2-22
大人用の椅子に座っているせいか、少年の体は細く小さく見えた。手足は細く体も華奢だ。
尋問用の小部屋に連れられ、オトモ妖精とも引き離されている少年は不安そうに……けれど不安ではないのだと必死にそれを隠そうとしながら、正面に座る男と斜め前に立つ精霊騎士を見比べる。
「僕はアルノー・ブラント。数日前にね、キミにネチネチと質問したおじさんがいたよね? キミがガン無視して、最終的にキミに現実だけ突き付けて消えた意地悪なおじさんさ。僕はその意地悪おじさんの部下だよ、よろしくね」
「……」
少年はチラリと目の前に座るアルノーを見ると、僅かに首を縦に振った。
「さてさて、キミのことはブラル神官から色々聞いたんだけどね。もう一度キミ自身に質問をするよ! 今度は無視しないでほしいな、もしまたガン無視されたら……僕もあの意地悪おじさんの部下だからさ、意地悪お兄さんになっちゃうかもしれないからね」
ニコリとアルノーは笑ったが、その目は全く笑っておらず……立ち合いと護衛に付いているジークハルトは素直に〝気持ちの悪い笑顔だ〟と思った。
上司も上司なら部下も部下か、監査官という職に就くと皆そうなるのか。自分が精霊騎士であることに感謝する。
少年も同じように感じたのか、ビクッと肩を震わせて上着の端っこを強く握り込むのが見えた。
「では、基本的なところからもう一度聞こうかな。キミの名前は? 今幾つ?」
「イザーク・ベル。十二歳」
「キミのご両親の名前は? ご両親とキミはどこに住んでるの?」
「父さんはルーカス、母さんはラーラ。二人は隣の領にあるミルコフって街に住んでて、俺はこの街の神殿の半精霊施設に今年から住んでる」
意地悪お兄さんになられては困る、と思っているのか笑顔が不気味だと思ったのかはわからないけれど、少年……イザークは無視することなく小さな声で答え始めた。
「ふむふむ、イザークくん。じゃあ、シュルームにある緑色の魔法紙店、あそこに嫌がらせをしていたのはキミ?」
イザークは首を縦に振る。
「なんでそんなことを? 脅かして困らせてやりたかったんだって聞いたけど、本当?」
「だって……あいつが俺たちのこと、ずっと無視するから。ムカついた」
「あいつって、ユーリアさんのことだよね。ユーリア・ベルさんとキミの関係は、実の姉弟であってる?」
「不本意ながら」
そう言いながら頬を膨らませ、首を横に向ける。ぷいっという効果音が聞こえそうなほどのそっぽ向きだった。
「……なに、お姉ちゃんに相手にして貰えなくて拗ねてるの?」
プククッと笑いながらアルノーが記録用紙にメモをすると、イザークは顔を真っ赤にして「ち、違うッ!」と叫んだ。アルノーやジークハルトからしてみたら「ああ、はいはい」と諭したくなるような、昔自分が少年だったころに大なり小なりあった感じだったな、と照れ臭いようなむず痒くなるような、そんな気持ちになる。
「だって! あいつが、全然連絡寄越さないから、無視するからいけないんだろ!」
「えー?」
「あいつが家を出てったのは、あいつが八歳で俺が二歳のときだ。普通、半精霊が施設に行くのは十二か三歳なのは知ってるだろ。それなのに八歳って年で家から出てって、それっきりだ。母さんが何度手紙を出しても、贈り物をしてもなんの返事もしないんだぞ? 祭りの日だって年改めの日だって、帰って来たことは当然一度もない。どれだけ母さんが悲しんで、嘆いてたか……!」
イザークの言葉にアルノーとジークハルトは目を見合わせた。
「なんだって?」
「だから、あの女がどれだけ薄情なのかってこと!! それに、あいつがシュルームの施設でやらかしたせいで、俺が今施設でなんて言われてるのかも知らないでさ! 歓迎会で暴力事件を起こして退所させられた、出来損ない半精霊の弟だって言われてんだぞ!? さらに他人が頑張って持った魔法紙店に寄生して、楽して幸せになろうとしてる! そんなの、ダメにきまってるだろっ」
声を荒げ、唾を飛ばして、イザークは言った。
