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2-02

「儂が騎士団へ巻紙を納めることが決まった時は、こんな仰々しいことはなかったんじゃがなぁ。数枚見本になる巻紙、炎と水と風の攻撃魔法を描いた巻紙を一枚ずつ出して、訓練場で実際にそれを使って確認しただけだったんじゃが」


 ヘッセルはシュルーム役場の中にある中会議室の椅子に座り、顎鬚を扱いた。


『それって、なんねんまえのはなしなのだ?』


 ユーリアの頭の上にいる小鳥の姿をしたオトモ妖精のトワがそう尋ねれば、ヘッセルはなにかを思い出すように首を傾げる。


「ううん……五十年、いや六十年ほど前じゃろうか」


『そこまでむかしのはなしだと、やりかたがかわっててもふしぎじゃないとおもうのだが、オレサマだけがそうおもうのか?』


「そうね。……まあでも、昔がどうであっても、今のやり方でやるしかないからね?」


 ユーリアは苦笑いを浮かべながら、会議用の長テーブルの上に準備してきた魔法紙を並べる。丸く纏められ、開けば魔法が発動する状態のものと、纏める前の魔法陣を描き上げた状態のものと、なにも描いていない白紙のものだ。


 これら全てはユーリアが描き上げたもので、他所から来た魔法使いと魔道具師が精度や威力など騎士団が使用するのに適したものであるかどうかを精査することになっている。


 並んでいるのは自分が学んだ知識を活かし、丁寧に描きあげた魔法紙ばかりだ。現状、これ以上の品質の魔法紙はユーリアには描けないというレベルの物を持ってきているものの……第三者に試験されるのは初めてで緊張する。


 この試験結果によっては、騎士団への納品は生涯出来ないことになる可能性もある。今はまだ納品できるレベルに達していなくても、数年の後また試験をして確認して貰えると思って貰いたい。


 そう思うと、手が震えるほど緊張する。


「それは、そうなのだが……パシュもそんな試験はやっていないといっていたしな」


『なら、これがはじまったのはついさいきんなんだろうな』


 パシュの描き上げる回復魔法の魔法紙も、ヘッセルの描く攻撃魔法の魔法紙と共にシュルーム騎士団と魔道騎士団に納品されている。彼女も特に試験らしい試験は受けていないとのことなので、トワが言うようについ最近始まった制度なのかもしれないとユーリアは頷いた。


 昔は試験がなくていいなぁと思う気持ちはあるけれど、それを嘆いてもどうにもならない。


「失礼します。シュルーム騎士団副団長と事務局長、魔道騎士団長と事務局長と事務官、それから魔法紙の確認をしていただくおふたりが入室されますが、準備は大丈夫ですか?」


 中会議室の開かれっぱなしの扉をノックしながら、役人のひとりが声をかけてきた。ユーリアは「は、はい、大丈夫です!」と返事をしながらゴクリと唾を飲み込んだ。しかしながら、緊張で喉がカラカラになっていたため……実際には空気を飲み込んだだけで終わってしまった。




 ユーリアが緊張しながら空気を飲み込んで後、やって来ると宣言されていた人たちが中会議室に入室した。彼らの間にある空気は和やかではあったけれど、ユーリアは背中に汗をびっしりとかいていてガチガチに緊張している。


「ヘッセル老、ご無沙汰している。魔法紙については、いつも無理を言ってすまない」


「副団長殿、そう思われるのでしたらばそろそろ老人をこき使うのを控えていただきたいものですなぁ……最近は目も霞んで手も震えることが増えた。なにより、儂の魔力が減って以前のように魔法紙を描くことは難しい」


「そんな、ことは……」


「ヘッセル老、そんなことおっしゃらないで……」


 騎士団副団長と魔道騎士団長が声をそろえるも、ヘッセルは首を左右に振ってふたりの言葉を遮った。


「残念じゃが、事実として受け止めてほしい。儂は九十歳を過ぎておる、本当なら二十年も前に引退していた身じゃぞ。儂の後を引き継ぐはずじゃった息子がいなくなった後、儂は新しく弟子をとり後任を育てることをしなかった……」


