37
お湯を使って寝る支度を整えてベッドに潜り込んだユーリアは、体が重たくベッドマットに沈んでいくような感覚を覚える。夕食会は楽しくて夕食も美味しいものばかりだったけれど、人が大勢集まって食事を共にするということに慣れていないユーリアは疲れていた。
ベッドサイトの小さなテーブルに乗ったランプに手を伸ばす。
「トワ、灯りを消すよ」
『……』
タオルを敷き詰めた籠は作業机の上にあり、トワはその中に納まっていたはずなのに……籠から飛び立つとユーリアの枕に着地した。
「トワ?」
『……ごめんなのだ、ユーリア』
「え?」
枕に頭を乗せていたユーリアの頬にトワの羽毛が触れる。もっふりとした羽毛がぐりぐりと頬に押し付けられた。
「どうしたの、トワ」
『ごめんなのだ、ごめんなのだ』
「と、トワ……うぷっ……」
もふもふとした羽毛がユーリアの鼻や口に押し付けられ、鼻はむずむずし口の中に小さな羽毛が入り込む。更に体を押し付けようとするトワをそっと押しとどめ、目にしたオトモ妖精はポロポロと涙を零していた。
「……トワ」
『まさか、あんなことになるとは……オレサマもセイヤクマホウをかけたあのおかたもおもっていなかったのだ』
「あんなことって」
『たとえオレサマのすがたがなくても、ユーリアがはんぶんせいれいであることはわかるのだ。ユーリアがはいったしせつには、おなじたちばのはんせいれいがいっぱいいるのだから、みんなでたのしくくらせると……おもってうたがっていなかったのだ』
「ああ……」
ユーリアが最初に入った施設には大勢の半精霊が暮らしていた。裕福な家の半精霊も、貴族階級の半精霊もいて賑やかだったことをユーリアは覚えている。それと同じくらい、嫌な思いをしたことも覚えている。
『オレサマのすがたがみえていたら、オレサマがてだすけできていたら……ユーリアにさびしいおもいも、つらいおもいもさせなかったのに。みているしかできなかったのだ』
「トワ……」
『ごめんなのだ。なんどもいじわるをやめさせて、わるぐちをいうムスメたちのかおをひっかいて、かみをむしってやろうとしたのだ。オレサマのユーリアになにをするっていってやりたかったのだ! でも……オレサマはからだがなくて、なにもできなかったのだ』
「もう済んだことだよ。それにレヴェ村では穏やかに暮らしてた。魔法紙師の修行は大変だったけど、思い返せば凄く充実していたしね」
レヴェ村にある小さな施設では半精霊の数は少なくて、全員が家族のように暮らした。オトモ妖精がいないことを揶揄ってきた子もいたけれど、飽きたのかすぐに止まった。村の人たちは「珍しいねぇ」とか「こんな小さなころから大変だねぇ」とユーリアの前ではその程度で済ませてくれたので開き直って「そうなの!」と言って終わらせた。
成長すればオトモ妖精がいないことも、半精霊なのに魔法が一切使えないことも皆忘れてしまったようで、普通の少女として扱ってくれていた。
「もう、いいんだよ」
『……ユーリア、しんじてほしいのだ』
「なにを?」
『オレサマも、セイヤクしたあのおかたもユーリアにしあわせにくらしてほしかったのだ。つらいおもいをさせたかったわけじゃないのだ。まさかオレサマがいないことと、はやいだんかいでしせつにはいるということが……ユーリアをこりつさせることになるなんて、おもわなかったのだ』
ユーリアの手にトワの涙が幾つも落ちた。
今日、ユーリアが分かったことがたくさんある。分からないこともたくさんあるけれど、今日分かったことに関してはユーリアにとって良いことばかりだった。
寂しく苦しい思いをした少女の頃をオトモ妖精は怒って、謝ってくれた。それだけでも、嬉しい。
「トワ、ありがと。昔のことはもういいよ、謝らないで。これからは一緒にいてくれるんでしょ?」
『もちろんなのだ! オレサマとユーリアは、ずっとずっといっしょなのだ』
再びトワのもふもふとした羽毛がユーリアの頬に押し付けられた。その柔らかさと温かさは、ユーリアを穏やかな気持ちにしてくれる。
この小さくて可愛らしいけれど気の強いオトモ妖精は、この先ずっとユーリアと共にある。ひとつの命を分かち合い、命の火が消えるその瞬間まで……ユーリアとトワは一緒なのだ。
『……オレサマがふうじられたことで、ユーリアのまほうがつかえなくなったことも、よそうがいだったのだ』
「え……私に魔力があっても魔法を発動出来ないのって、トワが封じられていたたからなの?」
『たぶん、そうなのだ。それまで、ユーリアはかんたんなまほうをむいしきでつかえていたのだ。イリエクロダイルにおそわれたときだって、まほうであのおとこをまもりながらイリエクロダイルをたいじしたのだ』
ジークハルトも同じようなことを言っていたことを思い出す。
川遊びをしているとき、イリエクロダイルというワニ魔獣に襲われた幼いジークハルトとユーリア。ジークハルトを守りながら、ワニ魔獣をユーリアが魔法でやっつけたのだという。 その辺りの記憶は定かではないけれど、ジークハルトもオトモ妖精もそういうのだから現実なのだろう。
その後、ユーリアはなんらかの精霊魔法をかけられて記憶とオトモ妖精を封じられた。オトモ妖精が封じられたことで、魔力は沢山あるのに魔法が発動しないというおかしなことになったらしいけれど……これは想定外の事象であったようだ。
「じゃ、じゃあ……トワがここにいるということは、私、魔法が使えるようになった?」
『つかえる……とおもうのだ。ただ、れんしゅうとべんきょうがひつようになるとおもうのだ』
「そっか。それなら、魔法の勉強もしなくちゃだね。この街で生きていくための常識の勉強も続けるように言われてるし。明日からまた忙しいね、トワ」
『いそがしいのはいいことなのだ。でも、ゆうせんじゅんいをきめてじゅんじょよくやってかなくちゃだめなのだ』
「……うん」
ユーリアは目を閉じ、あくびをした。時刻は深夜をとっくに過ぎている。
『いろいろあるけど、ぜんぶあしたおきてからなのだ』
「うん。おや、すみ、トワ……また……あし…………」
すうっと眠りに入ってしまったユーリアを確認してから、トワは消されなかったランプに近づいて嘴で器用に灯りを消した。トワは自分の寝床ではなく、ユーリアの頬にぴったりと体を寄せて目を閉じた。
『おやすみ、ユーリア。またあした、なのだ』
お読み下さりありがとうございます。
評価、イイネ、ブックマークなどの応援をして下さった皆様、本当にありがとうございます。
ひらがないっぱいで読み難くてすみません……漢字って偉大ですね……
【お知らせ】
2023年12月8日(金)
「宰相補佐と黒騎士の契約結婚と離婚とその後2 ~辺境の地で二人は夫婦をやり直す~」
DERノベルス様より紙書籍・電子書籍が発売されます!
WEB版から大きく改稿しました1巻の終わりから3か月後のふたりの物語として2巻は展開致します。
1.2巻でシリーズ完結となりますので、よろしくお願い致します。
購入特典につきましては、レーベルサイト様or活動報告をご覧くださいませ。




