2-14
どこのどんな大きさの街であっても、こういう場所は変わらない、ユーリアはそう思った。以前暮らしていたレヴェ村は領都であるこことは比べ物にならないほど小さな村だった。けれど、取り調べを受けたときはこういう部屋だった。
小さな明り取り用の窓に小さな机と簡素な椅子、明るい光を放つ魔道ランタンが一つ。取調室とはこうあるべき、という規格でもあるのだろうか。違うのは、ユーリアに質問する相手が小さな村の警備隊員ではなく国から派遣されてきている監査官であり、彼が非常に紳士的であることだ。
「……この魔法紙は、あなたが描いた物で間違いないだろうか?」
オルダール王国の監査官、フリッツ・ディークマンは半分焼け焦げた魔法紙の残骸の入った袋をテーブルの上に乗せる。ユーリアは焼け残された魔法紙に描かれた魔法陣を確認すると「私が描いた物で間違いありません」と認めた。
「わかりました。この魔法紙は先日、精霊騎士が手にした瞬間に暴発しました。その原因があなたにわかりますか?」
「手に取って見てもいいですか?」
「構いません、ただし魔法紙を袋から出さないようにしてください」
小さく簡素なテーブルを挟んで正面に座る監査官の視線を浴びながら、ユーリアは袋に入った魔法紙を手にした。自分の描いた火炎魔法魔法陣が残っている。修行時代には何百回、いや何千回も描き込んだ魔法陣、一人前になってからだって百枚近くは描いたものだ。
「……ん? あれ?」
「どうしました?」
「……この魔法紙、うちの店で購入したものですか? それとも魔道具ギルドからでしょうか?」
「この魔法紙は、あなたがシュルーム騎士団と魔法紙販売の契約をするために見本として持参した魔法紙です。魔道騎士団が資料として保管していたものだと、事務局から確認を得ています」
ユーリアは手にしていた魔法紙の見本だったものをテーブルの上に戻した。
「これは、私が魔法紙精査試験用に魔法紙の中身を確認するための見本として持ち込んだ物、なんですね?」
「そうです」
「……でしたら、魔法紙を筒状に丸めて封をしても魔法が発動することはありませんし、ましてや暴発などするはずがありません」
「それは何故です?」
「通常の魔法紙は筒状に丸められていて、中の魔法陣を全て確認することはできません。ですので、あくまで〝中身の魔法陣はこのような物です〟という見本として、精査試験用に数枚用意しました。間違っても魔法紙を丸めて発動することがないように、見本用には魔法起動用の部分は描き込んでないのです」
ここの部分、とユーリアは焼け残っている魔法紙の一部を指さした。
「この魔法紙を筒状に丸めて開いても、ただ丸くなる癖がついた紙切れでしかないのです。他の魔法紙師に確認してください。それから……」
ユーリアはテーブルの上にある小さなビニール袋を指さした。
「この赤いリボン。これで魔法紙が留められていたのですか?」
「そうです。精霊騎士たちが使ってみると訓練場に持ち込んでいた魔法紙は二つあり、そのどちらも赤いリボンで留められていたそうです」
袋に入っている赤いリボンも魔法紙と同じく、焼け焦げている。
「私は魔法紙の封にリボンは使いません。理由はアヒレス流では、魔法紙の封は封蝋で行うことと決められているからです。それに、封蝋印は私だけの模様が刻まれていまして……決められた封蝋と封蝋印で魔法紙を封じます。そうして完成した魔法紙のみ、アヒレス流魔法紙師ユーリア・ベルが描きその効果の責任を持つ魔法紙となるのです」
「……つまり、この魔法紙はあくまで発動しない見本として提出されたものであって、暴発など起こり得ない。そして、暴発するように細工を施し、赤いリボンで封をした者が別にいる……と?」
フリッツは焼け焦げている魔法紙と赤いリボンを交互に見比べ、そしてユーリアに視線を移した。
「どなたかがこの見本用の魔法紙に何らかの描き込みをして、リボンで封をし、精霊騎士の皆さんの手元に届くようにした人がいた、のだと思います」
