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ユーリアが〝蒼羽の森〟で見つけた遺骨は、バーナード・ヘッセルの息子ファビアンであると魔術鑑定の末に証明された。持ち物もファビアン本人の品で、身に付けていた腕輪は妻と結婚した際作ったものだという確認も取れた。
二十年前に行方不明となり、死亡説や他の街に移住した説など様々な憶測があったファビアンの失踪だったが……蓋を開けてみれば〝蒼羽の森〟での死亡という結末に着地したのだ。
ファビアンが倒れていた場所は調査の結果、古い宗教の神殿跡であることが判明した。
オルダール国が出来る前、この地域にはとある大きな宗教国家が存在していた。
その国が崇めていた神へ祈りを捧げる神殿で、宗教国家が滅んで五百年以上の時間が流れ放置されていたにも関わらず、僅かに力が残されていたというのだから……崇められていた神は大きな力を持っていたのだろう。
どうやらファビアンはその残された力を使い、神殿跡に直接魔法陣を描くことで妻子を復活させようとしていたらしい。
死者の魂を呼び戻して定着させ、肉体の再生を行うための魔法陣を描こうとしていた、と現地を確認したヘッセルが魔法陣を読み解いて判明した。
「気持ちは痛いほど理解出来る。だが、亡くなった者の魂を人の手で呼び戻すなどあってはならないことだ」
ヘッセルはそう言って同行していた精霊騎士たちが見守る中、神殿跡に残されていた描きかけの魔法陣を自らの手で消し去った。
その手際は恐ろしいほどに良く、魔法陣によって集められファビアンの妻子が眠る墓へ流れていた神の力も全て霧のように消えてしまった。
近くの湖を住処にしていたトカゲ魔獣ミドリオオトカゲを刺激して暴れさせた力も消えて、〝蒼羽の森〟は静かな……森の浅い部分では初心者の称号を背負った冒険者や騎士学校の新入生たちに優しく、奥へ入り込めば厳しい顔を持つ本来の森に戻っている。
「…………そうだったんだ。じゃあ、全部が丸く収まったんだね? 良かった~」
ユーリアは事の顛末を聞き、ホッとした。
冒険者ギルドの隣にある大衆食堂で頼んだ大振りに切られた肉と野菜がたっぷり入ったチーズ風味のシチューと少し硬いが甘みのある黒パン、野菜の酢漬けという昼食がより一層美味しく感じられる。
「色々あったけど、解決したと言っていいと思う」
「本当に良かった」
ジークハルトは同意し、接客係りの運んで来たチキンソテータルタルソース掛けと野菜スープ、ナッツの入った柔らかなパンという昼食を受け取った。
昼食時を少しずれた時間帯の食堂は空いていて、ふたりと同じように昼食時間が後ろに押してしまった職人らしき三人組と、荷運び人らしい二人組しかいない。
「そっちはどうだい?」
「え? うん、まあ……一応、順調……かな? ちょっと……大分疲れたけど」
そう言ってユーリアは苦笑いをし、柔らかく煮込まれたシチューの人参をスプーンで切って力なく口に運んだ。
ユーリアは今、冒険者ギルドで連日講習を受けている。
森や谷、廃墟、迷宮と呼ばれる魔獣の暮らす場所の近くにある街や村で暮らす者にとっては、必須の知識だ。領都では初等学校に入学する前に冒険者ギルドや初等学校入学前のお知らせ会などで基本的な知識を教えられるし、家族からも教えられる。
ユーリアが生まれたルリン村も育ったレヴェ村も魔物が暮らす場所とは遠く離れていたし、本人が戦闘職や街を移動するような職ではなかったため、今教えられている内容は知らなかったことばかりだ。
魔物の生態、街道を行くときと〝蒼羽の森〟に入るときの心構え、冒険者ギルドの利用方法、魔法紙を含めた各種魔道具の使用方法などを丁寧に細かく教えてくれる。ここで教えて貰うことの全ては、この先ユーリアがシュルーム領都で生きていくためには絶対に必要な知識。
朝から晩まで休憩を挟みながらみっちりと講習があり、それが三日続く厳しいものであったとしても、ユーリアには必要なことだ。必要なことなのだけれど、さすがに朝から晩まで詰め込まめる講習にユーリアが疲弊していることも事実だった。
ジークハルトはそんなユーリアを気にして毎日昼食を一緒にとっているし、夕方に講習が終わればアンデ素材店まで送って行っている。
本当なら夕食も一緒にとりたい所だけれど、慣れない講習にユーリアは疲労状態であるし、アンデ一家がユーリアをとても心配している気持ちを考えて送って行くだけにしているのだ。
「それはまあ、仕方がないさ。この講習は無謀な行動をしたユーリアへの罰でもあるんだから」
「……分かってるったら。冒険者になるって大変なんだね」
「冒険者は自分の命がかかってるんだから、当然だ。……講習が終わったら、オチャヤに行こう。ご馳走する」
ちぎったパンでシチューソースを掬い口に運んだユーリアは聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「オチャヤって、なに?」
「ヘッセル老の所で飲んだセーンチャと、東方のお菓子を出す東方カフェだよ。最近出来たって聞いたんだ」
東方のカフェと聞き、ユーリアは目を輝かせる。ヘッセルの店で出してくれた東方のお茶とお菓子はとても美味しかった記憶が鮮明だ。
「コクトゥマンジュー、あるかな?」
「あるんじゃないか? 菓子を買ってヘッセル老の所にも行こう。色々あってまだ会えてないんだろ?」
ユーリアが〝蒼羽の森〟から無事領都へ戻って来てから、診療所に入っていたり、騎士団から事情聴取をうけたり、講習受講のため冒険者ギルドの部屋に缶詰になっていたりしている。ヘッセルはヘッセルでファビアンの身元確認をしたり、現場になった〝蒼羽の森〟にある古神殿跡を確認したりと忙しくしている。結果、二人はまだ会えていないのだ。
「……ヘッセルさん、明日の夕方から時間あるかな?」
「? どうかな、多分大丈夫だと思うけど」
突然ユーリアが口にした具体的な日時に驚きながら、ジークハルトは大きく切り分けた鶏肉にタルタルソースをたっぷり乗せて口に運んだ。少し酸味のあるソースと鶏肉の甘い肉汁が口いっぱいに広がる。
「ジークも、明日の夕方からなんだけど時間空いてるかな?」
「……俺は大丈夫だけど、なに?」
「明日、アンデ家の皆が夕食会を開いてくれるの」
ユーリアが〝蒼羽の森〟へピクニックや散歩に行くような軽い気持ちで入ってしまい、大騒ぎになった。無事に帰って来られたから良かったものの、大ケガをしたかもしれなかったし、最悪は命を落としていたかもしれなかった。
周囲にいる者全員が軽率な行動に怒り呆れながらも、ユーリアの無事を喜んだのはつい昨日の話だ。
当然ユーリアには罰と同時に学習して貰っているわけだけれど、それも明日で終わる。今回の騒ぎについて、夕食会は一応の区切りなのだろう……ジークハルトはそう思った。
「……出来たら、ヘッセルさんとジークには来て欲しい……なって、思って。迷惑じゃなかったら、どうかな」
ジークハルトの返事はひとつだけだ。
ユーリア・ベル、ルリン村に生まれた風の半精霊。ジークハルトが初めて恋した女の子であり、ずっと想い続けて、今も想っている女の子の誘いを断るようなことはしない。
例えそれが、立派過ぎる筋肉を纏った心は乙女である青年の家で開催され、口煩く都合良く己を老人扱いする偏屈な老巻紙屋と同席であったとしても。
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