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06

「ここ、一応女子棟なんだけど」


「あら、女子棟でアタシが入れないとか、おかしいじゃないの。アタシが入れないのは、男・子・棟、よ」


 体は男性だが心は女性であるルビーの恋の対象は、男性だ。女性は友人知人であって恋愛対象にはならないと豪語しているため、女子棟への立ち入りが暗黙の了解で許されている。


「お夕飯、食べてないでしょ? 持ってきたの、一緒に食べましょ」


 ルビーはユーリアの部屋に入り、テーブルの上にあった羽の置物と盾を片付け、赤いチェック柄の可愛いクロスを掛けると籠に入れて来た料理や飲み物を並べた。


 焼きたての丸いパン、瓶入りの果実水、野菜のピクルス、燻製されたチーズとゆで卵、若鳥のスパイス焼きが並ぶ。


「じゃーん! 今日はユーリアの好きなフルーツケーキのデザートもあるわよぉ!」


 アルコールに漬け込んだ果物を細かく刻んで生地に混ぜ込み、長方形の型で焼きあげる。焼けたケーキにはシロップと混ぜた果実酒を染み込ませて寝かせて出来るケーキは、シュルーム領では一般的なお菓子だ。


 食べるときにクリームやフルーツソースをかけて食べるのが最近の流行で、ユーリアはクリームをたっぷりかけて食べるのが気に入っている。


「ありがと、なんだか豪勢だね」


「一応、アンタの一人前祝いのつもりなの」


 ナプキンに包まれたカトラリーを手早く用意して、まるで自分の部屋のように振る舞うルビーに椅子を勧められて、ユーリアは苦笑いを浮かべつつ言われるままに座った。


 果実水をグラスにたっぷりと注いで、「一人前に乾杯」という言葉と共にカチンとグラスを重ねた。


 数種類の柑橘果物から作られた果実水は、甘酸っぱくてさっぱりとしている。同じ果物から果実酒も作られていて、女性に人気の酒として流通量が増えていてレヴェ村でも手軽に入手出来るようになった。


「で、ユーリア、アンタこれからどうするの?」


 スパイスの効いた若鳥が目の前の皿に取り分けられ、ユーリアは早速かぶり付いた。皮目がパリパリになるように焼かれた鶏肉は、口の中でジュワッと肉汁を溢れさせる。


「そりゃあ、この村から出て行くよ。そういう決まりだもん」


「どこに行くか、決めた?」


「ううん、まだ。……悩んでるところ」


 一人前になったらと妄想していたときには、あの村この街と楽しく考えていたのに、いざとなったら全く楽しい気持ちにはなれない。


 ユーリアの中では、あと一年や二年の時間をバルテルの元で修行するつもりだった。それが、火事になって店がなくなったと同時に一人前として認められ、追い出されるように村を出ていけと言われても素直には喜べない。


「じゃあ、アタシと一緒に領都に行かない? シュルーム領の領都シュルーム」


「アタシと一緒って? ルビー、領都に行くの?」


「そうよ、領都にはアタシの祖父母と姉がやってる素材店があるのよ。アンデ素材店の本店ってやつね!」


 ルビーの実家であるアンデ素材店は、元々領都でルビーの祖父母が始めた店だ。その後、長女夫妻がレヴェ村に支店を開きルビーと姉と妹が生まれた。


 ルビーの姉は領都の平民学校で教師をしている男と結婚し、領都へ移住。現在に至るまで、祖父母の店を手伝っている。


「姉がね、もうじきお産なの。しかも、初産なのに三つ子を妊娠してるのよ! 信じられる?!」


「わあ、三つ子は珍しいね」


「でしょう? 今もお腹がはち切れそうなくらい大きくて、すごく大変らしいんだけどね。産まれてからの方が大変よぉ。祖母も姉もきっと子育てにかかり切りになるわ」


「それで、ルビーが助っ人に入るの?」


 ルビーは豪快に鶏モモ肉をかじり、カブのピクルスにフォークを突き刺す。


「助っ人というか、領都の店はアタシが取り仕切ることになるわね。姉が店に復帰するまでには何年もかかるし、祖父母もいい歳だもの」


 カブの刺さったフォークをさらに突き刺すと、カブの下にキウリのピクルスが連なった。


「妹も結婚が決まって、妹の旦那になる男がレヴェ村の店に入るのよ。小姑のアタシは体よく追い出されちゃうってわけなの」


 フンッと鼻を鳴らし、ルビーはカブとキウリを一度に食べて、燻製チーズに手を伸ばす。

 ユーリアはルビーのグラスに果実水を注いだ。


「でもルビー、領都に行っても大丈夫なの?」


「三か月くらい前から、領都へって話はオヤジからもジイサンからも出てたのよ。姉のこともあったしね。でも妹の結婚が決まって、本決まりになったって感じかしら」


 ルビーはグラスを手に取ると、濃いオレンジ色の果実水を一気に飲み干した。テーブルに戻されたグラスがゴンッと大きな音を立てる。


「ルビー?」


「聞いてよ、ユーリア。妹と結婚するって、アタシの義弟になろうって男…………デニスなのよ」


「え、はぁ? ええええええ!?」


 ユーリアは思わず椅子から立ち上がった。


 デニス・ベッカー、家具職人をしている村の青年だ。手先が器用で、椅子やテーブルなども細かな細工が施された家具を作る腕の良い職人であり、修理なども請け負っている。

 口数は少ないが、優しい男だとユーリアは思っていた。そして、ルビーの最愛のダーリンとして認識していた男だった。


「はぁあああああ!?」


 ユーリアの声が室内、女子棟に響いた。


「だって、ルビーとデニスさん週末同棲みたいのしてたじゃない! どうしてそんな、妹さんと!?」


 レヴェ村の住宅街と職人街の丁度境目、その一番端っこにある倉庫付きの一軒家がデニスの作業場所だ。


 一階は作業場と家具の展示スペース、二階が住居スペースになっている。その住居スペースでデニスは生活しており、週末や休みの日にルビーが泊りに行ったりしていた。


「知らないわよ。アタシだっていつもあいつの部屋に行ってたわけじゃないもの。でも、週末に行っても帰って来ない日が増えたのも事実よ。だから……もういいの! アタシは領都に行くわっ!」


 艶々のきつね色に焼けた丸パンを真っ二つに引き裂き、ルビーは二口でパンを完食する。そして、そのままの勢いで燻製された卵、鶏モモ肉とどんどん食べた。


「だから、ユーリアを誘いに来たのよ。どう? 一緒に行かない?」


 骨付きの鶏モモ肉を手掴みで食べる姿は非常にワイルドで、ルビーの見た目には合っている。けれど、中身は可憐な乙女である彼にとっては自棄食いでしかなかった。


「……いいけど、私、大丈夫かな?」


「なに、なにか領都に不安があるの?」


 ユーリアは自分の丸パンを手に取ると、ひと口サイズにちぎっては口に運ぶ。パンは柔らかく、甘く、ミルクの風味がした。


「私、最初に入れられた神殿の施設、領都なんだよね。ひと月と半分くらいで追い出されて、レヴェ村の施設に引っ越して来たのね。だから、領都の神殿からは……」


「はあああああ!?」

お読み下さりありがとうございます。

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