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シュルーム騎士団の入っている騎士舎、その中にある大会議室に集まった面々は興奮を抑えきれない様子だ。一部を除いたほぼ全員が高揚した状態で、先ほど訓練場で見た景色を思い出しては満足げな表情を浮かべている。
「あー、いい巻紙だったなぁ……威力も精度も十分あったし! 彼女自身も凄くいい、なんたって希望の魔法紙も描いてくれる! ぜひ王都に移って貰いたいよ。でもって、いっぱい魔法紙を描いて貰いたい」
魔道具ギルドの職員であるエメリヒはそう言い切って、体を投げ出すように一人掛けのソファに座った。その横にある三人掛けソファの真ん中にディートリンデは座り、エメリヒの言葉に頷く。
「それはいい、ユーリア嬢には王都で魔法紙師として活躍して貰いたい。可能なら、王宮付きの魔法紙師になって貰いたいくらいだ」
「え? ええ? それはダメだよ、王宮付きになんてなったら魔道具ギルドから仕事をお願いできなくなっちゃうじゃないか」
「待ってください、お二方。魔法紙師ユーリア・ベル嬢につきましては、我がシュルーム領にて、魔法紙師として活躍していただく方です。冗談であっても、王都への引き抜きの話などなさらないでいただけないでしょうか」
二人の魔法使いが放つ軽い雰囲気の言葉に対してシュルーム騎士団事務局全体を預かる立場にある、総事務局長クリューガーはきっぱりと言った。その言葉にエメリヒは不満げに口をとがらせる。
「えー? でも、シュルームとしては彼女の巻紙を使うの、乗り気じゃないんでしょ。だったらいいじゃない、彼女を中央に頂戴」
「乗り気でないなんて、なぜそのようなことを!」
「違うの? じゃあ、なんで僕たちを呼んであの子の巻紙を精査させたのさ? シュルームとして彼女を王宮付きに推薦する為って言うのならわかるけど、あくまでシュルームの騎士団と魔道騎士団へ巻紙を納品する魔法紙師に相応しいかどうかを判断するだけなら、領内の人材で精査するだけでいいじゃない。それをわざわざ外部の、しかも中央の人間である僕たちに頼むなんて……彼女の粗探しをして、ヘッセル老の後継候補から外したいんだなって思ってたんだよね」
エメリヒはそう言って、メイドがテーブルに用意した紅茶に手を伸ばした。
「同じく、私もそう思っていたよ。ユーリア嬢には騎士団に納品する魔法紙を描く者として、魔法紙の出来栄えか人間性に致命的な欠点があるのだが、推薦者が長年付き合いのあるヘッセル老の推薦ということで邪険にできない。それ故、我らの出番となった……のだと」
「……っそのような、ことはございません」
一瞬だけ、クリューガーは言葉がでなかった。内部で処理できる問題だと言われればその通りであったし、外部の人間に精査を頼んだ時点で〝魔法紙師として不適格である〟ようにシュルーム騎士団は思っていると受け取られても不思議ではなかったから。
「第三者として判断するのなら、彼女の実力には特に問題はない」
「十分過ぎるほどだよ!」
「人間性にも特別問題があるようには見えなかった。素直で正直で、真剣に魔法紙と向き合っている。私の目には少々臆病で世間知らずな部分はあるが気の良い娘のように見えた。となると、なぜ我らに魔法紙師ユーリア・ベルの描く魔法紙の精査を頼んできたのか、理由をお聞かせ願おうか?」
ディートリンデはオレンジ色の強い茶色の瞳を光らせ、騎士団の責任者たちとその事務局を預かる者たちを見据える。
「それは……彼女の生い立ちに不透明な部分があることがわかった為です」
声をあげたのは、魔道騎士団の事務局長を務めるデリウスだった。
「不透明な部分?」
「はい。彼女は八歳で神殿の施設に入っているのですが、彼女にはそれ以前の記憶が全くありません。どこの生まれなのか、家族のことも、なぜ八歳という幼い年齢でひとり施設にやって来たのか、全て不明です」
