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聞き慣れない声が響き、ジークハルトもユーリアも驚いて固まった。
「なになに、どうしたの? なにがあったの?」
台所で片付けをしていたルビーも慌ててテラスにやって来る。
そこには手すり側に立つユーリアと、大分距離を取って鼻とお腹を押さえているジークハルト、そしてジークハルトからユーリアを庇うように立ち塞がる小さく丸い小鳥の姿があった。
『オレサマのめがくろいうちは、ムスメにははねいちまいもちかづけさせないのだ! いいな!』
小鳥はそう言ってから、ユーリアの頭の上のちょこんっと降りる。
ユーリアの髪を整えながら自分の居場所を確保したのは、先ほどまで籠の中で眠っていたオトモ妖精だ。白色の体と黒色の翼、まん丸いフォルムは見間違えようがない。
「なあに、コレ? どういうこと?」
ルビーは再度ユーリアと頭の上に乗っているオトモ妖精、鼻を赤くしているジークハルトを見比べた。
「分かんない。突然目を覚ましたこの子が飛び出して、ジークに体当たりしたとしか言いようがない」
「この鳥が突然体当たりして来たんだ……痛ったらない」
『こいつがうちのムスメにちかづいたからはいじょした、それだけなのだ!』
小さな翼を広げ、オトモ妖精はジークハルトを威嚇する。
威嚇はしているのだけれど、本人の体が小さいことと、ムクムクとした丸い体形の小鳥姿であることも手伝って恐ろしさは全くない。ただただ、可愛らしいだけだ。
「えっと、その前に、あなたは……ユーリアのオトモ妖精さん、でいいのかしら?」
『おお、そうだぞ。オレサマはこのムスメのオトモヨウセイ、トワだ。トワサマとよんでいいぞ、おおきなオトメよ』
「……オトメ、おとめ、乙女。……乙女ですって! 流石はオトモ妖精、見る目があるわ。いえ、トワ様に見る目があるのね」
ルビーは自分を見た妖精が〝乙女〟であると自分を呼んだことに満足した様子で(大きな、という言葉が付いていたことは無視している)にっこりと笑みを浮かべた。
『おお! オトメはオレサマのすばらしさがわかるのだな、オトメはシンジツをみぬくちからがあるのだ。すばらしい!』
「んまああ。流石トワ様! 眠る前にお茶でもって思っていたのよ。トワ様、クッキーはお好きかしら?」
『クッキー? すきだ! きのみのはいっているものがいちばんすきなのだが、かんそうしたくだものがはいっているものもすきなのだ』
「どっちもあるわよ。寝る前に飲む薬草入りのお茶を淹れていただきましょうね」
『おお、すばらしいのだ!』
オトモ妖精トワはユーリアの頭の上から飛び立ち、ルビーの肩に停まった。ご機嫌な一人と一羽は足取りも軽く台所に移動し、お茶の用意を始める。
「……」
「なんなんだ、あれは」
「さあ?」
二人は手際よくお湯を沸かし、ティーポットに茶葉を入れ、二種類のクッキーを皿に盛り付けているルビーと、その行動を逐一褒め称えるオトモ妖精の姿を呆然と見つめた。
「ユーリアたちも中に入りなさいな、お茶にしましょ。夜の外は冷え込むわよ、扉を閉めてカーテンも引いてちょうだい」
すっかり片付いたテーブルにティーセットとクッキーが並ぶ。
「……中に入ろう、ユーリア。分からないことはあの丸っこい妖精に聞けばいいさ」
「そう、だね」
ユーリアは空っぽになった籠を手にし、ウッドテラスから居間へと入った。
眠っていたオトモ妖精が目を覚ました。想像していたような性格ではなくて驚いたけれど、元気に飛び回ってくれることは嬉しく思う。
目を覚ました妖精が寝床にしていた籠は、当然軽くなってユーリアの手にある。
『ユーリア、はやくくるのだ! オレサマとクッキーをたべるのだ!』
その軽さが少しだけ寂しいように感じられたけれど、元気な様子を見ればその寂しさは一瞬で消えてしまったのだった。
* 〇 *
「トワ、あなたは私のオトモ妖精、で間違いないよね?」
『まちがいないのだ。……ユーリアにはわかるだろう、オレサマとユーリアはつながっていると』
皿に乗せられて、小さく割られたクッキーを突きながらオトモ妖精トワは言った。その言葉にユーリアは頷く。
確かにトワとユーリアの間には繋がりを感じる。魔力や気力、生命力といった力の全てが切れない糸で繋がっている、そういった感覚があるのだ。
そして二人を繋いでいる糸が切れたとき、お互いに命を失うのだろうということも感覚的に理解出来た。
「じゃあ、トワ様はどうしてユーリアの側にいなかったの? オトモ妖精は半精霊といつも一緒にいるものでしょ。アタシ、ユーリアとの付き合いはほどほどに長いけれど、今の今までトワ様に会ったことなかったんだけど?」
ルビーは消化を促すハーブを混ぜ込んだ紅茶を全員に淹れ、それをゆっくりと口に含んだ。
『オレサマはユーリアのそばにいたのだ。ずっと、そばにいたのだ』
「姿がなかっただろう? ユーリアだって〝自分にオトモ妖精はいない〟って認識だった」
『それは……ジジョウがあったのだ。オレサマにもどうにもできないジジョウがあって、オレサマはだれのめにもみえず、ユーリアをたすけることもできない、そんなふうになっていたのだ。でも、すがたはみえなくともそばにはいたのだ』
トワはクッキーを突くのを止め、しょんぼりと俯いた。
「その事情とはなんだ?」
ジークハルトが訊ねるも、トワは首を横に振るばかりだ。
『それをはなすことはできないのだ』
「どうして?」
『そういう……セイヤクなのだ』
誓約、というあまり聞き慣れない言葉に全員が顔を見合わせる。
オトモ妖精や精霊は人間ではないため、基本的に人の作った生きるためのルール、法律に縛られない。人間を伴侶とした精霊ならともかく、妖精たちは約束事とは無縁だ。
「誰と、どのような誓約を?」
『だから、はなせないのだ!』
トワはそう強く言って、ジークハルトの左手を突いた。それはもう、ジークハルトの手の甲に穴が開きそうなほど強く、勢いよく突いたのだった。
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