2-03
「彼女はユーリア・ベル。年齢は十八歳で、今年の春に成人したばかり。まだ若いが、すでに一人前のアヒレス流の魔法紙師として師より認められておる者じゃ」
「風の半精霊ユーリアでございます、この子は私のオトモ妖精でトワです。魔法紙師としてゲラルト・バルテルに師事し、アヒレス流を修めました」
ヘッセルに紹介され、ユーリアは深く頭を下げる。肩に乗っているトワも一緒に頭を下げた、のだけれど体が丸く小さいので頭を下げたのか体を動かしただけなのか、判断はつきにくかった。
シュルーム騎士団と魔道騎士団のメンバーが挨拶をし、最後に満を持してという雰囲気を持って一歩前に出て来た二人、彼らがユーリアの魔法紙を精査する人物だ。
「私はディートリンデ・ベーテル、王宮所属の上級魔法使いだ。私も半精霊という生まれであるから、同じ半精霊であるキミに会えたことは嬉しく思っているよ。こちらは私の半身、アシェという名だ」
『アシェだ。よろしく、風のお嬢さんと同胞よ』
「僕はエメリヒ・ロンベルク、上級魔法使いであり魔道具師だよ。ついでに魔道具師ギルドの職員でもあるんだ。今日は魔道具師ギルドの者として、ベーテル女史と一緒にキミの魔法紙師としての能力を見させて貰うよ。緊張しなくていいから、いつも通りのキミの仕事を見せてほしいな」
審査は王宮魔法使い、もうひとりは魔道具師ギルドの職員が行う。シュルームの騎士団や事務局の人間は、立ち合いと下される結果の確認のためにいるのだという。
「じゃあ、早速キミの描いた魔法紙を見せてくれるかな? それから、質問させて貰うよ」
「は、はい!」
ユーリアは緊張でガチガチになりながら、机の上に並べられた魔法紙について問いかけられる質問に答える。大まかなところから細かなところまで、魔道具師ギルド職員であるエメリヒからの質問は数が多かったけれど、ユーリアは必死に回答していった。
一時間ほど質疑応答が続いていたけれど、質問するのはエメリヒばかりでディートリンデはユーリアに質問することなくただ描き上がった魔法紙の全てをじっと見ているばかり。鋭い内容の質問も怖いけれど、なにも質問されずじっと魔法紙を見られることも怖いとユーリアは感じていた。
「うんうん。いいねいいね、問題は見当たらないどころか、かなり精度の高い魔法紙だ。キミは個人の希望を聞いてその魔法紙を描いてるって聞いたけど、それを今やって貰っていいかな? 僕の言う効果を持った魔法紙を描いてみせてよ」
「は、はい、わかりました!」
ユーリアは用意していた白紙の魔法紙の前に座り、エメリヒの「炎の魔法がいいかな。目標を二回攻撃できる感じで、単体攻撃と全体攻撃とできる……とか。そういうの、描ける?」という希望を聞き、一点物の魔法紙をその場で描き上げた。
エメリヒは「うひょー、本当に希望の魔法紙を目の前で描いてくれるんだね! すごいよ! あ、あとさ、水の中を魔物に向かって進んでから雷が炸裂するような、そういうの描ける!?」と言いだし、ユーリアはかなり悩んで悩んで「どこまで追尾性能がでるかはわかりませんが」と、もう一枚描き上げた。
「わあ、本気で嬉しい。この魔法紙、早く使いたい! あ、あとは、この完成されてる魔法紙を実際に使わせて貰って、効果を確認しよう。で、ベーテル女史、あなたはどうです? なにか質問はないんですか? 描いて貰いたい魔法紙とかは?」
エメリヒに問いかけられ、ディートリンデは手にしていた魔法紙から顔をあげた。そしてにっこりと笑う。
「……特に質問はない、魔法紙に描かれた魔法陣に全てが現れているからな。彼女の描く魔法陣は緻密で美しい、魔法使いの目で見た魔法陣が美しく洗練されていることは、その効果が高いということだ。それに魔法陣に乗っている魔力も、とても安定しているのを感じるよ」
上級魔法使いであるディートリンデに褒められ、ユーリアは嬉しくなった。
師匠であるバルテルも兄弟子も、ユーリアの描く魔法紙について不備がないかどうかは確認するものの、美しいなどといってくれたことなどない。安定して高い効果を発揮する魔法陣を正確に描くことは、当たり前であったからだ。
バルテルの妻やルビー、同じ神殿で暮らす半精霊の仲間たちや神殿のマザーはユーリアの描く魔法陣を「綺麗」だとか「美しい」と褒めてくれたものの……あくまで身内の目線だ。身内から褒められることは嬉しいには嬉しいが、全くの第三者でしかも上級魔法使いに褒めて貰えたことは別格の喜びを感じた。
