2-13
「聞いた?」
「なにを?」
シュルーム魔道騎士団三班に所属する四人は、厩舎で自分の愛馬ヒポグリフたちの世話をしていた。ヒポグリフは鷲の頭部と前足、大きな白い翼、馬の体と後ろ脚を持つキメラ型魔獣の一種だが、木の実や果物を主食としている大人しい気性の種類だ。
人にも懐くが、一度嫌った人を二度と受け入れないので乗り手である精霊騎士は自分の愛馬の世話が欠かせない。
「ユーリアちゃんとヘッセル老の店、嫌がらせされてたろ? あれ、内容が過激化してるんだってさ。魔道具師ギルドからの依頼もあって、騎士団の連中が巡回経路と時間を再調整してた」
「ああ、大量の落ち葉を店の前に撒かれるっていうのに、虫の死骸が混じるようになったって」
ジークハルトはデニスに言葉を返しながらヒポグリフ用のブラシで愛馬であるエーファの背中を擦る。エーファの〝クルクル〟というご機嫌な鳴き声が厩舎の中に響く。
「それが、ついこないだネズミとトカゲの死骸が入った箱が店の裏口に置いてあったんだってさ。もちろん、店の表には尖った小石と落ち葉入りの泥水がたっぷり撒かれてたって」
「は?」
「なんだそれ、ヤバいな」
デニスの言葉に息を飲んだジークハルトに代わり、ウルリヒとクラウスの二人が声をあげる。
「そうなの、ヤバいの。段々嫌がらせの内容がヤバくなってきてんの。騎士団が巡回してるし、周囲の人間の目も光ってるってのに、それを掻い潜ってやってんの」
「嫌がらせの犯人、全然わからないのか?」
「それが、ユーリアちゃんって知っての通り他人から恨まれるような子じゃないし、あやしい人物との付き合いなんてないし、仕事でも個人でもいざこざなんて抱えてないし。本人も心当たりがないし、調べてもそういう相手が浮かんでこないんだってさ」
全員が〝だろうなぁ〟と思いながら、ヒポグリフ用のブラシを動かす。
「でさ、同じくらいヤバいのが……近所の目っつーか、噂らしいのね」
「どいうこと?」
クラウスが尋ねるとデニスはブラシを置いて、代わりに箒を手にした。そして床に散った毛や羽を掃き集め始める。
「最初はさぁ、周囲の連中も嫌がらせを受けてることに関して同情的だったってさ。大量の葉っぱを店前に撒かれて可哀そう、大変そうって。でも、内容が重たくなって嫌がらせの頻度が上がるにつれて、ユーリアちゃんに問題がって嫌がらせをされてるんじゃないかって話になっていってるみたいなんだよね」
「……彼女に落ち度は見当たらないだろう?」
ウルリヒの言葉にデニスは頷く。
「だよ? 俺たちはユーリアちゃん本人を知ってるし、調べた結果も知ってるから逆恨みをされてるのか、生まれ変わろうってしてる魔法紙屋への営業妨害なのかって思ってるけど。でも、そんなこと知らない人たちは……ユーリアちゃんを疑うんだよ。彼女がヘッセル老の店に来てから、嫌がらせが始まったから」
ジークハルトは再び息を飲んだ。
この唐突に始まった嫌がらせの理由はわからない。けれど、ヘッセルとユーリアは被害者であって彼らに責任はないのだ。
しかしながら犯人は捕まらず、一向に嫌がらせは止まることはなくエスカレート。それを不安に思う周囲住民の気持ちは理解できる。その不安を誰かに押し付け、悪く言うことで僅かでも安心を得たくなる、そんな気持ちもわからなくはない。
そして、その不安を押し付け非難する相手がユーリアに向くだろうことも……
「ヘッセル老の店は大通りから二本ばかり奥まってるが、一本入ったところや大通りには子どもたちが好む菓子を売る屋台がでるからな。嫌がらせの対象が、自分や子どもたちに向けられたらってそんな不安もあるんだろうな」
