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2-07

 シュルーム魔道騎士団は、精霊魔法を使うことができる精霊騎士で構成された騎士団だ。精霊魔法を使うことができる人材は少ないため、魔道騎士団は通常の騎士団よりも少人数でこぢんまり纏まっている。


 規模が小さいため、予算は独立しているもののシュルーム騎士団の一部として扱われているのだ。


 騎士団長も事務局長も存在しているが、シュルーム領に所属している全ての騎士を纏め上げる者はシュルーム騎士団長の方であるし、事務方もシュルーム騎士団事務局長が全てを纏めている。


 そんな微妙な立場の違いのせいか、騎士団と魔道騎士団の関係は微妙だ。〝悪い〟わけではないが、〝良い〟わけでもない。


 騎士団に所属する騎士たちは、精霊魔法など使えなくても、剣と魔法が使えて何より大勢の仲間がいるシュルーム騎士団こそ、本物の騎士団である。そういうプライドと誇りをもって日々訓練に励み、領地の人々やこの地を訪れた人たちを守っているのだ。


 対して、魔道騎士団に所属する精霊騎士と魔法使いは一般の人間には使うことができない精霊魔法と強い魔法を使うことができる。魔法を使うことが許された我々こそ、真に選ばれたシュルームの騎士。人数こそ少ないが、少数精鋭という言葉は我らの為にある言葉。精霊魔法と魔法、精霊騎士だけが従えることのできるヒポグリフの力を持って、我らこそがシュルームを守っているのだ。


 領地と領民を思う気持ちは同じでも、微妙に立場と考え方の違う双方は……完全にひとつとは言えない状況にあった。




「……なんかさぁ、この温度差はなんなのって感じがするわけよ」


 シュルーム魔道騎士団の詰所にある休憩室。


 精霊騎士として日々働く精霊騎士たちは、詰所全体に漂う不安に満ちた沈んだ雰囲気の中それぞれにため息をついた。口から零れるそれは、とてもとても深い。


 三週間ほど前、長年騎士団と魔道騎士団双方に魔法紙を納品していた魔法紙師バーナード・ヘッセルが高齢のため引退を考えているとのことで、後任となる魔法紙師の面接と魔法紙の精査試験が行われた。


 後任は年若い半精霊の女性だけれど、アヒレス流魔法紙師として一人前であると認められている。


 訓練場で実際彼女の描いた魔法紙が使われているのを見たけれど、かなりの威力をしていることが見て分かった。だから、その場にいたシュルームの騎士も精霊騎士も魔法使いも「彼女が後任になるのだろう」と確信していたのだ。


 だが、しかし、けれども。


 蓋を開けてみれば、魔法紙師が正式に契約を交わしたのは〝シュルーム騎士団〟とだけであって、〝シュルーム魔道騎士団〟とは契約を交わしていないことが判明した。


「そもそも、なんでウチとはだけ契約してないの? 騎士団の方は契約したんだろ?」


「ああ、騎士団はヘッセル爺さんの後任、ユーリア・ベルさんって名前らしいけど彼女と正式契約した。来週にはもう彼女の描いた巻紙が納品されるらしい。うちは契約してないから、引き続きヘッセル爺さんの描いた巻紙を使うわけだ」


「そうなるよな。でも、これって、結構な問題じゃないか?」


 休憩室に常備されているいつでも無料で飲めるお茶を一気に飲み込み、コップをテーブルに戻す。


「問題?」


「ヘッセル爺さん、もう九十歳越えてるんだぞ? あと何年巻紙を描くことができるっていうんだ。普通に考えたらとっくに引退してる年齢だろ」


「まあ、そのための後任だものな」


「例えば、ヘッセル爺さんがあと五年魔法紙師として仕事をしてくれたとして、その先はどうなる? ヘッセル爺さんはもう巻紙を描かない、後任の魔法紙師と魔道騎士団は契約を結んでいない」


「……巻紙の納品がなくなる?」


「他の街にいる魔法紙師の巻紙を使うことになる?」


 精霊騎士は姿勢を正すように座り直すと、首を縦に振った。


「あの子と契約できなければ、恐らく他の街から巻紙を取り寄せて使うことになる。……今までのように種類豊富にとか、好きな巻紙を選んで使うってことも難しくなるだろうな。必要な巻紙がない、そういうこともあり得るようになるかもよ」


「他所の街から届くってことは、一枚当たりの値段も高くなるのか?」


「当然だろ、輸送費がかかるんだから。今は下っ端がヘッセル爺さんの店に行って、注文してできあがったやつを貰って来てるから巻紙本体の代金だけだ。他所から買うってなれば配送会社の配送料が別途かかるようになる。巻紙の種類や数だって、今は急遽増やして貰うことも可能だけど……それもできなくなるだろうな」


「五年後に? まだその頃俺、ここで働いてるつもりなんだけど」


「馬鹿、五年後は例えだ。ヘッセル爺さんの年齢からすると、三年後かもしれないし、下手すれば一年後、半年後のことかもしれないんだぞ」


「え、ええええ!」


 近い将来に魔導騎士団が直面するだろう、〝魔法紙納品問題〟の現実を理解した精霊騎士たちは悲鳴をあげる。今ある便利なシステムが無くなってしまうのは、辛い。


 そんなの困るよ、なんとかしてよ! 彼らはそう言いたくなった。


「その心配がなくなったんだ、あちらさんがご機嫌なのも……当然だよなぁ」


 訓練場を挟んで反対側にあるシュルーム騎士団詰所。魔道騎士団の詰所よりも大きく、立派な建物(大きいのは人数が多いから、立派なのは三年前に建て直したばかりだから)は安心感と喜びに満ちていた。


 魔法紙についての現実を知れば、騎士団側の雰囲気も理解できる。しかも、後任の魔法紙師は若くて可愛らしい独身の女の子だ。しかも、役場からは「腕の立つ騎士か冒険者と結婚する」ことを推奨されているとかいう話も聞こえてくれば……恋人も婚約者もいない若い騎士たちが浮足立つのも仕方のないことだろう。


「なんで、うちは彼女と契約しなかったんだろうなぁ?」


「さあな? 偉い人と事務局の考えることはわからんよ」


「精霊魔法があるんだから巻紙に頼るなって、そういうこと?」


「いやー、違うだろ。もっと別の……」


 休憩室にある時計がリンリンッとベルを鳴らす。


「おっと、時間だ。行くぞ!」


「休憩時間ってマジ短い! もっと欲しい~」


「えっと、二班と交代で〝蒼羽の森〟だっけ」


「気持ちはわかるけど、さっさと支度しろ」


「そうだ。今からは冒険者ギルドの新人研修をやってるらしいから、その辺りを重点的に見回る予定」


「はい!」


 精霊騎士は四人一組で班を作っており、全部で五班ある。その内一班は休暇、残りの四班で街中と〝蒼羽の森〟周辺を見回ることになっており、その交代時間を知らせるベルなのだ。


 彼らはバタバタとお茶を飲んだカップを片付けると、服装を正しながら休憩室を出て行った。

お読み下さりありがとうございます。

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