 魔法紙師として一人前になった者には、弟子を取り育てることが求められる。それは義務ではないけれど、業界の中では暗黙の了解で〝新しい魔法紙師を育てることは当然〟と思われているからだ。


 ユーリアの師であるバルテルも自身の息子、ユーリア、妻の姪であるアンネの三人を弟子とした。息子とユーリアはすでに一人前の魔法紙師となり、アンネは破門となってしまったが一応は弟子であった。回復魔法専門の魔法紙師であるパシュも、現在弟子を二人育てている最中だ。


 本来ならヘッセルも、ファビアンのことがあってもなくても他に二人か三人ほど弟子を迎えて、魔法紙師として育てていることが求められていた。


「……弟子の話は何度かあった、だが、儂はそれを全て断った。弟子を育てておったら息子を探す時間が無くなる……そういう、自身の都合だけでな。それは儂の勝手で怠慢じゃ、それ故魔力が尽きるまで己で魔法紙を描いてきた。じゃが、それも限界が近付いてきておる。近いうちに、儂は騎士団が求めるレベルの魔法紙やギルドが定めた魔法紙レベルの魔法紙を描くことができなくなるじゃろう」


 ヘッセルは数歩彼らから距離を取ると、深く頭を下げた。


「次の者にこの任を引き継ぐことを、お許し願いたい」


「……ヘッセル老」


 スッと一歩前に出て来たのは燃えるような赤い髪を持ち、夕焼けを写しとったような色のローブを纏った魔法使い。身長よりも長い杖の先には、紫色の宝石が輝いている。そしてその肩には、明るい茶色と白色の羽を持つハヤブサの姿をした妖精が乗っていた。


「なるほど、確かに後任の魔法紙師が早急に必要だな。聞けば、後任候補者は半年前からヘッセル氏と共に魔法紙店で働き、ギルドでの評価も冒険者たちからの評価も高いと聞いている。それなのに、試験の話がこんなに遅くなった理由はなんだ?」


 長い赤髪を揺らし、魔法使いは騎士団副団長と魔道騎士団長の顔を順に見つめた。


「私はまだその必要がない、と聞いていたのだ」


「ああ、ヘッセル老の魔力がここまで弱くなっているとは、聞いていなかったのだ。まだ五年、十年は大丈夫だろうと」


 シュルーム騎士団の副団長と魔道騎士団長は揃って答えた。


「……へぇ、それって、誰から聞いてたの?」


 赤髪の魔法使いの後ろから、声があがった。


 同じく魔法使いのローブを纏っているけれど、色は夜のような深い藍色、手にしている杖は五十センチほどの短いものだ。ローブと同じ黒に近い藍色の髪に、水のように透き通った青色の瞳が輝く。


「私自身は魔道騎士団のデリウス事務局長からそう聞いていたが。デリウス事務局長、あなたはなぜそう判断していたんだ?」


 副団長の問いかけに、魔道騎士団の事務局長は慌てた。


「じ、事務官からそう報告を受けておりましたので、そのまま報告しておりました……」


「へぇぇ、なんの確認もしないで聞いたからってそのまま報告してたんだ? へぇ、シュルーム領は〝蒼羽の森〟があるけど管理が行き届いていて穏やかだって聞いてたけど、平和ボケしちゃってるのかな? さすがに、もう少し気を引き締めた方がいいんじゃない?」


 両事務局長と事務官は「申し訳ありません」と頭を下げ、騎士団副団長と魔道騎士団長の両名は苦虫をかみつぶしたような顔をした。そして魔法使いとヘッセル、そしてユーリアを順に目に入れると軽く頭を下げた。


「まあ、平和ボケしているとか、騎士団や事務局内部がどうなっているかは別の問題だ。今日、この場で行われるべきは、魔法紙師バーナード・ヘッセル氏の後任候補者が、彼の後任足り得るか否かの判定だろう」


 赤い色の魔法使いの言葉に、ユーリアとその頭の上にいるオトモ妖精トワに全員の視線が集中し……ユーリアは息を飲んだ。

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