2-09
ジークハルトの胸の内は複雑だった。
ユーリアが今はヘッセルと共に店の経営を勉強しながら頑張っていること、ギルドからの注文や個人のお客によるその人専用な魔法紙の作成もあって忙しくしていることもわかっている。そんな彼女を応援しているし、周囲から認められつつあることを誇らしくも思っている。
だからこそ店に嫌がらせをしてくる奴が許せないし、嫌がらせを受けていることを自分ではなくカイが先に知っていることにショックを受けたし、その事で相談をして貰えなかった自分の信頼度の低さにまたショックを受けていた。
ジークハルトとユーリアは幼馴染だ。それに初恋の相手同士でもあって、今は……はっきりとしてはいない関係でもある。幼馴染の友人と呼ぶ相手に向ける気持ではない、心惹かれている。けれども、恋人だとはっきり言えるような関係でもなくて……非常にモヤモヤした状況だ。それは認める。
ジークハルト自身、はっきりとユーリアへ自分の気持ちを言い出せないとか、ユーリアに気持ちを聞き出せないとか、「ヘタれだ」と言われるだろう(ルビーと同じ班の同僚たちから)自覚はあるのだ。ジークハルトとしても、そこをはっきりさせて新たな関係を築きたい気持ちもある。
あるのだけれど、魔法紙師として頑張っている最中であるユーリアの邪魔になるようなこともしたくない。それを言い訳にしていることもわかっているけれど、どうにも踏み出せないでいる。
「……ジーク? どうしたの、大丈夫?」
「あっ、いや、大丈夫だ」
モヤモヤと自分の中にある感情の渦を見つめていたジークハルトは、ユーリアの声を聞いてハッと我に返った。「本当に大丈夫? 疲れてるんじゃないの」と言いながら、ユーリアはテーブルにお茶の入ったカップを置いた。
「王女様の護衛だっけ、三週間くらいかかったんだよね? 大変だったでしょ」
「ああ、それは……うん、大変だったけどね」
ユーリアが魔法紙師としてヘッセルの後任になれるかどうか、その精査試験を受けていたとき、ジークハルトの所属するシュルーム魔道騎士団第三班は領地を離れていた。
精査試験が行われた日のひと月半前、シュルーム領へ現領主の姉であるビアンカ第二妃とその娘であるクレメンティーネ第二王女が宿下がりをしていた。前領主夫人の体調が優れず、母と祖母へのお見舞いという名の面会だったのだ。
二週間という滞在を終えて第二妃と第二王女が王都へと帰還する際、シュルーム領の誇る魔道騎士団にも護衛を、と王女にねだられ……領主は頷くしかなかった。
可愛らしい姪であり王女であるが、領地を守る精霊騎士を護衛に? と最初は難色をしめした。第二王妃も「我儘は止めなさい、護衛の近衛騎士がいるでしょう」と止めたのだけれど、叫ばれ泣かれ暴れられてしまい「わかりました」と言わざるを得なかったと聞く。
その護衛班にジークハルトのいる三班が選ばれ、シュルーム領から二十日近くをかけて王都にまで送り届けるという任務に就いた。通常シュルーム領から王都までは馬車で一週間程だが、王妃と王女の移動であるため倍の日程が組まれている。移動距離は短いし、先行している部隊から異常が報告されれば移動はしない、天候がよくないから移動はしないなど、とにかく時間がかかるのだ。
「だから、本当に大変だったよ。王女殿下もね、外に出ることが少ないから気になる物が多くて」
「そうかぁ、王女様はお城から基本的には出ないんだもんね」
ジークハルトが護衛任務のことを話せる範囲で掻い摘んで話せば、ユーリアは興味深そうに聞いて質問をしてくる。なんということはない時間だけれど、ジークハルトは自分の中にあったモヤモヤとした感情の渦が落ち着いてきているのを感じてホッとした。
そして改めて思うのだ、自分はユーリアに惹かれてやまないと。
「……そういえば、伝えるのが遅くなってしまった。ユーリア、おめでとう」
「え?」
「シュルーム騎士団と魔法紙師として正式に契約したんだろ」