魔法紙屋のある場所は繁華街に近い場所にあり、夜は特別な賑わいが聞こえてくる。だが、昼間は冒険者や各ギルドの職員、非番の騎士たちが食事や武具の補修、買い物などにやって来る賑やかな場所でもある。
人が多く集まれば、そこへ屋台の店や立ち売り箱を下げた者が集まって来るのは当然のことだ。果物菓子や揚げ菓子、氷菓子など子どもや女性が好む物、サンドイッチや揚げパンなどの軽食系などが特に多い。それらは安価で手軽に買えることもあり、子どもたちも集まって来る。
そんな場所の近くで繰り返し嫌がらせを受けている店がある、そのことが不安であり不満に感じる者も出て来て当然かもしれない。
「でもでも、だからってユーリアちゃんを悪者にするなんてダメでしょうに」
「それはそうだね」
「早く犯人を捕まえる、それが一番の解決方法だが……」
犯人らしき人物は全く浮かび上がってこない。
男なのか女なのか、年の頃は幾つなのか、大量の落ち葉や泥水はどこからどうやって運んでくるのか、厳しくなる巡回警邏の隙間をどのように掻い潜っているのか……なにもわかってはいなかった。
それぞれが愛馬の世話をし、厩舎の掃除と馬具の調整を済ませると休憩室で一服しようと歩き出した。そこへ休憩室から出て来たと思われる一班の四人とかち合う。
「お疲れさん」
「あ、時間あるなら三班も一緒に行かない?」
一班の四人はそういって、精霊騎士が専用で使っている訓練場に向かうのだと言った。
「なにかあるのか?」
ジークハルトは尋ねると、彼らは頷いた。
「なんでも、騎士団の方と契約した可愛い巻紙屋ちゃんの描いた魔法紙の見本を使ってみようって話になってるらしい」
「見本?」
「カペル総団長たちが外部の魔法使いたちとその威力を確認したとき、彼女が丸める前の巻紙を見本として持ってきてたんだって。その内の何枚かを今から使ってみるんだとさ」
三班の四人はお互いに顔を見合わせてから、そのまま一班の後に続く。
どのような経緯でユーリアの魔法紙を使ってみることになったのかわからないけれど、見られるものならば見てみたい。
「だよな、見たいよな。その時非番だったり休憩中だったりした奴らは一緒に見学できたけど……俺たちは見られなかったからさ。三班も街を離れてて見られなかったから、同じ気持ちだよな」
「やっぱ、実際どんな威力なのか自分で確認したいよな……」
「そうそう。いくら団長や事務局長たちが確認したっていっても、実際使うのは俺たちなんだし」
「それに……騎士団の連中がいうには、ヘッセル爺さんが描く巻紙と比べても遜色ないって話。聞けばうちが契約しなかったのは、魔法紙師が若くてかわいい半精霊の女の子だから魔法師団の女の子事務局員たちが妬いて猛反対。うるさくてどうにもならなくって、団長も今回の契約を見送ったんだってさ」
「それって本当か?」
「いやー、あり得ないとは言えないんじゃないか? ほら、ウチの事務局員って一人を除いて年齢がアレだからさぁ」
一班の精霊騎士たちの軽口を聞きながらいつも使っている訓練場に向かうと、二足歩行の魔獣を模した大き目のハリボテが訓練場中央に二つ用意されている。木と鉄で作られ、保護魔法で強化されたあの的に向かって魔法紙を放つつもりらしい。
休憩用のベンチの上には木箱が置かれており、その中に丸まった魔法紙が二つ入っているのが見えた。それを見たジークハルトは違和感を覚える。
――あの巻紙がユーリアの描いたものだって?
「……ちょっと待ってくれ、その巻紙は……」
ジークハルトが声をあげる数秒前、五班の精霊騎士が木箱に入った魔法紙を手にする。
魔法紙を手にした騎士がジークハルトの声を聞き、視線がかち合った瞬間に魔法紙は爆音と共に弾けた。
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