デリウスはそう言い、隣に立つ事務局員と顔を見合わせ頷きあった。
「しかも、彼女にはなんらかの魔法がかけられている様子です。魔法の影響なのか、去年のある時期までは半精霊であるにも関わらず、オトモ妖精の姿も確認できなかったのです。彼女自身は覚えていない様子ですが、なんらかの問題を抱えた人物であると思われたのです。ですから……外部の方に魔法紙の精査と彼女自身について見極めていただきたかったのです」
「……確かに、彼女には精霊魔法がかけられていた。それは確かだが……」
『あれは、親がかけた誓約魔法だと思うよ』
ディートリンデの肩に乗っているハヤブサの姿をしたオトモ妖精は、主の言葉を補完する。
「親が?」
『たぶん……ユーリア嬢の精霊である方の親がかけたんだと思う。風の精霊力を強く感じるからね』
「では、やはり彼女には問題があるのです! 親から誓約魔法をかけられるなんて。そのような者に騎士団の魔法紙を描かせることに、私たちは反対です」
デリウスは強く主張する。その目は真剣そのものだ。
「私たち、とはどういう意味です?」
クリューガーは、部下であるデリウスに訊ねた。
「魔道騎士団全体の意見、ということです」
「魔道騎士団全体、ということはアウラー魔道騎士団長、あなたも同意ですか?」
「……正直なところ、俺は判断を迷っている」
魔道騎士団として、精霊騎士たちを纏めるローラント・アウラーは両腕を組み、柱に体を預けた。
「彼女の記憶がないこと、幼い頃から神殿の施設に預けられたこと、かけられている魔法について……気にはなる。なにか問題を抱えてるんじゃないか、それがよくない方向に向くんじゃないかっていう事務局側の不安も理解はできる。ただ……」
「ただ?」
「彼女の描く巻紙については全く問題がない、と俺は思った。だから……俺個人としては、彼女の巻紙を使うことについては賛成する。が、立場的に事務局が不安だと訴えることを無視もできない」
騎士団と事務局は一心同体の関係だ。事務局側が不安だといえば、団長としてはそれを無視することもできない。
「……じゃあ、カペル総団長はどう思ったの?」
エメリヒはずっと黙って話を聞いているだけの、シュルームの騎士団の全てを取り纏めている男に視線を向けた。
淡い金色の髪に深い青色の瞳を持つアルバン・カペル騎士団長は、「フム」と小さく頷き、はっきりと言い切った。
「シュルーム騎士団としては、ユーリア・ベル嬢をヘッセル老の後継魔法紙師と認める」
その言葉にクリューガーは安堵の表情を浮かべ、大きく頷く。
「カペル総団長、どうしてですか!? 彼女には不安要素がありますよ!」
「デリウス事務局長、キミが不安に思う気持ちは多少理解できる。だが、彼女の描く巻紙は一流と言って問題ない出来栄えだと、私の目に見えた。精査してくれた魔法使い殿も魔道具師殿のお墨付きもある。騎士団として彼女の巻紙を使用することに問題はない」
「記憶の喪失と誓約魔法という問題が……!」
「記憶がないことについては気の毒だとは思うが、今現在彼女は友人や仲間に恵まれて問題なく生活していると聞く。それに誓約魔法については、彼女の親がどのような理由があってかけたのかは不明だろう」
『そうだね、わからないね。あれはかけた本人と、その場に立ち会った人しかその内容はわからないようになっている魔法だからね。親精霊に聞くしかない』
アシェは翼を広げ、数回羽ばたくとディートリンデの肩から背後にあったテーブルの上に飛び移った。そしてテーブルの上にあった果物籠にある葡萄の一粒を嘴で突く。
『でも僕が思うに、あの子にかけられている魔法はあの子に対する罰だった、のだと思うよ』
そう不安の種になることを、オトモ妖精は呟いた。
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