「私が今までここで見てきた魔法紙は、リボンで留められている物が多かったのですが?」
「それはヘッセルさんの描かれた魔法紙だからです。ヘッセルさんの修めたオーベル流は魔法紙を特別なリボンで留めます。ミューエ流は特殊な紙で留めていて、エンゲルス流は特別な植物から作られた蔦で留めます。魔法紙の封じ方は、流派によって違います……皆さんはあまり気にされないようですけど」
「なるほど」
フリッツが監査官の資格に合格して正式な監査官となって七年、シュルーム領に派遣されて三年目だ。普段はシュルーム領の文官や騎士たちによる内部不正はないか、領主たちに不正はないかを外部の人間として監視し、なにかあったときは調査することを職務としている。
普段から大勢の人間の話を聞き、現状把握に努めている中で〝人を見る目〟が養われた。相手の話し方、態度、目や体の動かし方などから、嘘を言っているとか黙っていることがあるとか正直に話しているとかがわかるようになったのだ。
目の前で話をするユーリア・ベルという半精霊の魔法紙師。彼女が嘘を言っているようには見えないし、聞こえない。そもそも、事故を起こしたという魔法紙自体がおかしな品だと感じる。
シュルーム魔道騎士団、第五班に所属する精霊騎士の一人が魔法紙の暴発によってケガをした。幸い騎士は右手と頬に軽い火傷を負っただけで、治療を受けてすでに回復している。
事故の原因は魔法紙に問題があり、件の魔法紙を描いた魔法紙師ユーリア・ベルに対する責任問題を問う。それと同時に、魔法紙師としての能力に問題があるとして、先日シュルーム騎士団との魔法紙納品契約について見直す必要がある。
そう領主に進言したのは、魔道騎士団の事務局だ。
ユーリアと契約しているのは騎士団であって、魔道騎士団ではないのに。さらにユーリアの調査を魔道騎士団事務局が行う、とも言いだしている。ユーリアへの調査に関しては領主の「魔道騎士団の事務局に所属する事務局員に、調査や取り調べの権利はない」というひと言で切り捨てられたが……話しを聞く限り、進言すると同時にユーリアを拘束して地下牢へ閉じ込めて尋問する、必要があるのなら拷問も厭わないという話も事務局内部では出ていたという。
過激に過ぎるし、そもそも越権行為だ。
「わかりました。今回はここまでにしましょう」
「はい」
「また後日、お話を伺います。必ず連絡がつくようにしていてください、街から出ることは控えてください。また、私〝フリッツ・ディークマン〟の名前でのみ招集をかけます、他名義の招集にはあなた自身の安全と権利を守るため、応じませんように」
フリッツの言葉にユーリアは、素直に頷く頭を下げる。
不安そうな様子を見せることはあっても(王国監査官から事情を聞かれるとなれば、不安になるのは当然なので不自然ではない)怯えることもなく、嘘をつくこともなく、事実と自分の考えをしっかりとユーリアは話した。
自分のやったことでケガをした者が出て、その責任を……そういわれて思い当たるところがあるのなら、それが表情や態度や口調などに出るだろう。出るタイプの子だ、とフリッツは思う。
やはり、どこかが変だ。歪んでいるように感じる。
ユーリアをシュルーム領警備隊署の談話室から連れ出し、フリッツは正門まで送り出した。「ありがとうございます」と頭を下げて、迎えにやって来たのだという女言葉をしゃべるやたらムキムキした背の高い男と共に帰って行くのを見送った。
男と話しているユーリアは表情豊かで、素直な印象だ。他人を傷つけるような行動をすれば、態度や口ぶりにそれが現れるタイプだろう。
フリッツは自分の感覚を信じ、話しの裏取りからを始めることにした。
領主が自分にこの話を回して来た、その理由も……いろいろと確認しなくていけないと思いながら。
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