2-06
ユーリア・ベルの朝は早い。
朝一番でこなすことは、ユーリアがアンデ素材店への家賃の代わりに行う家事と雑務である。ただ、家賃の代わりという感覚はユーリアにはない。
アンデ家には生まれたばかりの子どもたちが三人もいて、そのお世話に家族全員が天手古舞なのだ。日常生活を送るための家事、赤ちゃんのお世話、素材店の仕事の全てをこなすには、大人の手をフル活用しなくてはいけないのだ。
下宿先であるアンデ素材店で一番早く目を覚まして朝刊を取り込み、お湯を沸かして朝食の下準備をする。支度が整った辺りでアンデ素材店の跡取り息子(?)ルビーがやって来るので、キッチンから洗濯場へ移動する。
洗濯場には大きめの籠が二つと小さな籠が一つ並んでいる。大きな籠の一つには衣類やタオルなど大人の洗濯物が入っていて、もう一つには三人分の予洗いされたおしめが入っており、小さな籠には赤ちゃん用の服や淀かけなどが入っているのだ。
洗濯魔道具を起動させて大人の衣類やタオルを放り込んで動かすと、おしめと手洗いが必要な小物類を手で洗っていく。
手洗いが終わるころ、「朝ごはんできたわよぉ」というルビーの声がかかって朝食をいただく。朝食後、身支度を整えてヘッセルと共に営んでいる魔法紙店へと出勤する、それが朝のルーティーンだ。本当はもう少し手伝いたいのだが、アンデ一家から「これ以上はユーリアの生活を圧迫し過ぎるから」と遠慮されている。
三つ子の面倒をみることは、アンデ一家と下宿人ユーリア総出で行ってもなかなか大変だ。
子育てって本当に大変で、母は偉大な存在だ。ユーリアはそう思っている。
魔法紙店に出勤した後は、店内と店回りの掃除をして看板を出す。それが朝一番の仕事だ。
「……」
『……ユーリア』
店内の掃除を終え、店の外に出たユーリアは現状を見て手にした箒でトントンと地面を叩く。ヘッセルとユーリアの店回りには植物が沢山植えられているし、店の壁にも蔦植物が貼り付くように生えているため落ち葉が多い。そのため、秋は掃除が大変だ。
しかしながら、初夏である今はそんなに落ち葉の類は多くない。多少の落ち葉と花がら、それと一般ごみが多いのだが……店の前には大量の落ち葉があった。しかも、この辺にはない植物の葉だ。
「これって、誰かがわざわざ持って来て店の前に撒いた、のかな?」
『そう、だろう、とおもう、のだ』
数日前にも同じように大量の落ち葉が店の前に撒かれていた。
「だよねぇ……、え、これってさ、嫌がらせ? 嫌がらせだよね?」
『いやあ、どうなんだろう? オレサマにはよくわからないのだ……』
トワは言葉を濁すものの、ユーリアは店へなのかユーリア個人に対してなのかはわからないが、嫌がらせを受けたのだと認識した。
今回は店の前に撒かれた物が季節外れの落ち葉(大量)だったけれど、これがエスカレートしない保証はない。これが生ごみや汚泥になり、いつか小動物の死骸へと変わる可能性はある。
嫌がらせはヘッセル個人に対してではない。彼は長年この場所で魔法紙店を営んでいて、近所の人たちともお客である冒険者や騎士たちとも良好な関係を築いてきている。過去に嫌がらせのひとつも受けたことはないと言っていた。
つまり、この店に来て日の浅いユーリアに対して、と考えるのが自然だ。
「こんな面倒なことしないで、私に言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに」
『それができないから、こうなってるとおもうのだ』
「……そっか、そうだよね」
手にした箒で落ち葉を集め、ゴミ袋の中へと入れていく。店の前から周辺に撒かれた大量の葉っぱにより、新品のゴミ袋はすぐにパンパンになった。
これ以上嫌がらせの内容に拍車がかからないといいな、そんなことを思いながら片付けをしていたせいか、ユーリアは目の前に人が立ったことに気が付かなかった。
「ゆ、ユーリアさん、どうしたんですかこの大量の葉っぱは!」
「え? あ……カイさん、おはようございます」
ユーリアの前に立ったのは、シュルーム騎士団従騎士カイ・クリーゼル。今年成人し、騎士団に入団したばかりの新米だ。そして、シュルーム騎士団から魔法紙の注文とできあがった魔法紙を運ぶ役目を負っている。
『どうしたもこうしたもないのだ。けさここにきたら、たいりょうのはっぱがぶちまけられていたのだ』
「幼稚ではありますが、嫌がらせじゃないですか!」
「やっぱりそうですよね……」
「ユーリアさん、心当たりはありますか? お仕事で揉め事になったとか、不審な人物を見かけたとかは?」
カイの淡褐色の瞳が心配そうに揺れる。
「それが、特に心当たりがないんですよ。だから、逆に不安で」
「そうですか……。それでは、この辺りの巡回を増やすようにします。すみません、今はそのくらいしかできなくて」
「いえいえ、ありがとうございます!」
『ありがとうなのだ。このへんはちあんがふあんていだから、じゅんかいをふやしてくれたらうれしいのだ』
シュルーム騎士団からの魔法紙発注にやってきたカイは、大量の葉っぱの片付けを手伝い、膨らんで重たくなった二つのゴミ袋をゴミ捨て場にまで運んだ。
「もし、嫌がらせが少しでも激化したらすぐに知らせてくださいね?」
「はい」
同じ年の騎士の卵、その溢れる優しさと純粋に心配してくれる気持ちをありがたく受け取り、ユーリアは素直に頷いた。
「すみません、ゴミ捨てまで手伝っていただいて……」
「いえ、ユーリアさんにはうちで使う魔法紙を描いていただいてます。お手伝いできることがあればなんでもするように、そう団長や事務局長からも言われていますから。ヘッセル老もお年でしょう? 力仕事が必要なことがあれば、いつでも言ってください!」
「ありがとうございます、そのときはよろしくお願いします。最近、ヘッセルさんは腰の調子がよくないので、無理してほしくないんですよ」
「そうなんですか……、心配ですね。荷物持ちでも、修理でもなんでも言って下さい!」
「あ、すみません。騎士団からの注文票を持って来てくださったんですよね? お店へどうぞ!」
すっかり片付けられ、一枚の葉っぱもおちていない店前に満足しながら、ユーリアは扉を開けてカイを店内へと案内する。
「……」
その様子を建物の陰から覗いていた人物の視線や気配には、全く気付くことはなかった。
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