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2-08

「……」


 ユーリアは片手に箒を持ち、店の周囲を見渡してため息をついた。


 朝の柔らかな陽射しが降り注ぎ、魔法紙店とその周囲に植えられた植物はそれを受けて輝いて見える。側にある街灯も、街路樹も植え込みの植栽も。


「……」


『こういうことは、だんだんおおきくなっていくっていうのがおやくそく、だとはおもうのだ』


「そうだね。そういう意味では定石だね」


 魔法紙店の前に大量の落ち葉を撒かれる、という嫌がらせはエスカレートしている。一か月に一度ほどだった嫌がらせは、二週間に一度になり、一週間に一度になり、今は三日に一度は落ち葉が大量に散乱している状況になっているのだ。


 しかも最初は落ち葉だけだったのだけれど、徐々に落ち葉は濡れるようになり落ち葉の中に泥を纏った小石が混じるようになり……とうとう本日、落ち葉を含んだ大量の泥水が店の前から道路にまで撒かれることとなった。


『そろそろ、ひがいとどけをせいしきにだしたほうがいい、そうおもうのだ』


「……うーん、そうだねぇ。ここまでくると片付けも大変だし、周囲のお店にも被害が出て来そうだしね」


 ヘッセルの魔法紙店の近所には多くの店が並んでいる。書店や文房具店、薬店などが並んでいるけれど、その先には日中小さな焼き菓子店や揚げパン屋などの食べ物を扱う露店が多く並ぶ。泥や汚水の影響があってはいけない。


 今までは箒で落ち葉を集めてゴミとして処理してしまえばよかったけれど、泥水となると処理の仕方が変わってくる。


 ユーリアは店の掃除用具入れからデッキブラシと大きなバケツを取り出し、綺麗な水を使いながら落ち葉を含んだ泥水の掃除を始めた。店の脇にある汚水桝へと泥水を押し流し、落ち葉は出来るだけ拾い上げる。


『これいじょう、いやがらせがおおきくならないといいのだ……』


 トワはユーリアの集めた湿った落ち葉を風魔法で乾かしながら呟いた。そう呟きながらも、きっとこの嫌がらせはエスカレートしていくだろう、と思った。


「ちょっちょっちょっ、ちょっと! なに、どうしたの、これは!」


「ユーリア、これはいったいどういうことだ!?」


「うわあ、嫌がらせが拡大してるなんて!」


 大人三人分の大きな声が響いてユーリアが驚いて顔をあげると、そこには大きなバスケットを抱えたルビー、ジークハルト、カイという珍しい組み合わせの三人がそれぞれ驚いた表情を浮かべて立っていた。




 ヘッセルは前の夜から腰痛が酷く、朝早くから温熱療法とマッサージをしてくれる店に出かけていて店にはいない。


 年が改まってから、ヘッセルは体の不調が増えてきていてユーリアはとても心配している。だが、腰痛に関しては「長い間座り仕事をしている者は皆こうなる運命なんじゃよ」とすでに四十年の付き合いだから心配するなというばかりだ。


「わかるわぁ~、とってもよくわかるわ! 座り仕事とか立ち仕事とか、そういう体勢が固定化されている職業の人間はあちこち痛くなるのよねぇ。腰とか膝とか肩とか、もうバッキバキに固まっちゃうのよぉ」


 ルビーは店の前の掃除を終え、店内に入ると手にしていたバスケットをカウンターに置いた。

 バスケットの中身はルビー手作りのサンドイッチとキッシュ。


 素材店の仕事と甥姪の世話に疲れて、その疲れとストレスを発散するためにルビーは深夜料理に打ち込んだ。生地をこねてこねてこねまくってパンを焼き、野菜とベーコンを切り刻みキッシュとパイを焼き、野菜をすり潰してポタージュスープを煮込みまくったのだ。


 そのおかげでルビーのストレスは発散されたものの、大量にできあがった料理は家族総出で食べても食べきれないほどの量だ。


 ユーリアも出来立てのパンを分厚く切り分けてバターとジャムを塗り、まろやかな味のポタージュスープをたっぷり朝ごはんに食べて来たのだ。お腹ははち切れそうなほどいっぱいになり、お昼ご飯はなくていいか……そんな風に思っていたところへ、追い打ちのように届いたのがユーリアとヘッセル二人分のお昼のサンドイッチとキッシュだった。