「そういえば、寝袋にムカデが入って来ない魔法紙があるそうだな? あれの、全ての虫や小動物版がほしいのだが……描けるか?」
ユーリアは嬉しさのあまり「はい、喜んで!」と大きな声で返事をして、ムカデが寝袋に入って来ない魔法紙と一緒に、彼女の天幕にディートリンデと彼女が認めた者以外の何者も入ることができないという魔法紙を別に描き上げた。すると「なんと素晴らしい! これで私の荷物や金をちょろまかそうとする者や、夜這いをかけようとする不届きものも排除できるではないか!」と大喜びされ、一層嬉しくて感激した。
「自信を持つがいい。ユーリア嬢、キミは精密で美しい魔法陣を描く魔法紙師だ」
「あ、ありがとうございます……ありがとうございます!」
感激に体が震える。
「ヘッセル老、彼女は優秀だよ。私の目には、あなたの後を引き継ぐ者として相応しい魔法紙師に見える」
「……!」
「ありがとうございます、ベーテル上級魔法使い様。儂もそう思っております」
ユーリアの目から堪えきれない涙が溢れて零れた。
こんな場所で泣くなんて、と自分でも思っているし実際事務局員からは「泣かない! 失礼でしょうっ」と叱られてしまったけれど……認められたことに感動してしまい、涙はなかなか止まってくれなかった。
石積みの壁で囲まれた騎士団の訓練場では、ドカンとかバキッとかいう大きな爆発音や炸裂音が響く。その度に周囲に集まって見学している騎士や役人たちから声が上がった。
訓練場に配置された木と鉄を組みあわせて作られた敵を模したハリボテは、四足歩行の魔物の形をしている。
それらはすぐに壊れてしまわないよう強化魔法がかけてあり、普段は騎士たちの剣や魔法を受けていた。けれどその魔物型のハリボテは今、ユーリアの描いた魔法紙から発動される魔法を受け止めている。
炎の球、氷の剣、雷の槍など、それらの魔法を受け止める度に木片や鉄片が飛び散って、地面に転がった。それを見守っているシュルーム騎士団の関係者たちも、その威力と精度に満足そうだ。
テンションのあがったエメリヒが手にした魔法紙を解き放つ。魔法紙に描かれていた魔法陣が発動し、巨大な炎の槍が六本形成されると、一斉にハリボテに向かって飛んだ。
轟音を響かせ、牛のような形に作られていたハリボテの半分が消し飛び、ひと際大きな歓声があがる。
「……いいね、あの的にはかなり強固な防御魔法がかけられているのだが、それを破ってのあの破壊力。キミの描いた魔法紙の威力も精度も充分だ」
ディートリンデと並び、防護柵の外側から魔法紙の様子を見ていたユーリアは何度目かの言葉をようやく素直に受け取れるようになっていた。
「ありがとうございます、そういっていただけると励みになります」
「少し立ち入ったことを聞いてもよいか? ユーリア嬢、キミはすでに一人前の魔法紙師だがあまりに年齢が若い、若過ぎる。なにか事情があったのではないか?」
「ベーテル様……」
「私も半精霊だからな、半精霊たちが経験する幼い頃の苦労は身をもって知っている。事情を抱えている者が多いことも知っている。キミの生い立ちのことは、ヘッセル老の後継問題には一切関係がないから安心してくれ。その若さで一人前の魔法紙師になれるということは、通常ならばあり得ないほど幼いうちから修行を始めたのだろう?」
「それは……」
ユーリアは言葉を選びながら語った。自分の若すぎる年齢での独立に不審感を抱くのは当然だと思ったから。
大まかにユーリアが自身の過去を語り終えた頃には、エメリヒによる魔法紙の試し打ちも終わっていた。
訓練場に並べられていたハリボテの全てが半壊もしくは全壊の状態になっており、事務局の職員たちが「修繕予算がっ!」と顔色を青くして悲鳴をあげて、やらかしてしまったエメリヒが深く頭を下げる姿があったのだった。
後日、ヘッセルとユーリアの営む魔法紙店にシュルーム領主から一通の書簡が届いた。
そこには〝シュルーム騎士団への魔法紙の納品をお願いする。正式に契約を交わすため、シュルーム騎士団総事務局へ来られたし〟と書かれており、同時に〝シュルーム魔道騎士団への納品については、保留とする〟とも書かれていた。
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