2-17
「えー、うん、そうだよ」
魔道具ギルドの職員であり、ユーリアが魔法紙精査試験のときに見本として提出した魔法紙を確認しているエメリヒ・ロンベルクは、フリッツの質問にはっきりと答えた。
「監査官殿が言う通り、あの見本紙は本当に見本だったんだよ。あれをそのまま丸めて封じたとして、いつも通り魔法紙を解放しても魔法は発動しない。ただペローンってなるだけ。だって、魔法が発動するための魔法陣が描かれていなかったからね! それは僕が、魔道具師ギルドにかけて証言するよ」
三番打ち合わせ室の円卓には、ユーリアが見本として提出し暴発を起こしたとされている焼け焦げた魔法紙が透明な袋に入った状態で置かれている。その横には焦げた赤いリボンの入った袋も並ぶ。
先ほどまで名前も身元もわからない少年の話を聞こうとしていたフリッツは、早口で語られる内容を聞きメモを取りながら頷いた。
「そもそも、魔法紙の事故はほとんど起きないんだよ」
「それは何故です?」
「何故って、魔法紙にはね、魔法陣が描かれてるんだよ。特殊な紙に特殊なインクを使って、魔法紙師が魔力を込めながら一つ一つ描いた魔法陣ね。一カ所でも描き損じていたら、魔法陣は発動しない。だからね、失敗している魔法紙は不発に終わるものなの。暴発なんてね、わざとやらないとならないもんなんだよ」
エメリヒは「ここの部分、ここに発動の魔法陣が描かれるはずなんだよ、本物はね」と焼け焦げた魔法紙の一部分を指で示した。そこは、ユーリア本人に対して質問したときに示された場所と同じ場所だ。
「それにさー、このリボンで封じられてたって?」
「そうです」
フリッツが目で合図すると、部下は暴発事故のときに用意されてそのまま残されたもう一つの魔法紙が入った袋を円卓に乗せる。その魔法紙は円柱状に丸められ、赤いリボンで封じられていた。
「これが残された魔法紙です」
「……ふぅん。でも、これ、ただのリボンじゃん?」
「どういう、意味です?」
意味がわからずに質問すると、エメリヒは器用に片方の眉だけで動かして〝こんなことも知らないのか〟という表情を作って見せる。
「このリボンは、街の雑貨屋とかアクセサリー屋で売ってるやつでしょ。女の子たちが髪や服に飾ったり、花屋が包装に使ったり、贈り物にかけられるやつ」
魔道具をいじっているせいかエメリヒの少々荒れて乾燥している指が、焦げた赤いリボンと丸まった魔法紙を封じているリボンを指し示した。
「ユーリア嬢かヘッセル老から聞いてないの? 流派によって魔法紙は封の仕方に違いがあるって。ヘッセル老のオーベル流はリボンで封じるんだけど、そのリボンは当然特別製。魔力を込めた糸から作られていて、特殊な液体に晒すと描いた魔法紙師の名前が浮き出す仕様になってるの」
ふう、と大きく息を吐いたエメリヒは呆れた様子だ。
「これを細工した人間は、魔法紙のことも魔法紙師のことも全然わかってない、知らないんだね。いつも自分が目にする魔法紙がリボンで留められてるから、魔法紙っていうのはリボンで留められているって思い込んでいる。だから街で適当に買ってきた赤いリボンで留めた。リボンの色が赤なのも、責任を押し付けたいユーリア嬢が若い女の子だからかな? 馬鹿みたいだ」
そう言って、若き魔道具ギルドの職員は鼻で笑った。
「じゃ、今度は僕からの報告だよ。ユーリア嬢のこと」
エメリヒはカップの紅茶に口をつけ、喉を湿らせる。
「……それで、彼女のことはなにかわかりましたか? こちらでは、幼馴染だという精霊騎士から聞いたこと以上のことはわかりませんでしたから」
「ユーリア・ベル、十八歳。シュルームの東側にあるルリン村の生まれだよ。八歳で神殿施設に預けられる前まではそこで暮らしていた。両親と年の離れた弟と四人家族」
父親は風の精霊でルーカス、母親が人間でラーラ。精霊と人間という夫婦にしては珍しく、子どもが複数いる家庭だ。
現在は彼らはシュルーム領と隣接しているクルデン領の小さな街で生活している。その街にはユーリアを施設に預けてすぐに引っ越し、それからずっと暮らしているらしい。
「ユーリア嬢は八歳でここ、シュルーム領都の神殿施設に預けられている……んだけど、二か月ちょっとでルリン村の施設に移動している。施設を出て、ここに戻って来るまでの間ずっとルリン村で暮らしていたんだよ。村での生活は特に問題も起こさず、魔法紙師の修行を師匠の店でしていたみたい。まあ、村を出る前にちょっとした事件に巻き込まれたみたいなんだけど、彼女自身は無関係が証明されてるね」
エメリヒはフリッツが知りたかったユーリアの履歴を肩って聞かせた。しかし、その内容はジークハルトから聞いていたこととほぼ差がない。
「ふむ。では、彼女に掛けられているという子どものころの記憶を封じたとかいう誓約魔法についてはなにかわかりましたか?」
「その魔法をかけたのは、たぶん彼女の父親ルーカス氏だね。それは本人に確認をとったから間違いない。誓約内容については本人じゃないとわからないから、ルーカス氏に……」
エメリヒの説明を遮るように打ち合わせ室の窓が吹き飛び、窓ガラスが粉々に割れた。
大きな破壊音が響き、その後で飛び込んで来たものと割れたガラス片や窓枠の破片が床に叩きつけられ広がる。
「ぎゃっ」
「うわああっ」
窓を突き破り、室内に突入して来たのは、大きなフクロウだった。全身が真っ白な羽に覆われ、透き通った琥珀色の大きな目がギラギラと輝いている。
『どけっ!』
白いフクロウは羽とガラス片を床にふるい落として体勢を整えると、小さな空気の球を幾つも作り出してそれを廊下側の窓ガラスにぶつけて粉砕する。精霊や妖精の使う魔法は、小さくても強力だ。
再びガラスと窓枠の破片が飛び散り、大きなフクロウはガラスの消えた窓から廊下を飛び去って行く。廊下から「ぎゃー」とか「わー」とかいう悲鳴が聞こえた。
「なっ、なんなんだ!」
突然のことに驚き体が動かなかったが、そこから復活したフリッツは未だ固まっているエメリヒの無事を確認した後、廊下に飛び出す。
廊下のあちこちにフクロウの白い羽が落ちている。
フリッツは三度重なりそうな問題に強まる頭痛を堪え、大きく息を吐き出した。
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