「そんなことはどうでもいい! ユーリア、なんなんだ、店前の惨状は……」


 ジークハルトは上がり框に座ったユーリアの肩を掴んで揺さぶろうという勢いだ。


「うん、あれね。騎士団に被害届をそろそろ出そうかって、思ってたところなの」


 ユーリアの言葉にカイが反応し、ユーリアの隣に座ると「改めて、詳しく聞かせてください」とメモ帳と携帯型のペンを取り出した。


「最初は今から三ヶ月くらい前かな、落ち葉がいっぱいお店の前に撒かれていたの。一か月後にまた同じように落ち葉を撒かれて、段々と撒かれる間隔が短くなってきて……前回から落ち葉と一緒に泥のついた小石が混じり始めて、今回落ち葉入りの泥水になったという感じ」


 カイはうんうんと首を縦に振りつつ、具体的な日時と嫌がらせの内容をメモにとった。


「僕が片付けを手伝った日は、確か落ち葉だけでしたね」


「そうなの、あれから落ち葉の量が二倍くらいに増えて……それから異物が混じるようになった感じ。そろそろ周囲のお店にも迷惑がかかるようになりそうだから、届けを出します」


「それがいいと思う。僕から報告としてあげておくけれど、ユーリアさんには一度騎士団事務局に来て被害届の提出をお願いします」


「わかりました」


 魔法紙店は夜十八時三十分に閉店だけれど、騎士団事務局の受付は二十三時まで開いているというので店を閉めてからでも間に合う。今日の仕事終わりに向かうことをユーリアは約束した。


「店を閉めてユーリアが帰るころはもちろん何もなっていないんだろ? で、朝店に来ると落ち葉がぶち撒かれてると」


 ジークハルトの問いかけに、ユーリアは頷いた。


「夜はヘッセルさんがお酒を飲みに出かけたりしてるみたいなの。でも、お店の前はなにもなっていないって聞いたから……深夜から明け方にやってるのかなって思う」


 ヘッセルは店の二階で寝起きしている。


 店を閉めたあと、夕食を食べに出たり酒を飲みに居酒屋に出かけたりして、深夜に帰宅することもあるのだ。嫌がらせが始まってから、ヘッセルは出かけたときや気になったときに店の周囲を見てまわるのだけれど、今のところ異常があったことはなく、不審者を目撃したこともない。そうユーリアは聞いている。


「ふぅん、じゃあ犯人はとっても早起きなのね。なんだか、犯人の行動と結びつかないわ~」


 ルビーはユーリアが魔法紙を描くときに座っている椅子の上で丸くなっている黒猫、マダム・ナラを撫でながらいった。


「確かにな。店へ嫌がらせ行為をする奴って、結構いるんだけど……大半コソコソと深夜にやってる奴が多い気がする。店の看板に落書きしたり、店の飾りを壊したり、植栽を引っこ抜いたりな。でも、早朝に大量の落ち葉や泥水をぶちまけるって……」


 そういわれると、ユーリアも首を傾げるしかない。


 早朝四時から五時くらいだろうか、徐々に夜が明けて周囲が明るくなってくる中……落ち葉と泥水をせっせと魔法紙店の前にまで運んでくる犯人。


 全員が〝納得できないな~〟という顔をしたところで、ルビーが「ごめん、あたしはお店があるから帰るわ。ユーリア、その話は夜にまたしましょ。お昼はヘッセルさんと一緒に食べてネ」と帰って行き、カイも「あ、これが今回の魔法紙発注書です!」と騎士団からの正式な魔法紙発注依頼書をカウンターに置いた。


 ユーリアは慌てて前回受けた依頼書の魔法紙を取り出し、カイと内容と数量の確認をして間違いがないことの確認が取れた後、受取証にサインを貰う。


 代金は騎士団からユーリアの元へひと月分を纏めて振り込まれることになっているので、作業はこれでおしまいだ。


「では、ユーリアさんありがとうございました。また期日に受け取りに参りますので、よろしくお願いいたします。それから、被害届の件はお願いします!」


 カイは魔法紙の入った箱を抱え、そういって店を出て行く。


 残されたのはユーリアとジークハルトの二人。ユーリアはお茶でも淹れようか、とジークハルトに声をかけようとしたが……本人はとても真剣な顔をして、何かを考え悩んでいるようでとても声などかけられない雰囲気を漂わせていた。

お読み下さりありがとうございます!

イイネ、ブックマークなどの応援をして下さった皆様、誠にありがとうございます。

とてもとても嬉しいです。


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