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2-18

 緊張した中、悲鳴が近付き羽音が聞こえた。バサバサという、鳥が羽ばたく音だ。


「きゃああ!」


 すぐ近くで悲鳴と書類などの大量の紙が廊下に散らばる音が響いたとほぼ同時に、大きくて白い何かが廊下の角を曲がってこちらに飛び込んでくるのを確認した。


 真正面に見えたものは鳥のようだが、とても大きい。広げられた羽は二メートル以上あるように見える。


 ジークハルトは少年を庇う騎士のさらに前へ出ると、一刀であの白い鳥らしきものを切り捨てるイメージを浮かべ剣を握る手に力を込めた。


「……ルツ! やめて、ルツを斬らないで!!」


 大きな声と共に制服を強く引っ張られ、ジークハルトは体勢を崩した。体勢を立て直す、その隙に白い物体は背後にいる少年の元へと飛び込んで行ってしまう。


「ルツ!!」


『イザーク、心配したんだぞ!』


 大きな鳥はよく見れば白い羽のフクロウだとわかった。そのフクロウは人の言葉を喋って、少年の胸に飛び込み、少年はそのフクロウを両手で抱きしめる。少年とフクロウはお互いにぐりぐりと頭や頬を押し付けあっている。


 ジークハルトは同じような存在を知っている。小さな球体に近い形の小鳥で、羽はほとんどが白で部分的に黒と茶色。いつもユーリアの頭の上か肩の上に乗って、「なのだ」「なのだ」と偉そうな口調でしゃべる妖精。


「オトモ妖精? おまえ、半精霊か」


「……そうだよ、悪いかよ。どうせ、半精霊に見えないっていうんだろ? そんなの、わかってるっていうんだよ」


 少年は肩に乗ったオトモ妖精に顔を寄せ、オトモ妖精は少年を守るように羽を広げた。


 半精霊は容姿端麗で髪色の一部が変わっている者が多いのでわかりやすいのだけれど、目の前の少年はやや素朴な顔立ちで、髪は単色だった。パッと見では、半妖精と思われなくても不思議はない感じだ。


『……』


 フクロウの姿をしたオトモ妖精は猛禽類らしい鋭い視線と鳴き声を周囲に向け、ジークハルトや騎士を威嚇する。だが、それにひるむような者は騎士になることはできない。ジークハルトと騎士は一歩を踏み出す。


 ふわっと空気が流れ、窓を粉砕したのと同じ空気の球は幾つも出来上がり……それが一斉にジークハルトに向かった飛んだ。


「建物の中だっていうのに……!」


 ジークハルトも同じような空気の球を精霊魔法で作り出しぶつけることで相殺するも、真正面からぶつけることが出来ずにおかしな方向に弾けてしまい、弾かれた空気の球が周囲の壁やドア、窓に当たる。壁には穴が開き、ガラスは割れ、木製のドアは砕けて木片が飛び散った。


『おまえ、精霊の力を……!』


「なにをしている、止めろ!!」


 残っている窓ガラスがビリビリと震えるほどの声が廊下に響き、踏み鳴らされた足音にビクッと体が反応してしまう。


 ジークハルトと騎士は背筋を正して廊下脇に控える。声とその圧に驚いた少年はその場に座り込み、オトモ妖精も廊下に落ちた。


「……いくら成人前の少年と人間の常識に疎い妖精とはいえ、この暴挙はいたずらでは済まない」


「ひっ…………」


 シュルーム領総騎士団長アルバン・カペルの言葉と威圧に、半精霊の少年はズボンを濡らして意識をとばした。



 * 〇 *



「ああああ、なぜこんなことになってしまったのか! 本当に申し訳ございません、申し訳ございません! まだ十二歳の子どものしたこと、どうか、どうか今回だけはお許しくださいませ!!」


 五番打ち合わせ室で顔を合わせた神官は、開口一番にそういって床に額を打ち付けるようにして謝罪した。ゴツゴツという額が床を打つ音が何度も室内に響く。


 シュルーム領にある半精霊を集めた施設で働いているという神官は、去年神学校を卒業したばかりの新人。彼は今年神殿施設に入って来た半精霊たちの教育係りという名のお守りだという。


 彼が面倒を見ているのは五人で、その中の一人が騎士団総団長の覇気にあてられて粗相をして気を失ってしまった少年だ。


「椅子に座ってください。その体勢では話も出来ない。……あの少年は半精霊で、この街の施設で暮らしていることに間違いはありませんか?」


 フリッツ・ディークマン監査官は頭の芯の方で感じる頭痛と、目の裏辺りで感じる頭痛の二種類を堪えながら、目を細めた。おろおろしながら目の前にある椅子に座った新米神官は、額を真っ赤にしながら両手を胸の前に組んで大きな声で少年の行動謝罪し、擁護する言葉を繰り返す。


