圧倒的に足らねぇだろうがよぉおお!? と、ルビーは心の中で叫んだ。


 ルビーの中にいる内なる男性は怒りを露わにし、まるで群れを攻撃されたボスゴリラのようにウッホウッホと食事の片付けが終わるまで怒り続けていた。が、それを一切表に出すことはなかった……ルビーは乙女であり、淑女であったから。

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