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ユーリアが発見した人骨とその人物が所有していた荷物と装飾品については、騎士団の方で調査を行うことが決まった。後日改めてユーリアには発見に至るまでの話を聞き取るため、協力を要請されて……一旦解放されることになった。
診療所の『相談室』から俯いたまま眠る妖精の入った籠を持って廊下へ出ると、影が落ちて周囲が暗くなった。
診療所の廊下に取り付けられている魔道ランプが切れたのか、とユーリアが顔を上げるとそこには大きな人間が立っていた。まるで壁のように立ち塞がっている。
「ユーリアぁあああ!!」
大声と同時にガバッとユーリアは抱きしめられた。と言うよりは、締め上げられたという方が正しいだろう。
「アンタねぇ! どんだけ心配させたら気が済むのよぉぉぉぉぉ!!」
「ル、ルビー?」
ルビーの力強い抱擁により、ユーリア自身と持っていた籠とその中で眠るオトモ妖精は潰されそうだ。
「家に帰ってないって分かったときのアタシの気持ちなんて、アンタぜんっぜん分かってないんでしょぉぉぉ!」
「ちょっ……ルビー、苦しぃ……」
「何の準備もなく、誰に何も言わず一人で〝蒼羽の森〟に行くなんて! アンタってば本当に常識無しのおバカさんよぉぉぉぉぉぉ!!」
「ルビー……いたい、くるし……」
ギシギシとユーリアの体が軋む。巨大なクマに締め上げられている獲物の気分を味わい、ユーリアは意識が遠のいていくのを感じる。
「ちょっと、ルードルフさん! ユーリアちゃん殺す気ですか!?」
「とりあえず彼女を放すのですよ、ルードルフさん! 本当に死んでしまいますよ!」
ルビーを止めようとしている精霊騎士たちの声がだんだん遠くなっていく。
「誰がルードルフだぁ!? その名で呼ぶんじゃねぇって何度言ったら分かるんだゴラァ!」
男の部分が出てるよ、ルビー……いつものように突っ込みをしたかったけれど、男が出て来たルビーの力強い抱擁に負けてユーリアは意識を無くし、手にしていた妖精入りの籠が廊下に落ちた。
「いや、あなたのことですよルードルフ・アンデさん! ほらああああ、ユーリアちゃんの意識がなくなってるじゃないですか! 放してくださいよ!」
「その名で呼ぶなって言ってんだろぉ!」
「……落ち着け、ルビー。淑女は診療所で騒ぎを起こしたりしないし、幼馴染を締め上げたりもしないものだ」
ジークハルトの言葉にルビーはハッと我に返り、腕の中でぐったりしているユーリアに驚いた。
「ゆ、ユーリア、ユーリアってば! ねえ、どうしたっていうのよ、しっかりしてよ!」
リビーはぐったりしているユーリアの肩を掴み、揺さぶった。
そもそもユーリアが意識を無くした理由は、ルビーの激しすぎる抱擁のせいだが……それをこの場で突っ込む勇気の持ち主はいない。皆自分が可愛いのだ。突っ込みを入れてユーリアの二の舞になることは(マッチョな男に抱き締め上げられるなんてごめんだ、という心理)避けたい。
ルビー本人はユーリアを優しくゆすっているつもりであったけれど、動転している今のそれは優しさなどない激しいヘッドバッドに近いものがあった。
「ユーリアったら、嫌だわ。ちゃんとしてちょうだい!」
「いいから、落ち着け。ユーリアをこっちに寄越して、医者を呼んで来い。ルビー」
ジークハルトの言葉にルビーは「分かったわ!」とぐったりしたユーリアを放して、ルビーは大きな体に見合わぬ素早い動きでもって医師を探しに走って行った。
「ちょっと、診療所の廊下を走ってはいけませんよ!」
クラウスの一般的なマナーを訴える声が響いたが、その声がルビーに届いたかは謎だ。
その後ルビーに丸太のように担がれてやって来た医師は、意識のないユーリアの診察をし「締め上げられたことによるショック症状と酸欠でしょう。しばらく休めば良くなりますよ」と言った。
ルビーに担がれて運ばれて来た医師は自分が診察を受けた方が良いのでは? と言うくらい青い顔のまま、ヨロヨロとした足取りで自分の診察室へ戻って行った。
「……ご、ごめんなさい。ついうっかり」
診療時間が終わり、ガランとした待合ロビーの隅っこにある長椅子にユーリアを寝かせ、その近くにオトモ妖精の入った籠を置く。
大きな体を縮こませて、ルビーはユーリアの顔を覗き込んだ。ユーリアは少しばかり眉間に皺を寄せた顔をして眠っている。
「それ、ユーリアちゃんが起きてから言うべきだよ」
「ユーリアさんが心配だったというお気持ちは分かりますが、さすがにやり過ぎですよ」
二人の精霊騎士に言われ、ルビーはしょんぼりと肩を落とした。
「ってか、凄い力だと速さだし! ルードルフさん、素材店の店員じゃなくて冒険者とか騎士になればいいのに。あっという間にA級冒険者とか、上級騎士になれるよ」
「……だから、ルードルフって呼ぶんじゃねぇよ……?」
「なに言ってるんだ、アンタの名前はルードルフ・アンデだろうが。ルードルフ!」
「アタシみたいな淑女に、そんな男の名前なんてついてるわけねぇだろうが、あぁん? アタシの名前はルビーだよ、ル、ビ、ィ!」
「いやいやいやいや。アンタは立派な男だし、どっちかって言うとガタイが良い方だから。淑女とか、なに冗談言ってるんだかって感じなんですけど?」
「……黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって、平の精霊騎士ごときが……!!」
「二人ともやめなさい、ここは診療所ですよ。喧嘩なら外でやりなさい。周囲の迷惑になります」
デニスとルビーが言い合いを始め、それをクラウスが止めている。待合ロビーで薬の処方や診察を待つ人たちの視線が痛い。
そんな診療所とは思えない騒がしいロビーで、ユーリアはゆっくりと意識を回復させた。
目を開ければ、自分を心配そうな表情で覗き込む緑色の瞳と目が合った。
「…………ジーク、大丈夫?」
「え?」
川から突然出て来た巨大なワニ魔獣、イリエクロダイルに襲われたのだ。ケガをしていてもおかしくない。そう思いながら手を伸ばせば、大きな手が自分の手を掬い上げる。
「ユーリア……」
しっかりと目に映った双方の手は大きく、大人の手。そして、目の前にいるのは少年ではなく青年だ。
「あ……あれ? ジークハルト、さん? ん? ジーク?」
のどかな村の川べりで幼馴染の少年と楽しく遊んでいた夢の中の出来事。一緒に遊んでいた少年と目の前にいる精霊騎士である青年が重なって見える。
「思い出したのか? あのときのこと」
「あのときって……川べりで絵を描いて、それでカニを捕る遊びをして」
「そう。おまえはエサを付けるのがヘタクソで、カニを捕る前に何度も取れちゃって俺が付け直してやったんだよ」
「……その後、魔獣に襲われた?」
「巨大なワニ魔獣だったよ」
「イリエクロダイル」
ジークハルトが大きく頷く。
「家の近くにあった川の近くで遊んでいるときにワニ魔獣に襲われたのは現実で、その襲われた子どもはあなたと私?」
「そうだよ」
ユーリアが夢だと思った内容は、現実であるらしい。
「あれが夢じゃなく現実なのだとしたら、どうして、私たちは生きてるの?」
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