03
「ああ、そうだ分かったぞ! おまえはアンネさんに嫉妬していたのではないか?」
「はぁ?」
また頓珍漢なことを言い出して、とユーリアはため息の回数を増やす。
「そうだ、そうに違いない。アンネさんはおまえの妹弟子になったのだろう? きっと七年も修行していたというのに、修行を始めて二か月の彼女に追いこされたのではないのか? 魔法紙師として超一流であるバルテルさんの姪御さんだ、才能に溢れた女性だろう。それでいやがらせをしようとして、倉庫に時限式の魔法を仕込んで友人たちを連れて村を出て……」
酷い侮辱だ、自分の頭に血がカッと上ってくるのが分かる。自分が努力して来た七年間を、七年間自分を育ててくれた師匠を馬鹿にされて、黙っていられるほどユーリアは大人ではなかった。
師匠としてユーリアを受け入れてくれたバルテルだが、ユーリアが半精霊の女子だからとか、まだ十歳の子どもだとか……そういう言ったものを完全に無視して、厳しい修行を科した。
店の周りと面した道路、店内や作業場や倉庫の掃除、入荷した素材の数量と品質の管理、店に魔法紙を買いに来た人たちの接客、出来上がった魔法紙の管理、そして魔法紙の作成方法。
職人への弟子入りは十五歳くらいが一般的で、十歳で体が小さく非力だったユーリアにとっては掃除や倉庫の管理は大変だった。失敗すれば遠慮なく叱られ、出来るまで何度もやり直しさせられた。
自分で魔法紙師になる、と決めて弟子入りしたものの、最初の数年は何度も涙で枕をぐしょぐしょに濡らし、翌日に目や顔がパンパンに膨れた最高にブスな顔で店に行った。
そんな日はバルテルの息子であるアーベルが面白い話をして笑わせてくれて、バルテルの妻であるヘルマが甘いお菓子をおやつに出してくれた。
今になって思えば、店やその周囲の掃除も接客も、素材や出来上がった魔法紙の管理は大切なこと。
魔法紙を描きあげるだけが魔法紙師ではない。
苦しかったことも、大変だったことも沢山ある……でも同じくらい嬉しかったことも楽しかったこともある。七年間の全てがユーリアにとって大切なものだ。
それを侮辱される筋合いはない。
座っていたシンプルな椅子から勢いよく立ち上がり、目の前にいる警備隊副隊長に向かって怒鳴ってやろうとした瞬間……取り調べ室の扉が勢いよく開いた。
その勢いたるや、扉を止めている丁番が壊れてしまいそうなほどだ。
「てめぇ! 黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって、何様だ、オラァッ!」
扉が開いた勢いと同じ勢いで太い怒声が響き、ヨナタンが消えた。
「……」
ユーリアは突然取調室に入って来て、警備隊副隊長であるヨナタンを壁に押し付けている男を呆然と見つめていた。
取調室の灰色の壁に押し付けられたヨナタンは、呻き声を上げながら藻掻いている。脱出しようとしているようだったが、押さえつける力が強いせいで藻掻くだけになっている。
その男は背が高く張りのある筋肉を持った男で、長く緩やかにウェーブするミルクティ色の髪をピンク色の細いリボンで結んでいた。
「……ルビー。なんか、男が出てきてるよ?」
「まあっ! 嫌だわ、アタシったら! ついね、つい。こんな無礼な男が村の警備隊に入ったなんて、しかも副隊長よ? 信じられなくってぇ」
グリッと最後に強くヨナタンを壁に押し付けてから、ルビーはようやく手を離した。解放されたヨナタンはそのまま床に座り込んで、壁に打ち付けられた左半身を擦っている。
「き、貴様ッ……」
「本当に失礼なことをしました。ユーリア嬢、ルードルフ殿、申し訳なかった。このような男が警備隊の副隊長だとは……任命した者の人を見る目を疑ってしまう」
丁番の軋んだ扉から警備隊のモスグリーンの制服を着た人物が入って来ると、その人物はユーリアとルビーに頭を下げた。
「隊長!? なぜこんな奴らに謝罪を……ッ!」
長い髪を高く結い上げた警備隊隊長は、着任したばかりの部下を見ると首を左右に振った。
ヒルデガルド・ルーゲ警備隊長。凛とした顔立ちにすらりとした体つき、淡い金色の髪を持った警備隊長は、レヴェ村ではファンクラブが作られているほど人気の女性隊長だ。
村の女性の七割が入会していると言われるファンクラブにはエラとアレクシアも入会していたので、ユーリアはこの男装の麗人のことにほどほど詳しい。
「部下の失態と無礼を謝罪するのは当然だろう」
「失態、無礼とは!?」
「バルテル魔法紙店の火事について、無関係であるユーリア嬢とルードルフ殿を強引に取調室に監禁し、難癖をつけて冤罪で逮捕しようとしているだろう」
「そんなはずありません、このふたりが店の倉庫にいた最後の人物なのですよ! 時限式のなにかを仕掛けたに決まっています、この女の方は半精霊なのですよ? 高い魔力を用いた魔法ならば、きっと可能なはずで……」
「ユーリア嬢は魔法が使えないが?」
ルーゲ隊長のひと言にヨナタンは目を瞬かせて、ユーリアの顔を見つめた。
「え? 半精霊、ですよ? 魔法が使えないなんてこと……」
「すみませんね、規格外で。私は魔法が使えません! そのことはレヴェ村ではみんな知ってることですけど? 知らないのは、最近村に来た人くらいじゃないですかね?」
ユーリアの魔力量は多い。半精霊の中でも多い方になるのだが、その魔力を魔法として使うことがどうしても出来なかった。
子どもの頃から半精霊は多い魔力量を制御して、強力な魔法を扱えるよう訓練をする。
小さな光を作ること、小さな炎を作ること、そよ風を吹かせること、コップに水を作ること、手を触れずに土を掘り起こすこと、以上の五つの小さな魔法を基本魔法と呼び、この訓練から全ての魔法訓練が始まって行くのだ。
その基本魔法の訓練の中でユーリアは何度訓練を繰り返しても、小さな炎を出すことも、そよ風を起こすこともなにひとつ出来なかった。
自分には魔法を使う才能がない。
それを知ったからこそ、ユーリアは沢山ある魔力を使って魔法紙を作る魔法紙師になろうと決めたのだ。
「で、では、そっちの筋肉ダルマの大男が……」
「あん? 筋肉ダルマの大男ってアタシのことか、この軟弱野郎が」
「ルビー、ルビー、男が出てる」
「やだん! アタシが使える魔法は基本魔法と身体強化魔法だけなのよぉ? 基本魔法の火では、アンタを丸焦げにしてあげられるほどの火力は出ないのん。残念だわぁ……本当に、残念だわぁ」
ルビーはそう言って力こぶを作り、ムンッと力を込めた。その逞しい二の腕は筋肉がムッキーンと張り詰め、見ているだけでも凄まじい力がそこに込められているのが分かるほどだ。
「ひっ」
迫力に負けたヨナタンは腰が引けた状態で一歩二歩、とルビーと距離を取った。
「それに、証拠がここにある」
「え?」
顔色を青くしたヨナタンは乙女のように目を瞬かせ、己の上官を見上げた。
お読み下さりありがとうございます。
評価、イイネ、ブックマークなどの応援をして下さった皆様、本当にありがとうございます。