彼と彼の母親の中では、ユーリアは八歳で家族を捨てるように施設に入り、その後は母親からの連絡を全て無視し絶縁状態になっている。それが理解出来た。
「なんだか、キミもキミの母上も色々と勘違いしているみたいだね。事情があったことは察するけど、さすがにそれはないんじゃないの?」
アルノーは肩を竦め、〝あり得ないよ〟とばかりに首を左右に振る。
「なにがだよ! 実際、あの女が家に帰って来たことは一度もないし、母さんが出した手紙に返事を寄越したことだって一度もないんだぞ!」
「それはそうでしょ。ユーリアさん、施設に入る前の記憶、ないんだもん」
「……はぁ!? そんな見え透いた嘘言っても、俺は信じないからな! 都合よく家族の記憶をなくすとか、そんなことあるわけないだろ!」
興奮したイザークは椅子から立ち上がり、右手で机の天板を叩いた。
「僕が嘘言ってなんになるっていうのさ。彼女の記憶を消したっていうか、家族のことを忘れさせたのはキミの父上だよ? そもそもなんだけどね、親から虐待されていたわけでもない普通の八歳の女の子が、自分から半精霊の施設に入るわけないでしょ。子どもなんだから、親元に居たいに決まってるの」
「え? は……? だって、あいつは実際、施設に行ってるし……」
「キミが八歳だったとき、自分から〝よし、今日から施設に行って暮らそう!〟なんて思った? そんなこと全然考えてなかったんじゃないの? それ、お姉さんも同じだからね。彼女は八歳以前のことを思いだせないように魔法をかけられて、シュルームの施設へと連れてこられたんだ」
彼女が半精霊の暮らす施設にやってきたとき、親からの手紙を持っていたことも確認が取れているのだと話せば、イザークは顔を真っ青にして首を左右に振った。
「じゃ、じゃあ……あいつは、姉ちゃんは…………自分で出て行ったんじゃなくて、父さんが連れて行ったって……こと? 俺たちを無視してたんじゃなくて、俺たちのことがわからないってこと? しかも、それ、父さんがそうしたってこと?」
ジークハルトが「そういうことだ。ユーリアはすぐに別の村にある施設に移ったから、この街の施設が転送しなければ手紙も贈り物も届かなかっただろう。届いても、わからなかっただろうけど。恐らく施設によって手紙は破棄、贈り物は着服されていたんじゃないのか」と答えれば、イザークは糸の切れた操り人形のように力なく椅子に座る。
「なんで、父さんは……そんなこと……」
「その理由については、誓約魔法をかけたキミの父上しかわからないんだよね。さてさて、イザークくん、キミはお姉さんがもう一人の魔法紙師と共同経営している店に嫌がらせをしたね」
「……うん」
「正直、大量の落ち葉や泥水を撒くことだって褒められたことじゃないけど……あの店への嫌がらせの内容はキミが全部考えたことなの? まあ、落ち葉に水を含ませて~っていうところまではキミかな? 落ち葉の中に尖った小石を混ぜ込むようになった発想はキミ? ネズミやトカゲなどの小動物を殺して、その死骸を詰めた小箱を置くっていう発想はキミ?」
「……」
「ネズミとかトカゲとか小鳥とか、殺した? それ、楽しかった?」
イザークが顔を真っ青にして、首を左右に振りながら体を大きく震わせる。
「次の嫌がらせはなにするつもりだった? 犬か猫でも殺して店前に置いとくつもりだった? それとも動物の血と内蔵でも、ぶちまけるつもりだった?」
「そ、そんなこと……」
「でも、言われたんじゃないの? 次はそうしろって、そうしたらさすがに悲鳴の一つもあげて泣きだすだろうってね」
アルノーはそう聞いて笑う。その顔は、彼の上司であるフリッツ・ディークマン監査官の十倍は意地悪そうにジークハルトの目には見えた。
お読み下さりありがとうございます。
イイネ、ブックマーク、評価などの応援をして下さった皆様、ありがとうございます。
皆様からの応援が続きを書くエネルギーとなっております。
ありがたい限りでございますよ、感謝です!