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2-16

 フリッツ・ディークマンは目を閉じ、こめかみを指でグリグリと押す。ここを刺激すると頭痛に効果がある、と同僚から聞いていたのだけれど想像していたような効果は得られなかった。


 頭の芯の方がズキリズギリと痛む。


「……それで、この少年が、三人の人間にケガを負わせ、魔法紙店の一部を破壊した、と」


「はっ」


 立ち合いの騎士はフリッツの向いに座る存在を気にかけながら肯定した。


 尋問用の個室に置かれた簡素な長机を挟んで椅子に座り、むくれた表情を浮かべてそっぽを向いているのは未成年の少年だ。年の頃は十二歳か十三歳だが、実年齢より幼い印象を受ける。不貞腐れた顔をしているのもあるが、精神的に幼いからだろう。


「キミの名前は?」


「……」


「キミのご両親の名前は?」


「……」


「キミは今、どこに暮らしている?」


「……」


 質問に答えるつもりは全くない様子だ。少年の後ろに立つ騎士の方が焦っている、なにせフリッツは王宮所属の監査官という立場であり、生まれは侯爵家という貴族なのだ。


 事前に騎士たちが事情を聞き出そうとしたけれど、そこでも無言を貫いていて少年の身元も詳しい事情も今のところはわからない、という報告がフリッツの元に上がってきている。


 少年は「こちらの方は王宮所属の監査官様なんだぞ、質問に答えなさい」という騎士の言葉も、フリッツの質問も完全に無視するつもりのようだ。


「どうして魔法紙店の二人と巡回中の精霊騎士を襲い、ケガをさせた? それとも、殺そうとしたのか?」


「……」


「沈黙は肯定と受け取らせて貰う」


「……」


「魔法紙師一人対する殺人未遂に、ここにいるシュルーム領所属の精霊騎士と魔法紙師一人への傷害。重たい刑罰が下されることを覚悟しておくことだ。キミが未成年であるからと、許されることではないからな」


「え……」


 少年は飛び上がるように驚き、目を見開いた。


「キミは現行犯で捕まっている。さらに、ケガをした魔法紙師、精霊騎士本人、さらに近隣住民の証言もあるからな、キミの自白がなくとも罪に問うことができる。おとなしくしているように。特別室に連れて行け」


 少年の二の腕を騎士が掴み「行くぞ」と椅子から強引に立たせる。少年は顔を真っ青にして、大量の汗をかき始めた……がフリッツは少年を視界にもいれない。


「監査官、お客様がお見えです。三番打ち合わせ室にお通ししてありますが」


 開け放たれた扉をノックして部下である監査補佐官が早口に報告するのを聞き、フリッツは再度こめかみを指でグリグリと押すと、ゆっくりと立ち上がった。


「今行く。……何をしている、早くその少年を連れて行け」


「はっ。行くぞ、少年」


「ま、待って! 話しを聞いてよ、話すから……!」


 先ほどまで不貞腐れた様子でなにも話そうとしなかった姿は消えて、必死だ。まだ小さな手を伸ばし、フリッツの黒色の制服に手を伸ばす。


「先ほどの質問にキミは答えなかった。答えたくなかったのだろう? それならば、それでいい。私は忙しい」


「待って、待ってってば! 未成年は罪に問われないんじゃないの!? 叱られて終わりだって、そう聞いてたのに! それに、その、殺したかったわけじゃないんだってば! ちょっと脅かしてやりたかっだけでっ、あんな風になるなんて思わなかったんだってっ」


 伸ばされた少年の手をフリッツは避けた。避けられた小さな手は、フリッツの近くにいたジークハルトの騎士服を掴んだ。黒と白の二色が鮮やかな騎士服の裾を握り込んで、少年は必死に訴える。


「あんたを傷つけるつもりなんて全然なかったから! あんたが飛び込んでくるからケガしたんであって……そもそも、あの女がどうにかできたはずなのに、なんでこんなことに!?」


 少年は叫んだが、フリッツは再度騎士に対し少年を特別室へ連れて行くように命じて、騎士とジークハルトを残して尋問用の部屋を出て行ってしまった。


「待ってってば!」


 悲鳴のような声が廊下にまで響いたがフリッツはそれを無視し、第三打ち合わせ室に向かって廊下を歩き出した。その後ろを部下が小走りについて来る。


「いいんですか、あの少年のこと。泣きそうでしたよ? いや、もう泣いてましたかね」


「構わん。少年の身元はもうじき確認がとれる、身元がはっきりすれば事情もわかって来るだろう。まったく、調べることや確認すべきことが多いときに限って面倒くさいことが起きる。そして、その後始末が私に回って来る!」


 大股に廊下を歩くフリッツの背中に「まあ、そういうものですよねぇ、仕事って。忙しいときに限って問題が発生したり、緊急事案が発生したりしますよねぇ~」という部下ののんきな声がかけられた。


「じゃあ、あの少年への今後の取り調べは僕がやってもいいですか? これも経験だと思うんで」


「……いいだろう。ただし、やり過ぎるなよ?」


「わかってますって」


 頭の奥でガンガン痛む頭痛を堪え、フリッツは部下の〝忙しいときに限って~〟という言葉に心の中で同意していた。部下の存在もそれに含まれていたが、そのことについても黙っていた。




 フリッツとその部下が立ち去ったあと、小さな尋問室に残された少年と騎士二人はゆっくりと廊下に出て三階にある特別室に向かう。


 本来、傷害事件を起こした者は地下牢行きなのだけれど、さすがに未成年である少年を地下牢に入れることは出来ないという判断がくだったため、三階にある特別個室に入れられる。


 扉は施錠魔法により内側からは開かないようになっていて、窓には鉄格子が嵌められているし、もし鉄格子を破ることが出来ても三階という高さから飛び降りることになり、飛び降りた先は騎士団の訓練場だ。


「……そんなつもりじゃ、なかったんだよ。本当に、そんなつもりじゃあ……」


 青い顔をしてガックリと項垂れた少年は小さな声で呟きながら、騎士に連れられて特別室に向かって歩いた。ジークハルトの制服の裾を握り込んで離さないまま。


「じゃあ、どういうつもりだったって言うんだ」


 仕方なく一緒に歩きながらジークハルトは少年に訊ねた。すると、少年初めて目が合う。


「だから、脅かしてやりたかったんだってば。最初は店の前に葉っぱをばら撒いてやって……困ればいいって。でも何度やってもあいつは掃除しただけで困った様子もなく終わっちゃって、だから次は汚い水を撒いてやれって」


「あの嫌がらせはおまえの仕業か。それで、ユーリアがへこたれないから魔法で傷つけてやろうってなったのか」


「だって、あいつは半精霊なんだから俺の魔法くらい簡単に防げるだろ。あんな……防ぎもしないでそのままくらうなんて。馬鹿じゃん。防ぐとか、打ち消すとかすればいいのにさ」


 少年は怯えた様子で、ジークハルトの制服の裾を離した。


「ユーリアは魔法を使えないのに、どうやって防げって言うんだ」


「は? なに言ってるんだよ、アンタ。あいつは半精霊なんだぞ? 魔法なんて呼吸するように使えるだろ」


「おまえこそなに言ってるんだ。ユーリアは幼いころの……」


 ジークハルトの言葉を遮るように、建物の奥から「きゃー」とか「わー」とかいう悲鳴が突然響く。その悲鳴は徐々に近付いて来る。


 騎士は少年を背中に庇うように立ち、ジークハルトも腰の剣に手をかけた。

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