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「とりあえず街に戻るぞ。ケガはないようだけど、一応診療所に行って治癒士に診て貰おう」
腰を抜かし、呆けた顔をしたままのユーリアの様子を不安に思ったジークハルトは、事情を聞くことを後回しにすることにした。ユーリアの安全と安心を確保することが最優先だ。
ピュイッと口笛で合図をすれば、ジークハルトの愛馬であるヒポグリフ(鷲の頭と前足、大きな翼に馬の体と後ろ足を持つキメラ型魔獣の一種)のエーファが近付いてきた。
シュルーム領の精霊騎士たちが乗る馬はヒポグリフである、それはこの地に領主一族が封じられてからの決まりごとだ。体力があり陸を走らせても早く、空を駆けることも出来て魔獣にしては気性も穏やかで人に懐くからだ。
白い羽毛と赤茶の体を持つエーファは〝クルクル〟と鳴きながらジークハルトに顔を寄せ、それからユーリアを見た。そしてユーリアの髪を黄色の嘴で摘まんで軽く引っ張る。
「えっ……あの……」
「ヒポグリフは風属性の魔獣だから、属性が近いユーリアを気にかけて心配してるのさ。さあ、街へ戻ろう?」
「あのっ、その前に……あそこにいる人の荷物と体というか、なんというか、それを全部回収したいんですけど……」
あそこにいる人の荷物と体。
ユーリアの言っている言葉の意味が理解出来ず、ジークハルトは首を傾げた。
まずこの場には現在〝人〟と呼べる存在はユーリアとジークハルトの二人しかない。百歩譲って荷物だけならば理解も出来るが、あそこにいる人の体、とは?
「なんだって?」
「だから、あそこに……人の、そのご遺体というか、遺骨というか……」
腕を伸ばし場所を示され、ジークハルトはそちらに視線を向けた。焼け焦げたミドリオオトカゲのさらに斜め向こうに服であったらしい布と、白い骨が見える。
「あれは……」
「多分、ファビアンさんです」
「な、に? ファビアンって、ファビアン・ヘッセルか!? 二十年前行方不明になった」
「確認が出来ていないので、断言は出来ないですが……多分、恐らく」
ユーリアの言葉に驚きつつも、蒼羽の森の中で命を散らした者を見つけた場合は出来る限りその遺体を連れて帰ることが決められている。どうしてもそれを許さない場合でも後日出直して連れて帰る、それがシュルーム領での決まり。
ジークハルトは「少し待っていて」とユーリアに断ると、エーファの背にある鞄から大きな布を取り出す。丈夫で防水性に優れた布の利用は多岐に渡るが、この布に遺骨と残された荷物を包んで運ぶのだ。
地面に布を敷き、出来る限り骨が崩れないよう丁寧に並べていると真っ白なヒポグリフが舞い降りた。
「ジーク!」
「デニス。悪い、手伝ってくれ」
「遺体? 分かった。それは良いんだけど、ユーリアちゃんは見つかった?」
「ああ、間一髪だったけど無事だ」
ジークハルトの同僚、精霊騎士のデニス・クラッセンは離れた所に座り込んでいるユーリアの姿を見てホッと息を吐いた。
「良かった~! まだ若い巻紙屋のお嬢さんが蒼羽の森で行方不明なんて、最初に聞いたときはゾッとしたよ。無事で良かった。でも、まあ…………この先もこの街で暮らすんだったら、勉強して貰わなくちゃいけないことが多そうだね」
「そう、だな」
「それと……なんだよ、ミドリオオトカゲが焼け焦げてるじゃないか! おまえがやったのか?」
デニスは焼けてボロボロになって倒れているミドリオオトカゲを見て驚いた。けれど、驚きながらも遺品である鞄を丁寧に布の上に乗せる手は止めないままだ。
「俺が来たときには、もう大分焼けてた。多分、ユーリアの巻紙でやられたんだろうよ」
「へえ! 凄い威力だなユーリアちゃんの巻紙。……まあ、こっちの処理は後回しだな」
「ああ」
遺骨を全て布の中に並べ、ぼろぼろの鞄と一緒に包み込んだ。デニスはその包みを丁寧に抱えると、己のヒポグリフの背に乗せた。
「これでよし、と。これは俺が運ぶから、ジークはユーリアちゃんを連れて診療所へ向かいな。彼女を保護したことの報告だけど、騎士団へは俺がするけどヘッセル老とアンデ素材店にはおまえが話せよ。ユーリアちゃんから話を聞くのは診察後に」
「分かった」
「じゃあユーリアちゃん、また後でね~」
ジークハルトは白いヒポグリフにまたがり、空中を駆けて街に戻って行く同僚を見送りユーリアを振り返ると、ユーリアは変わらず地面に座り込んでいる。急いでユーリアの元へ移動すると、この手を掬い取った。
「これで大丈夫だ。さあ、帰ろう。立てるか?」
「あ、……はい」
ここ数日の野宿生活のせいで全体的に疲労しているユーリアを早く連れて帰ろう、ジークハルトはその思いでいっぱいだ。その細い手を引き上げようとした瞬間、ユーリアの体がガクリと崩れた。
「ユーリア!?」
地面に倒れ込んでしまったユーリアを慌てて抱き起す。力を無くした腕がだらりと下がる。
「おい、ユーリア!」
軽く頬を叩くも、意識は戻らない。意識を突然無くしたので若干不安だが、呼吸はしているので命に別状はないだろう……と思う。だが、この数日ろくな食事をしていないだろうこと、熟睡など出来るわけがないだろうことを思いつき、慌ててユーリアを抱き上げて愛馬を呼んだ。
「エーファ!」
駆け足で近付いて、ユーリアを抱えたジークハルトが背に乗りやすいようにと体を低くしてくれたヒポグリフに「すまん、助かる」と声を掛けた瞬間……ポロリと何かが零れ落ち、ポトンと地面に落ちた。
「……なんだ?」
ジークハルトの足元に白くて丸い物体が落ちている。よく見てみれば、ジークハルトはその物体に見覚えがあった。
「ユーリアのオトモ妖精……」
全体的に白く、翼の一部と尾羽が黒い……そして、全体的に丸い小鳥。ユーリアとひとつ命を分け合うオトモ妖精だ。
「なんで突然こんな所に……?」
ひとつの命を半精霊と共有している存在であるオトモ妖精は、基本的に半精霊の側を離れない。けれど、ユーリアのオトモ妖精は姿を見せなかったし気配も感じさせなかったし、そもそもユーリア自身が自分にはオトモ妖精などいないと言っていた。
だというのになぜ突然こんな場所に現れて、意識を無くして転がっているのか?
ジークハルトは首を傾げたが、愛馬の「行かないの?」という意味合いだろう鳴き声にハッと我に返る。
「後にしよう」
球体のような丸さをしているオトモ妖精を拾い上げると、ジークハルトはユーリアを抱え直して愛馬にまたがる。
ヒポグリフは大きな白い翼を広げて羽ばたき、軽い助走を経て空中へと駆け上がった……シュルーム領都に向かって。
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