2-23
ジークハルトの中では、落ち葉が濡れているというところまではイザークが考え付いた嫌がらせだったのだと思っている。濡れた落ち葉は石畳に貼り付くとなかなか取れず、掃除に手間と時間がかかり、地味だが結構な嫌がらせだ。
しかしながら、落ち葉の中に尖った小石が混じるようになるところから、嫌がらせの内容が攻撃的に変化する。掃除をするユーリアを物理的に傷つけてやろう、という意思が見えてくるのだ。さらに小動物の死骸を見せることで、精神的な攻撃も始まっている。
ただ、ユーリアの弟であるイザークにはそんな意思は見えてこない。純粋に「びっくりして困ればいい」、「大変な思いをすればいい」という気持ちからの行いで、姉にケガをさせようとか精神的に追い詰めようとは思っていないように見えた。
「こうしたら、もっとユーリアさんが困るよって。もしかして、魔法で攻撃して脅かしてやれ、とかも聞いたのかな? ユーリアさんだって半精霊で魔法が得意だろうって、だからキミが魔法でちょっと攻撃したくらいなんともない、とか言われた?」
「……!」
「キミは未成年だから、嫌がらせがバレたりしてもちょっと叱られるだけで、何の罪にも問われないから大丈夫、とか言われた?」
ビクッとイザークの肩が揺れる。
「ユーリアさんは誓約魔法の関係で魔力はあっても魔法が使えない。だからキミの魔法を防ぐこともできずに直接受けてしまって重傷だったんだよ? 幸い、治療系の魔法紙が店にあったからそれを全部使って応急処置をして、それから病院に運び込んだよ。治療の甲斐あって昨日意識が戻ったんだって。よかったねぇ、人殺しにならずに済んでさ。しかも血の繋がった姉を殺したなんてことにならずに済んでね、母上もお喜びになるよね」
「……っ」
「黙っててもいいけどね。嫌がらせも、ユーリアさんとヘッセル老……ああ、ユーリアさんと一緒に仕事をしてる魔法紙師さんね。それから、ここにいる精霊騎士の三人にケガをさせて、店を壊したことも、ぜーんぶキミ一人で考えて実行したってことになるよ。全部全部、キミ一人の責任だ」
「えっ……俺の」
今にも泣き出しそうな顔をしたイザークに、アルノーはまたニコリと笑った。
「キミにいろいろと提案した人はさ、キミが実のお姉さんを殺しちゃうことになってもいいって思ってたんだよ。全部の責任をキミに押し付けて、自分は関係ないですーって態度で、なにも変わらない毎日を送ろうって最初から思ってたの。まだ十二歳であるキミの将来なんて、ここで潰れても問題ない、関係ないって思ってたってことさ」
「……」
「そういうのを優しさとは言わないことくらい、キミにもわかるよね? そんな奴のこと庇うことなんてないんだよ。ね?」
イザークは首を小さく縦に振る。。
「じゃあ、もう一度聞くよ。キミにいろいろ提案をしてくれたのは、だあれ?」
* 〇 *
尋問用の小部屋、というのは簡素なものだ。
天上近くに窓があり、他は全て壁で飾りもなにもない。家具は机が一つ、椅子が二つ、ランプが一つあるだけ。隣に予備室と呼ばれる監視用の部屋があり、そちらから魔道具で中の様子を見守ることができて、尋問の内容を書記官が記録している。
室内には基本三人の人間がいる。尋問を担当する事務官か監査官が一人、立ち合い人兼護衛の騎士か精霊騎士が一人、もう一人が尋問を受ける者だ。必要があれば人数が増えることになる。
「なぜ、自分がこんなところにいなくちゃいけないのか、と不満そうですね」
薄い天板に足が四本ついているだけの机越しに座る人物は、〝何故自分がこのような場所に〟と目で訴えていた。フリッツ・ディークマンは監査官として、こういう目をした人間を大勢相手にしてきたし、結果がどうであったかを覚えている。
「ディークマン監査官。では教えていただけるでしょうか? なぜ、私がこの場にいてあなたからの尋問を受けなくてはいけないのか、その理由をです」
「もちろんです。といっても、どこから話したものか……」
フリッツは持っていたペンを置くと自身の顎を指で撫でた。
「あなたの小さなお友達に、魔法紙店にする嫌がらせに関して素敵な助言をしたのは何故ですか?」
「なっ!?」
ガタンッと椅子が動き、大きな音が室内に響く。
「魔法紙店への嫌がらせとはなんですか、私がそれに関係しているというのですか!」
「騎士団と魔法騎士団、その双方に魔法紙を卸しているバーナード・セッセル氏の店のことは当然ご存知ですよね? その店が嫌がらせ被害を受けている、そのこともご存知ですよね、当然」
「あ、ああ……その、詳しくはわからないが、聞いている。だが、なにかしらの問題を抱えていることは聞いている。だが、それは新しく店に入った娘に問題があるからなのだろう?」
「なぜ、そうおっしゃるんです?」
「なぜってわかりきったことだ。あの店はシュルームで長く営業している店で、今までに嫌がらせをされたことなどない。あったとしても、客として来ている冒険者同士がいざこざを起こした程度のことだ。落ち葉や泥水を店前に撒かれるなんて幼稚な嫌がらせが始まったのも、あの娘が店に来てからだろう」
机の天板を叩き、フリッツの向いに座る男は「魔法紙師の娘に問題がある、それだけの話だ」と言い切った。
「そもそも、あの娘の素性はあやしいものだ。半精霊であることは確かなのだろうが、子どものころの記憶はない、最近までオトモの妖精もいなかった。それに八歳というあまりにも早い施設入りも何かあったことの証拠だろう。嫌がらせの件もきっと、店の周囲でもなにか問題を起こしたのでは? それが元になって、あんな小さな子どもにまで恨まれて嫌がらせをされるのだ」
フゥーと大きな息を吐き、男は首を左右に振る。
「ディークマン監査官、あなたはご存知か? あの娘がここに来る前、育ったのだというレヴェ村で火事を起こした話を」
「ああ、彼女の魔法紙師としての師匠の店で火事があった、という話は知っていますよ。しかし、火事があったとき彼女はレヴェ村にいなかったとか」
「あの火事、本当はあの娘が起こしたものだとか。大方、店の在庫管理かなにかをしくじったのだろう、そこから火が出た。それなのに、あろうことか師匠の姪御さんのしたこととして罪を擦り付けたと聞きましたがね」
「……そんなことが?」
「私はそう聞いている。師匠の姪御さんへの醜い嫉妬から、愚行に及んだのだと」
続けて、ユーリアがシュルーム騎士団と魔法騎士団に関わっていいような人材ではないのだと、男は持論を展開し続けた。それを聞きながらフリッツは、適度に相槌打つ。
「なるほど、あなたのお話はわかりました」
「それでは、私はこの辺で失礼させてもらう。本日の仕事が滞っておりますので」
少し大きめに響くノックの後、入室して来たジークハルトは一礼し「確認、取れました」といった。それを聞いたフリッツは頷き、向かいで椅子から腰を半分浮かしている男に手で座るように促す。
「それでは、最初の質問に戻ります」
「なに?」
「トーマス・デリウス魔法騎士団事務局長。なぜ、あなたはシュルーム領の神殿に併設された半精霊施設に暮らす少年イザーク・ベルに対して、バーナード・ヘッセル氏とユーリア・ベル嬢が営む魔法紙店に対する嫌がらせの助言をしたのですか?」
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