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 オルダール国の王都から遠く離れた領地のさらに田舎にある小さな村。


 布を織る元の糸となる綿や麻などを栽培し、織物会社へ売って現金収入を得る。

 各自家の畑では家族が食べる野菜を育てて家畜小屋で卵を取る鶏を飼育。


 村人は村人全員が家族のように親しく、慎ましやかに生活している……ルリン村はそんな村だ。


「あー、エサがまた外れちゃった」


「ヘタクソだなぁ」


「えー」


 村の中を流れる川の河原は角が取れて丸くなった石が沢山集まっている砂利ゾーン、そこから下草の生えた原っぱゾーンが続き、小高い土手が砂利と原っぱと村人の生活するエリアとを分けている。土手を越えた河原から川は子どもたちの絶好の遊び場になっていて、男女の区別も年齢も関係なく皆が集まって遊んでいた。


 川の程近くにある二軒の家、そこに暮らす少年と少女は年が同じこともあって河原でいつも遊ぶ関係だ。川で川カニを捕ったり、魚を釣ったり、石で水を切ったり、真夏には水遊びもする。川遊びをしない時でも、河原で絵本を読んだり絵を描いたり、花冠を作ったりして遊ぶ。


 今日の遊びはお絵描きと川カニ捕りだ。先程までお互いの顔を描いたり、村の景色を描いたりしていたのだが、飽きてしまい川カニ捕りに変わった。


 父親の酒のつまみであるミミイカの燻製を少しばかり頂戴し、木の棒で作った竿に糸を括り付けてミミイカの燻製をエサとして縛り付ける。それを川の浅瀬、大きな石がある場所に垂らしてカニを捕るのだ。


 少女は針にエサを縛るのが苦手らしく、カニを捕まえる前にエサが外れてしまう。少年はそれを不器用だと笑いながらも、外れないようにエサを付け直してあげた。


「これで大丈夫。あそこの岩陰にエサを垂らしてみて」


「カニ、捕れる?」


「捕れるよ」


 少女は嬉しそうに笑い、少年の言う場所にエサを落としてカニ捕りを始める。そのすぐ側で少年もカニ捕りをはじめ……時折河原の近くを通りかかる村人たちはその様子を微笑ましく見守った。


 穏やかで平穏な、何もない一日が過ぎていく。この小さな村では緩やかに時間が過ぎる、それが日常なのだ。

 



 少女は木の棒をチョイチョイと小刻みに揺らし、エサでカニを誘った。岩陰にいた一匹の川カニが出て来て、エサに向かって小さなハサミを伸ばす。揺れるエサ、それを掴もうとするカニ。少女とカニの攻防が続く。


 もう少しでカニがエサをガッツリ掴む! そう見えた瞬間、カニが岩陰に隠れた。


「あれ?」


 少女が疑問に思った瞬間、川の水が大きく波打った。この川は流れが穏やかで、大雨や嵐でもない限り波が立つことはない。


「どうしたの? カニ、捕れた?」


 少年の声がして、少女は顔をあげる。少年は膝まで川の中に入り、川カニを追っていた。


「あ……」


 少年の後ろ側になる川の水が大きく盛り上がり、ザァーっという大きな音をたてて割れた。水の中から現れたのは大型のワニ魔獣、イリエクロダイル。


「え……?」


 少年が振り返ると同時に、ワニ魔獣は大きく口を開ける。


鋭く尖った歯がびっしりと並び、一度咥えたら二度と離さないと言われている大きな口は少年を一飲みに出来そうだ。


「逃げてっユーリア!」


「ジーク!!」


 大きなワニ魔獣の巨大な口、そこにズラリと並ぶ鋭い牙が少年を捕らえようと迫る。


「だめぇええええ!!」


 少女は声を限りに叫んだ。



 * 〇 *



「…………あれ、ここ?」


 ユーリアが目を開けると、真っ白い天井とクリーム色のカーテンが見えた。それと天井に向かって真っすぐに伸ばした自分の右手。水色の病衣から伸びた腕には、塗ると赤く染まる消毒液が塗られていてあちこちが真っ赤だ。


 体中に出来た擦り傷を手当したのだと分かるけれど、傷よりも派手な見た目になっている。


「ここは、診療所、かな?」


 ユーリアはそう呟き、ゆっくりと起き上がった。遠くに聞こえる人の騒めき、かすかに消毒液や薬の匂いがする。


「……あ、目が覚めたんだな! 良かった」


 病室の出入り口で精霊騎士の制服を身に纏った騎士が二人、室内を覗き込んでいた。


「看護師さーん、ユーリアちゃんが起きたよー! 問題なければ事情を聞きたいんだけどー」


 一人の騎士が廊下に向かってそう言い、「診察をして、問題ないと先生が判断してから、ですよ! それから女性の居る室内を覗かない!!」という女性の声が響いた。その声に肩を竦めた精霊騎士たちは姿を消す。


「ユーリア・ベルさんね? 目が覚めて良かった」


 手に治療記録書類を持ち、白い看護服を着た中年の看護師はユーリアの顔を見てにこやかに笑った。背は高くない、体付きは控えめに言ってふっくらとしていて……ユーリアの中にある〝肝っ玉母さん〟を絵に描いたような女性だ。


「ここはシュルーム領都にある領立南診療所。あなたは二日前にこの診療所に運ばれて来たの。大きなケガはないわ、擦り傷と打撲ね。後は脱水症状かしら。それなのに、なかなか目が覚めないものだから心配したのよ」


「すみません、それと、ありがとうございます」


「いいのよ、ここは治療の場所なんだから。今医師を呼んでくるわ、それから……なにか食べられそう? 食べられそうなら食事を用意するけど」


 食事と言われて。ユーリアは自分が数日まともに食べていないことを思い出し〝食べる〟と返事をしようとした瞬間、ぐうぎゅるるるるるる、とお腹が先に大きな返事をしていた。


「……」


「……」


「……くっ、う……ぅわははははは!」


「うっ……はははっ」


 あまりに大きな返事は病室だけではなく、廊下にまで響いたらしい。廊下から先ほどの騎士たちだろう笑い声が聞こえた。


 大勢の人間に自分の腹が鳴る音を聞かれ、ユーリアは仕切りカーテンを引き布団の中に潜り込んだ。恥ずかしくて顔から火が出そうなほど熱くなる。


「あっはっはっは! いいお返事だね、じゃあ食事を持って来るからね」


 看護師が部屋から出て行ってもしばらく廊下からの笑い声が聞こえ、ユーリアは医師が「診察が出来ないので、顔を出して下さいよ」と懇願するまで布団の中に籠城した。

お陰様で100,000PVを越えました!

更新はのんびりで更に不定期更新にも関わらず、お読み下さりありがとうございます。

ブックマークや評価、イイネで応援して下さることもいつも感謝しております。

じんわり進んで参りますので、引き続きお付き合いいただけますと幸いです。


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