 気持ちは分からなくもないが、とにかくその大きな声で繰り返される謝罪が耳に響き、頭痛が増して苦しい。


 テーブルを挟んで正面に座った新米神官は、とにかく挙動不審だ。目は忙しなくあちこちに動き、体は小さく震えていて、額や首筋に汗が浮かぶ。まあ、緊張と不安と困惑で挙動がおかしくなる人間は大勢いる。が、この挙動不審具合は異常だと感じた。本気で焦っているだけかもしれないが。


「は、はい! あの子は今年施設に入ったばかりの子です。まだ勉強を始めたばかりなのです。至らない部分ばかりだということとはわかっております、でも、でもですね! 十二歳で親元から離れたばかりでして、寂しいと思う気持ちが強くて……それできっと今回のことをしてしまったのではないかと思うのです……よくよく言って聞かせますので、今回ばかりはお許しを!」


 神官を手で制してから、ディークマンは深く息を吐いた。このペースに惑わされてはいけないのだ。


「まず、お尋ねしますが、あの子の名前は? 両親はどこの誰です?」


「あ、はい! あの子は風の半精霊、イザーク・ベル。ご両親はここから東にあるミルコフという小さな街で生活しておられます。ミルコフの街には半精霊を預かる施設がないため、近隣で一番大きな施設のあるシュルーム領都の施設にやって来ました。十二歳なので、一年ほど早くやってきた少年です」


 そう説明すると、新米神官は再び「まだ十二歳と子どもだから、今回は許してやってほしい。これから施設が責任をもって勉強させるし、躾もするから許して」という内容の言葉を再び繰り返し始める。まるで壊れてしまった蓄音魔道具(音楽を奏でる魔道具)のようだ。


「……イザーク・ベル?」


 同じ姓を名乗る女性をフリッツは知っている。


 オリーブアッシュの髪をしている半精霊だ。半精霊らしく、整った容姿を持ち、髪の一部の色が明るい緑色になっていたのを覚えている。けれどそれ以上に内面的に〝しっかりしているな〟という印象の方がフリッツにとっては強い。


 同じ姓を持ち、同じ風の半精霊。部分的に色の違う髪は持っていないが、同じようなオリーブアッシュの髪色も少し色の濃いヘーゼルの瞳も同じ感じだし、彼女と比べるとやや素朴だが顔立ちも似通っているような気がする。


「ブラル神官、もしかしてイザーク少年には……兄弟が?」


「え? あ、ああ、いたようですよ。年が離れていたようで、姉の方は随分前に施設に入ったようです。そのせいでイザークは姉とほとんど交流がないままだったとか。今頃は施設からも出て、自立しているのではないでしょうか? 半精霊で兄弟がいるのは珍しいことですが、全くいないわけでははありませんし」


 やはり、この少年とユーリアは実の姉と弟なのだ。


「では、ブラル神官。イザーク少年がここ数か月、実の姉が営んでいる魔法紙店に嫌がらせをしていたことはご存知ですか? 魔法で〝蒼羽の森〟からだろう落ち葉を大量に運んできては、店の前に撒き散らしていたとか。最近は落ち葉を含んだ泥水を撒くという形に進化していました」


「そ、そんなことを!?」


「店の裏口に小動物の死骸を詰めた箱を置いていたこともあったようです」


 新米神官は目をこれでもか、と見開いて「ヒイッ」と小さな悲鳴をあげて固まった。


「そして昨日、実の姉を魔法で攻撃し重症を負わせました。同じ場所にいたバーナード・ヘッセル魔法紙師と、シュルーム精霊騎士団の騎士ジークハルト・ブライトナーもケガをしています。さらに騎士団事務局内で、彼のオトモ妖精が精霊魔法を使って暴れています。器物損壊、傷害罪及び殺人未遂罪でイザーク少年は現在騎士団に拘束されているのです」


「……そ、そんな、そんな……嫌がらせに器物損壊、傷害に殺人未遂だなんて!」


 悲鳴のように叫ばれ、フリッツは強まった頭痛に目を閉じる。


「今日、この建物の中で彼のオトモ妖精が暴れたことだけであなたをお呼びしたわけではないのです。そこは、ご理解いただきたいのですよ。イザーク少年の姉は意識が戻っていません、今の罪状は魔法紙師と精霊騎士への傷害と、魔法紙師への殺人未遂罪ですが……殺人罪になる可能性もあることも承知しておいていただき……ブラル神官!?」


 新米神官はフリッツの言葉を聞くと白目をむいて卒倒し、椅子から滑り落ちるように床に倒れ込んだ。


「ブラル神官!! ……参ったな、ご両親に連絡を入れて貰いたかったのに」


 オルダール国で崇められているフルフト神を崇めながら清く正しく暮らし、子どもたちと共に穏やかに暮らしているだろう神官には、刺激の強すぎる話だったか? 話しをする相手を間違えたのか? フリッツは後悔しながら、部下を呼んだのだった。

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