2-20
「…………そうだね、ごめんなさい。ヘッセルさんが無事だったことは良かったけど、私がこれじゃあダメだね。……ジーク、心配かけてごめんなさい」
もしも立場が逆であったのなら、ユーリアだって手放しで〝良かった〟とは言えない。
「心配した。本気で心配したし……不安だった」
「……ジーク。もしかして、名前、呼んでくれた? 何度も」
「あ、ああ。眠ってるのに、おまえ……苦しそうで」
「そっか」
あの夢に見たルリン村の景色。あの中ではっきりと聞いた自分の名前を呼ぶ声は、ジークハルトが呼ぶものだったのだ。ユーリアはあの声に導かれるように足を進め、帰って来た。もし、家の方へ足を進めていたら……どうなっていただろう?
「ありがとう、ジーク。名前、呼んでくれて」
「ユーリア?」
「おかげで、私は帰って来られたみたい」
そう言えば、今にも泣き出しそうな顔をしたジークハルトにユーリアは抱き込まれていた。
「ジ、ジ、ジーク?」
ジークハルトはユーリアにとって初恋の相手だ。そして、記憶が戻ってからというもの、彼のことは幼いころに抱いていた淡い気持ちを土台に、改めて異性に対する淡い気持ちを抱きつつある。
そんな気持ちを抱いている相手に、思い切り抱きしめられている……心臓がバクバクと鼓動し、顔も首も耳も熱を持って真っ赤になっているのが自分でもわかった。
「ユーリア、聞いてほしいことがあって……」
「う、うう、うん。じゃあ、あの、離してくれる?」
今の二人の距離は、話しをするにも聞くにも適さない距離感だ。ベッドの脇に置いてある椅子にもう一度座ってほしい、ユーリアはそう思った。そうでなくては、心臓が爆発してしまいそうだから。
だというのに、ジークハルトはユーリアを抱きしめたまま、首を左右に振った。ジークハルトの柔らかな髪がユーリアの首や頬を擽る。
「……このまま、聞いて」
「う、うん」
「魔法で受けた大きな傷は店にあった魔法紙を使って治したけど、おまえは大きな傷を受けたことと出血が酷くてショック状態になってた。急いで病院に運び込んで治療をしたけど、なかなか目が覚めなくて……」
声に湿り気が混じる。もしかしたら、泣いているのかもしれないとユーリアは気付く。
それと同時に、自分が思っているよりもずっと心配かけて不安にさせて、怖い思いをさせてしまったのだろうと思った。
左手を動かし、ジークハルトの背中に回すとゆっくり背中を撫でる。
「ジーク」
「もしかしたらずっとこのままかもなんて医者にいわれて……俺は、後悔と不安でいっぱいになった。このままおまえをまた失ってしまうんじゃないかって、今度は目の前で、永遠に……。だから、その……」
ゆっくりと顔をあげたジークハルトの目はやはり潤んでいて、ユーリアはその目に胸が締め付けられた。元々初恋の相手なのだ、再会してからのこと(ずっと探してくれていたとか、〝蒼羽の森〟で窮地に陥った自分を助けてくれたこととか)もあってどうしても意識してしまう。
そんな相手から〝心配した〟だの〝失うかと思った〟だのと言われながら抱きしめられ、気持ちができあがらないわけがない。
「……ジーク」
そして、極めつけは距離だ。今にも鼻の頭がくっ付きそうなほど近い。その距離が徐々に近づく。
「ユーリア、俺はずっと……おまえが……」
ジークハルトが自分の名前を呼ぶ、その声に反応するように心臓が大きく鼓動する。
病室の引き戸が勢いよく開いた。
引き戸は限界まで開かれ、戸袋の中で大きな音を立てる。それとほぼ同時に「大変よぉぉおおお!」という叫び声が響く。
その大きな音と声に驚いて、ユーリアとジークハルトはそのまま固まった。
「たいへ…………まあ! ユーリア、目が覚めたのね! 良かったわぁ、心配したのよ!! って、あら? あららららら? もしかして」
病室に飛び込んで来たルビーは、ベッドに横になったユーリアに覆い被さるように抱きしめているジークハルトとその背中に腕を回しているユーリア、彼らの顔がもうくっ付きそうなほど近いのを見て笑顔を作る。同時に、額に青筋が浮かんだ。
「もしかして、意識のないユーリアにおイタをしようとしてたのか、この万年平騎士のクソ野郎がよ!? すぐにハレンチ罪で警備隊に引き渡してやるぞ、ゴラァ!」
「えっ……あ……! ルビー、これはっ違うの! ルビー、男が出ちゃってる!!」
「あらっ、嫌だわ。お忘れになって? で、離れてもらえますぅ?! ユーリアが汚れちゃいますからぁ!」
慌てるユーリアを他所に、ジークハルトはルビーを睨む。
「今すぐ出て行け、空気読めねぇクソ筋肉ダルマ」
「な、なによぉー! そんなことアタシに言ってもいいのかしら!? 大事なことを知らせに来てあげたっていうのにぃ!」
乙女に戻ったルビーはそれでも、立派な筋肉にものを言わせてジークハルトをユーリアから引きはがすと、椅子に座った。
「ああ、でも、ユーリア。目が覚めて本当に良かったわ、アタシも家族もみんな心配したんだから」
「ごめんね、ルビー。心配かけちゃって」
「ううん、いいのよ。目覚めてくれたし、そもそもあなたに責任があるわけじゃないんだから。色々聞きたいことも、話したいこともあるんだけど……急ぎで大事なことだけ」
「うん」
「ユーリアにお客様が来たの、ウチにね。ユーリア、あなたが世話になってるからって」
ルビーのいう〝ウチ〟は当然、アンデ素材店本店のことだ。ユーリアはその二階に下宿しているため、誰かがユーリアを訪ねて素材店に来ることは不思議ではない。けれど、訪ねて来るお客様にユーリアは心当たりがない。
「え、誰かな? バルテル師匠? それとも、アーベルさんかな?」
魔法紙の師匠であるバルテルと、彼の息子であり兄弟子でもあるアーベル。わざわざレヴェ村からシュルームまでユーリアを尋ねて来るなんて、その二人くらいしか思い浮かばない。レヴェ村で一緒に育った半精霊仲間たちとのやりとりは、それぞれに仕事があるため手紙一択だ。
「あの二人とか、レヴェ村の人だったらアタシもそんなに驚いたりしないわよ。そうじゃないから、知らせておこうって思ったの。そのお客様、今はヘッセルさんのところに行ってるはずよ、ヘッセルさんとユーリアが一緒に魔法紙店をやってるからって。で、その後、ここに来ると思うわ」
「……え? 本当に誰?」
「おい、筋肉ダルマ、変に焦らすな。誰なのかさっさと言え」
壁に背中を預け、両手を組んで話を聞いていたジークハルトが促せば、ルビーは肩を竦めた。
「それがね、ユーリア……あなたのお父様だって方なの」
ルビーの声と同時に再び病室の引き戸が勢いよく開いた。ノックも声かけもない。
「……」
引き戸の向こうで、松葉杖を突いたヘッセルが片手で顔を覆って困っているのが見えた。しかし、そんなヘッセルを無視して室内に入って来たのは、輝くアッシュブロンドの髪を緩く結んで肩に流し、やたら整った顔立ちに澄んだエメラルドの瞳を持つ風の精霊だった。
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