05
「アンネはね、おまえも十五で弟子入りして二年足らずで今の技術を身につけたと思い込んでいたんだ。それに、上位ランクの冒険者が言っていたそうだ、ユーリアの描いた魔法紙は私の描いたものともう差が殆どない、と」
その言葉はユーリアにとっては最大級の誉め言葉だ。
弟子入りしてからずっと、師のように美しく魔法効果の高い魔法紙を描き上げたい、そう思って修行して来た。それが七年という歳月を経て、魔法紙を実際に使う冒険者に〝殆ど差がない〟と評価を貰えたことは純粋に嬉しい。
「二年後、自分は果たして巻紙屋バルテルと同等品質の魔法紙を描けるようになっているのか? そう考えたとき、ユーリアが妬ましくなったようだ」
「……」
「今回のことは、おまえにはなんの責任もないことだ。気にしなくていい」
確かに火事はアンネがやったことだし、その動機に関してもユーリア自身には関係がない。責任がないことなのも事実だけれど、だからと言って〝分かりました、気にしません〟という気持ちにはどうしてもなれない。
「ですが、あのお店は私にとっても大切な場所です。起こったことの責任はないかもしれませんが、お店を再建するための……」
「ユーリア」
バルテルはユーリアの言葉を遮るように、少し強い口調で名前を呼んだ。そして首を左右に振る。
強い口調で名前を呼ばれ、首を振られたときのバルテルは決してユーリアの意見や希望を聞き入れない。
「店の立て直しは私と妻と店を引き継ぐアーベルの仕事だ。この先も、レヴェ村の巻紙屋としてやっていくのは、私たちなのだから」
そこにおまえの居場所はない、そう言われたも同然で……ユーリアは息が詰まった。
家族のないユーリアにとってバルテル夫婦は親のような、夫妻の間に生まれた長男のアーベルは兄のような大切な存在だ。その人たちから拒否されたことは、かなり衝撃的だった。
「師匠……お尋ねしても?」
バルテルは頷き、ユーリアの掌を軽く叩いて言葉を促した。
「師匠は炎が燃え盛る店内に入って行って、火傷を負ったと聞きました。なぜそんなことを?」
バルテルはその日の昼過ぎからギルドの月例会に参加していて、店が火事になったと知らせを受けて魔道ギルドから店へ移動している。その後、警備隊員が止めるのも聞かず炎渦巻く店内に入り、大火傷を負いながら耐火加工の施された箱を持って出て来たのだ。
「……ユーリア、そこの棚にある箱を」
病室の隅にある作り付けの棚には洗面道具やタオルが並んでいて、一番下に中サイズ程度の箱がある。表面には焼けた跡があり、この箱をバルテルが炎の中に飛び込んでまで運び出した物だろうと予想が付いた。
箱を手に椅子に戻ると、箱を開けるように言われる。
熱による影響だろうか、少し歪んだ蓋を開ける。中からは薄い赤色のガラスで出来た羽を模した置物と、角を丸めた三角形の木製盾に銅版のエンブレムがはめ込まれたものが出て来た。
「これは……」
ガラス製の羽の置物は、魔法紙流派の中でアヒレス流であることを証明するもの。木と銅で作られた盾は魔法紙師として一人前になった証として、師匠から弟子に贈られるもの。
銅板のエンブレムには、ユーリアと師匠であるバルテルの名前が刻まれていた。
「これだけは、燃えてしまっては困るものだったんだ」
「師匠」
「ユーリア、分かっているね? 一人前と認められた魔法紙師は、育った村や街から出て行く決まりだ。これからは、一人前の巻紙屋として恥じない魔法紙を描き続けるように」
「で、でも一人前になっても、数年は師匠の店で仕事を続けるのが慣例で……」
バルテルは首を横に振る
。
「お礼奉公なんてそんな慣例、守る必要なんてない。一人前になったのならば、さっさと独立するべきだ。唯でさえ魔法紙師の数は少ないのだから」
「でも……」
火事で店を失い、バルテル自身も大火傷を負っている。さらに姪であるアンネが放火犯として捕まっている以上、店の営業にも村の中での立場にも影響が出ることは必至だ。
その中にあって、弟子であるユーリアが共に立たないことはユーリア自身の中であり得なかった。
「うちで修行したことへの恩返しがしたいのなら、巻紙屋ユーリア・ベルの活躍を外から聞かせて欲しい」
「師匠……」
「いいね、ユーリア」
* 〇 *
ユーリアはぼんやりとしながら自室の荷物を片付けていた。
小さめな部屋にはベッド、物書きが出来る机と椅子、クローゼットが一つ。壁には大きめの鏡が付けられていて、その下にヘアブラシやメイク道具を置ける棚があり、窓にはクリーム色のカーテンがかかる。
神殿が預かった半精霊たちを生活させるための宿舎、として用意した部屋は非常にシンプルだ。神殿での生活は清貧を掲げているため、最低限の物しかない。
年頃の女子が暮らす部屋としては、可愛さも機能性もあるとは言えない。けれど、ユーリアにとっては八歳からずっと暮らして来た自分だけのお城だ。
十八歳の成人を迎える一年間の間に、この部屋を出て行くことは決まっていたことだ。だから、ユーリアは秋にやって来る自分の誕生日にこの部屋を出て、村にある単身者用の部屋を借りて魔法紙師の弟子としての生活を続けるつもりだった。
師匠が自分を一人前だ、と認めてくれるまであと一年か二年はかかるだろうと予想していたこともあった。
「一人前、ね」
机の上にはガラス製の羽の置物と、エンブレムのはまった盾が置いてある。
アヒレス流魔法紙師として一人前だと認められた証明であり、これを貰うために日々努力を続けて来た。これらを師匠から貰ったら、どこの街や村に行こうか、どんな店を持とうか、外装は? 内装は? そんな楽しい妄想をしたことだってある。
けれど、一人前の証を見てもその楽しい妄想の実現に一歩近づいた、とは思えなかった。
ユーリアは専用鞄の中に魔法紙を描くインクやペンなどの道具をきっちりと入れ込み、鍵を掛けた。
このまま服や小物も鞄に入れてしまおうか、そんな風に考えているとドアが軽快にノックされた。
「ユーリアー、いるんでしょー?」
「ルビー?」
扉を開けると、そこにはマッチョな乙女が大きな籐の籠を手に立っていた。
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