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04

 ルーゲ隊長は制服の胸ポケットから小さな記録結晶を取り出した。

 濃い黄色に輝く六角形の柱状をした記録水晶は、投影魔道具にセットすることで記録した映像と音声を見ることが出来る。


「これは、バルテル魔法紙店の倉庫の様子を記録していた水晶だ。倉庫はあまり人目がないから、作業中の事故や女性であるユーリア嬢が危険に晒されないように、とバルテル氏が設置したものだ」


 室内にまだ年若い警備隊員が入って来ると、机の上に投影魔道具を設置した。魔道具の上部にある蓋を開け、その中に記録水晶を入れると蓋を戻す。水晶を入れて魔道具を起動すれば、取調室の白い壁に映像が投影された。


 そこはバルテル魔法紙店の倉庫で、大きな白紙の魔法紙や専用のインク、封蝋用の蝋などが種類別に整然と並んでいる。


 壁に掛けられた時計は十六時を少し回っていて、誰もいない倉庫をただ映していた。変化があったのは十六時半ごろ……ひとりの少女が倉庫に入って来た。


 バルテルの妻の姪、アンネだ。


 アンネはきょろきょろと周囲を見渡し、店舗にいるだろう伯母の様子を伺ってから、ロール状になった白紙の魔法紙に近づく。そして、スカートのポケットから取り出した小瓶の中身を白紙の魔法紙に振りかけ、指先に生み出した魔法の炎を放った。


 紙屑をゴミ箱に入れるように、ポイッと炎をロール状の白紙魔法紙の上に放つ。炎はロールの上に広がり、徐々に大きく育っていく。


 炎が魔法紙にしっかりと燃え広がったのを確認したアンネは、倉庫から足早に店舗の方へと戻って行った。


 その後、炎は倉庫にあった備品にも広がり、あっという間に倉庫中を火の海として、隣にある作業部屋にも炎は広がっていく。


「……あの子、なんてことを!」 


 ルビーが叫んだ。


 ユーリアは呆然と投影された映像を見る。

 自分が育ち多くを学んだ店が、大切な素材が、描きあがった魔法紙が、炎に飲み込まれていく様子は現実味がない。


「そ、そんな……アンネさんが? どうして……」


 ヨナタンは顔色を失い、繰り返される映像を見ながらつぶやいた。


 記録水晶に記録された映像や音声を加工することは、今の魔道具技術では出来ない。この映像は紛れもない事実だった。


「放火犯である娘は捕らえて、すでに地下牢に入れている。動機については取り調べ中だ。どんな理由があったとしても、放火は重罪だ……かなり重たい刑が言い渡されるだろう」


 放心状態になったユーリアの肩を、ルーゲ隊長が優しく擦った。何度か擦って貰って、ユーリアは小さく頷いた。


「バルテル氏は重度の火傷を負って、意識がなかったのだが今は意識も戻っている。治癒魔法が効いていて、二週間ほどで退院出来るそうだよ。彼がキミに会いたいと言っていたから、病院に行くといい」


「…………はい」


 ユーリアはルビーに促されて取調室を出るまで、繰り返し放火から倉庫と作業部屋が全焼するまでの映像をみて呆然としていた。



 * 〇 *



 レヴェ村には大きめな病院が一件、個人の治癒魔法使いが営む治療院が二件、薬師が営む薬屋が二件あり村人や冒険者たちの健康管理を担っている。


 師匠であるバルテルが火傷で運び込まれたのは病院で、重度の火傷を負い運び込まれたときは意識不明だったという。今は治癒魔法による治療を終えて、自然治癒に任せる状態になっているらしい。


 受付で一階の一番奥の部屋だと受付で教えて貰うと、壁には風景画や花の絵などが飾られている白一色の廊下を進み、ユーリアは病室に向かった。


 病室の扉は開け放たれていて、ベッドで上半身を起こしたバルテルとすぐに目が合った。妻であるヘルマは、持ち込んだらしい洗濯物を畳んで棚に片付けていて、ユーリアの顔を見ると表情を曇らせた。


「……失礼します」


「お帰り、ユーリア。エラは無事にお師匠様の所に行けたかい? 皆で楽しく過ごせたかい?」


 まるで何事もなかったかのように声を掛けられて、ユーリアは込み上げて来るものをぐっと堪えた。


「ただいま戻りました、休暇をいただきありがとうございました。エラは無事に薬師様と隣村へ行き、薬師様とルビーと四人で楽しい時間を過ごさせて貰いました」


「そうか、それは良かった」


 そう穏やかに言うバルテルの体には包帯が巻かれ、頬には大きなガーゼが貼り付けられ、室内には消毒液と薬の匂いが漂う。


「話は聞いたかい?」


「……はい。その、大変なことになってしまって……」


「そうだね。アーデルとおまえが村を出ていて良かった。店はなくなったが、私以外誰も傷付かなくて本当に良かったよ」


「師匠……」


 手で近くに座るように合図され、部屋に備え付けられた椅子を引き寄せてユーリアはベッド脇に座った。


「今回のこと、おまえは関係がないのだから気にしなくていい」


「でもっ」


「アンネがどうしてこんなことをしたのか、聞いているかい?」


 膝の上に置いた手をぎゅっと握り込みながら「いいえ」と答えれば、バルテルの包帯に覆われた大きな手がユーリアの手を軽く叩いた。


「力を抜きなさい。魔法紙師が手を傷つけてはいけない」


 窓にかけられた白いカーテンが風にふわりと揺れ、バルテルの栗色の髪とユーリアのオリーブアッシュの髪を揺らした。その風に乗って、病院の前庭で過ごす人や機能回復訓練中の人の楽しそうな声が入って来る。


 それだけ聞いていたら、火事が起きて店が燃えたことが嘘のようだ。


「アンネはね、おまえに嫉妬していたんだ」


「え?」


「アンネは十五歳、おまえと二歳しか違わない。けれど、魔法紙師としての腕前は全く違う。おまえは十の頃から修行しているのだから、違って当然だ。けれど、力量の差に嫉妬した」


 弟子入りして二か月のアンネと七年のユーリア、腕前が違って当然であって比べる方が間違っている。だから、ユーリアには理解が出来なかった……嫉妬の理由が思い浮かばない。 


 アンネは整った顔をしてはちみつ色の巻き毛も手伝って、お人形のように可愛らしい容姿をしている。魔法紙を買いにやって来る旅人や冒険者たちにも「かわいい」と人気がある。ユーリアが店番をしていると店外から分かると入店をやめ、アンネに代わるとやって来る人が大勢いるくらいだ。


 魔法紙師としてやっていけるのかどうなのかは分からないけれど、自分の家族がいて、弟子として引き受けてくれる親戚もいて、レヴェ村の人たちや冒険者たちにも可愛がられている。


 ユーリアに嫉妬する要素など、無いように思えた。

お読み下さりありがとうございます。

評価、イイネ、ブックマークなどの応援をして下さった皆様、本当にありがとうございます。



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