2-05
シンッと会議室内に沈黙が下りた。
訓練場からだろう、掛け声や練習用の木剣が打ち合う音、休憩室で話をしているのだろう騎士たちの声が遠くから聞こえる。
「アシェ、どういう意味だ?」
ディートリンデはソファに座り直し、テーブルの上で葡萄を食べるオトモ妖精に訊ねた。
『誓約を伴う魔法っていうのはさ、一種の縛りだよね。あれをしてはいけない、これをしてはいけないっていうさ。だから、罰則に使用されることが多い』
「確かに、罪を犯した人間にかけることが多いね。窃盗犯に手指の数本を二か月動かなくする誓約魔法とか、詐欺師に嘘をつけなくする誓約魔法とか」
エメリヒは首を縦に振り、お茶うけのクッキーに手を伸ばした。他の面々も首を縦に振る。罪人に対する刑罰の一部として、魔法が使われることはよくあることだ。
『そういうこと。あの子にかけられた精霊魔法、たぶん……あの子がなにかいけないことをやってしまって、その罰として生まれてから親元を離れるまでの記憶を封じたんだと思う。でも、確かに罰なんだけど、同時にあの子のために、あの子を守るためにって、そういう想いが感じられた』
「ふむ……要するに、ユーリア嬢は幼いながらになにか罪を犯した。その罪を贖う為と彼女自身を守るために、記憶を封じられている、と」
『たぶん、だよ? 確定じゃない』
「では、あの娘は犯罪者ではありませんか!!」
デリウスの声が室内に響く。
「いくら魔法紙の出来に問題がなくても、本人が犯罪者であってはシュルーム騎士団への仕事を任せることなどできません!!」
「そうですよ、魔道騎士団としてはやはり反対だと言わざるを得ません」
魔道騎士団事務局長に続き、他の魔道騎士団所属の事務局員も声をあげる。
「……そうじゃないってば、ユーリアちゃんは犯罪者じゃないってば」
手についたクッキーの屑をはたき落とすと、エメリヒはカップの紅茶を飲み干した。
「罪を犯したから、その罰として誓約魔法で記憶を失っているのでしょう? 犯罪者で間違いありません」
「だーかーらー、違うってば。ユーリアちゃんは子どものころになにかやっちゃったんだと思うよ? でも、その罪に対して〝家族との記憶を失う〟っていう罰をすでに受けてるの。例えば窃盗犯が二年の服役刑っていう罰を受けて、どこかの刑務施設で二年服役して出所したらもう犯罪者じゃあないよね? それと同じだよ。ユーリアちゃんはもう罪を償ってるの」
「ならば、なんの問題もない」
エメリヒの説明に魔導騎士団側は納得がいっていない様子で顔を顰めたけれど、外部からやって来た二人とシュルーム騎士団側は問題ないと判断した。
「アウラー団長はともかく、デリウス事務局長とそこの事務局員は納得がいかないようだ。……魔道騎士団側が納得できないというのなら、彼女の魔法紙を扱うことを止めればいい」
「カペル総団長!?」
「巻紙は便利な品だ、己の魔力が尽きても使うことができて、自分では扱えない魔法も使うことができて、用途も多岐に渡る。拠点を快適にする物もあれば、体の傷を癒し、戦闘時の切り札になる物もある。騎士団で扱う物は切り札として使われることも多い……その品を信頼できない者が描いたとするのならば、使うことはできないだろう? ならば、魔道騎士団での使用は止めるがいい」
「そんな! ヘッセル老が描いて下さる間はそれでも問題ありませんが、後々あの方が引退したときは……」
デリウスは慌てて言い返すが、カペルはフンッと鼻を鳴らしただけだった。
「自分たちでなんとかするがいい。今回はヘッセル老の後任となる魔法紙師の実力を精査するものた。騎士団としては問題ないと判断するが、魔道騎士団は問題ありと判断するのだろう? 幸い、騎士団と魔道騎士団は我々騎士団側が総括しているが財布は別になっている。彼女の巻紙を無理に使う必要はない」
「で、では、ヘッセル老が引退した後、彼女の魔法紙を使うことは……」
「構わん、好きにするといい。魔道騎士団全体で、彼女の巻紙を使いたいとなれば使うがいいだろう。魔道騎士団の方でベル魔法紙師に〝魔法紙を魔道騎士団に納品してほしい〟と願えばいい。彼女がどう返事をするかは、わからないがな」
「そんな……」
数年後、ヘッセルが魔法紙師を引退したとき、この街で回復魔法以外の魔法紙を描くことができる魔法紙はユーリア・ベルだけになる可能性が高い。ヘッセルが引退するまでの数年間で、一人前となった魔法紙師が新たにやってくる可能性はゼロではないが、かなり低い確率だ。そもそも、魔法紙師の数が少ないのだから。
ヘッセルの魔法紙が手に入らなくなったとき、ユーリアに頭を下げて魔法紙の納品を頼めるか? 頼んだとして、あの娘が「いいですよ!」と引き受けてくれるかどうか。
引き受けては貰えない可能性もあるし、引き受けるに当たって厳しい条件をつけて来る可能性もあり得る。その辺りは完全に未知数だ。
その場合、魔法紙をどのように入手するのかという問題に魔道騎士団は直面する。
「……」
魔道騎士団団長アウラーは困ったような表情を浮かべ、顔色を青くしている事務局長と頬を真っ赤に染めて怒り心頭な事務局員たちを見てため息をついた。
この問題については、魔道騎士団内部でもうひと揉め、ふた揉めすることになるだろう。
それを察したカペルは小さく息を吐いてから、外部からやって来た二人に頭を下げた。
「ベーテル上級魔法使い殿、ロンベルク魔道具師、本日は感謝します。お陰様で優秀な魔法紙師を後継に選ぶことができそうです」
「いやいや、こっちこそ魔道具師ギルドとしては将来有望な魔法紙師を見つけることができてよかったよ! 本当は王都に来てほしいんだけどね。シュルームにあるギルドにはひと言いっておかなくちゃいけないかなぁ」
「私も感謝している。彼女の実力を見ることができたことは実に有意義だった。同じ半精霊として、嬉しく、誇りに思った」
カペルと二人の魔法使いはそれぞれに握手と交わし、〝ユーリア・ベル魔法紙師の魔法紙精査〟の終わりを案に告げていた。騎士団と二人の魔法使いは有意義であり満ち足りた雰囲気であったけれど、魔道騎士団の方は……なんとも、沈んだ雰囲気であった。
その後クリューガー総事務局長の手により、シュルーム騎士団とユーリアの魔法紙納品についての手続きが整えられる。あくまで、シュルーム騎士団とユーリアとの間で契約が交わされただけで、魔道騎士団との間には契約は結ばれていない。
シュルーム騎士団では若き女性魔法紙師がヘッセルの後任になったということで、喜びと引き続き魔法紙が納品される安堵に満ちていた。対して、魔道騎士団の中に「大丈夫なのか?」という不安な雰囲気が流れていたが……その辺りがユーリアの耳に届くことはなかった。
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