お茶の代わりをカップに淹れながらユーリアは照れたように頷いた。
「うん、ありがとう。すぐに契約して貰えるなんて思ってなかったから、びっくりしたよ。でも、評価して貰えたことは嬉しい」
「でも、騎士団の方だけなんだな。ウチの……魔道騎士団の方とは契約しなかったんだ」
ジークハルトが魔法紙店に来たのは、ヘッセルに依頼していた魔法紙を受け取り新しい依頼をするため。カイが先ほどユーリアとこなしていた仕事を、ヘッセルとするのだ。
「契約しなかったっていうか、魔道騎士団の方から保留にしたいっていう形でお断りがあったんだよ? 理由はわからないけど、魔道騎士団の騎士たちは精霊魔法が使えるでしょ? だからあんまり魔法紙が必要じゃないのか……うーん、でも、やっぱり本音としては私の腕前が不安だったのか、私自身が信用できなかったのかだと思うけど」
「魔道騎士団の方から契約保留を?」
「そうだよ、面接と私が描いた魔法紙を実際に使った試験のあとで事務局から手紙が届いてね? そこに書いてあったよ。シュルーム騎士団と契約するから事務局へって内容で、そこに魔道騎士団との契約は保留って」
ユーリアが言うように、魔道騎士団は精霊魔法を使うことのできる精霊騎士と魔法使いで構成されている。所属している者は自分で魔法を使うことができるのだが……魔力には限界があり、限界を迎えて魔法が使えなくなったからといって魔獣が手加減としてくれるわけではない。そのため、誰もが保険として、もしくは自分が扱うことのできない魔法の魔法紙を複数所持している。
ヘッセルの魔法紙は彼の性格を反映しているせいか、威力満点だ。シュルームに所属する騎士たちはみな満足している。けれど、ヘッセルの年齢や本人が引退を考えていることもあり、後任の魔法紙師との新たな契約は必要なことだとジークハルトは思う。
ユーリアが仮に自分の幼馴染だとか心惹かれる相手だとか、そういうものを一切排除したなんとも思わない赤の他人であったとしても、騎士団の者が使用するのに問題のない魔法紙を描くことができる魔法紙師であるのならば契約するべきだろう。
そう考えたから、シュルーム騎士団は契約を交わしているのだ。
なぜ契約をしない?
ジークハルトは心の底から疑問に思った。
「……あー、すっきりしたわい! ユーリア、戻ったぞ」
店の扉が勢いよく開き、同じくらいの勢いでヘッセルが戻って来た。マッサージと温熱療法を受けた結果か、腰痛から回復している様子だ。血行が良くなり、顔色も明るくつやつやしている。
「おかえりなさい、ヘッセルさん」
「そうだ、ユーリア。今朝は店前の掃除と片付け、手伝えなくて悪かったな。昨日夜勤だったせいで、朝起きられなくて」
「ううん、大丈夫。ありがとうジーク」
『しんぱいいらないのだ。わかいきしがふたり、ユーリアをてつだったのだ。これからいやがらせをされたら、わかいきしにそうじをてつだってもらうのがいいとおもうのだ!』
トワがユーリアの頭の上で言い、ヘッセルも「おお、それがいい。ついでに倉庫の整理と外壁の掃除と補修も頼みたい」と答えてガハハと笑った。
「騎士は便利屋じゃないんですよ。ヘッセル老、前回依頼した魔法紙を。これが新しい依頼書です」
ジークハルトはお茶を飲み干して苦笑いを浮かべながら、依頼書をカウンターに置く。
ヘッセルは「相変わらず老人使いが荒い鬼畜騎士団じゃ」と呟きながら、用意してあった魔法紙の準備を始め『きちくきしだん! そんなところにいるおとこにユーリアはまかせられないのだ!』とトワに叫ばれ、ユーリアが笑う。
ヘッセルとユーリアのいる店に対する嫌がらせ、しかも徐々に悪質になっていること、魔道騎士団の魔法紙問題と心配の種は尽きない。しかし、自分の持てるもの全てを使って問題も心配なことも全て解決するのだ、とジークハルトは心に決めていた。
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