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 ゆっくり立ち上がり、腰やお尻に付いた土汚れを叩き落とすと周囲に食べられそうな果実がないか……少なくなってきた夕日を頼りに探し始める。


 残念ながら、緑の憎いアンチクショーであるトカゲ魔獣が楽しく暮らす水辺ほどこちらに果物は実っていなかった。綺麗な水があり、デザートに困らない場所であるから魔獣はあそこを住処にしているのだろう。


 ユーリアは根気よく周囲を探し、赤い小さな実と少し酸っぱい緑色の果実を収穫することが出来た。それを持ってこちらに抜けて来た横穴の中へ戻ろうとした瞬間、ズシンッと大きな地響きに体が一瞬浮かんだ。


「!?」


 ズシンズシンと立て続けに地響きは鳴り響き、地面が揺れる。


 振り返って像があった場所を見るも、そこにはなんの変化もなかった。白い敷石に描かれた魔法陣らしきものも沈黙していたし、壊れてしまった像は白い石の塊になって地面に転がっている。

 つまりこの地響きは別の原因があるのだ。


 ――ギャアアア!


 草木を踏み付け、木を薙ぎ倒し、岩や石を砕き、悲鳴のような声で鳴きながら近づいて来るのは、緑色の憎いアンチクショーことミドリオオトカゲであった。


 ミドリオオトカゲはユーリアの想像よりもずっと素早く動き、太く長い尻尾を振り回して崩れて半分ほどの大きさになっていた像を一撃で砕く。大きな破壊音を立てて像は粉々に砕け、破片が周囲に飛び散る。


「……あ」


 ユーリアはその場で腰を抜かし、尻もちをついた。


 水辺でのんびりしていた姿とはかけ離れた怒りに満ちた魔獣は、何度も何度も白い石像に攻撃を続ける。原因は分からないけれど、わき目も降らず石像に尻尾や爪を叩きつけ粉々に砕き切った。


 溶けた棒付きミルクアイスのようだった石像は粉々に砕け、そこになにかあったのだろうという場所と半分壊れた祭壇だけが残る。そこまでし魔獣は満足したように攻撃を止め、腰を抜かしているユーリアを視界に入れる。


「ひぇっ」


 爬虫類特有の三角形の顔、金色の瞳、大きな口からは先が二股に割れた長い舌が出たり入ったりして、そして、ゆっくりとユーリアに近付く。


 ユーリアは後ろへ下がろうとするも、腰が抜けてしまった体は思うように動かず、足は藻掻くばかりだ。そうしているうちにミドリオオトカゲとユーリアの距離は縮まる一方。


 慌てたユーリアは鞄の中に入れていた魔法紙を掴んで引きずり出す。そして、近付いて来る魔獣に向かって魔法紙を開く。


 魔法紙の中に封じられていた水魔法は解き放たれた瞬間、巨大な水球を構築し前方に向かって一直線に飛ばした。


 ――ギュワアアアアア!!


 突然水魔法で攻撃された魔獣は吹き飛ばされて大きな木を数本薙ぎ倒しながら転がった。周囲に木が割れて倒れる音と魔獣の悲鳴のような鳴き声が響き、周囲にある森の中に暮らしているのだろう魔獣や動物が騒めく。


「あうっ……うう……」


 ユーリアは慌ててもう一つある魔法紙を鞄から取り出し、手に握った。

 手は汗でびっしょり濡れて力加減も分からなくなり、魔法紙を握りつぶしてしまいそうになる。


 ――ギャアアアアッ


 思っていなかった攻撃を受け、再び怒り状態になったミドリオオトカゲは勢いをつけてユーリアに向かって走り出した。短いが素早く動く足はユーリアの想像以上の速度で距離を詰める。


「きゃあああ!」


 手にした魔法紙を引き裂くように開けると、炎魔法は剣の形をした炎を十本ほど構築して、ミドリオオトカゲに向かって飛んだ。


 ――グワアア! グワアア!


 炎に巻かれ苦しむ魔獣を確認し、ユーリアは上手く動かない足を動かし這うように出て来た洞窟の横穴に向かう。今自身の身を隠すことが出来るのはそこしかない。


 出て来たときはほんのわずかな距離だと思ったのに、尻もちをついた場所から横穴までがとても遠く感じる。


 ズシンズシンと地響きを感じて首だけを振り向けば、半分炎に包まれた魔獣が近付いて来ているのが見えた。このままでは追い付かれる、手持ちの魔法紙もない。


 ユーリアは焦り、手足をバタバタさせながら必死に横穴に向かった。


「ひっあ……!」


 ――グキャアアアッ!


 背後に迫る圧と炎魔法の熱。このまま背後から魔獣の長く鋭い爪で引き裂かれて死ぬ、そんな未来が浮かんだ。



『きゃああ!』


『ユーリア、逃げてっ!』



 ユーリアの頭の中で自分の悲鳴が響き、逃げろと叫ぶ同じ年ごろの少年が叫ぶ。


 それと同時に自分の中から大きな何かが噴出して来るのも感じた。それはユーリアの意思とは関係なく溢れ、その場で渦巻く。


「伏せろッ!」


 ユーリアはその言葉に従って頭を抱えて、目をギュッと強く閉じた。


 空気がビリビリと震え、大きな雷鳴が響く。それと同時に魔獣の大きな悲鳴、草木が燃える匂いと何かが焦げる匂いがその場に漂った。


「……」


「ユーリア! ユーリア、大丈夫か!?」 


 ザクザクと靴が小石や下草を踏み付ける音がして、背中に手が置かれた。その瞬間、ユーリアは大きく体を震わせた。


「……だ、大丈夫か? ケガはしていないか? 探したんだぞ、なんでこんな所で……おい、ユーリア?」


 ゆっくりと目を開けると、視界に黒い皮製のブーツが飛び込んで来た。そして白いラインの入った黒いパンツに紺色のポンチョの端っこ。


「…………精霊騎士様?」


「あ、ああ。俺だ、ジークハルトだ。もう大丈夫だ、魔獣は倒したからな」


 顔を上げるとそこには部分的に緑色になっている淡い茶色の髪、透き通った緑色の瞳を持つジークハルトの安堵と怒りと焦燥が入り混じったような顔があった。


(あれ? さっき頭の中で見た男の子……)


 走馬灯のように頭の中に突如現れた少年の顔は、目の前にあるジークハルトの顔に重なって見える。勿論、ユーリアの頭の中にいた少年は丸っこい顔立ちで目も大きく、声も高い少年らしいものだった。けれど……同じ髪色(緑色の部分はなかったけれど)同じ瞳の色をしていて、あの少年が成長したらこうなるだろう、という感じがする。


「ユーリア? どこか痛いのか? 見た感じケガはないようだが、気分が悪いとか頭が痛いとか?」


「い、いえ……大丈夫、です」


 ここにどうしてこの男がいるのか、どうして頭の中にいた少年とこの男が被って見えるのか……ユーリアは激しく混乱した。

お読み下さりありがとうございます。

評価、イイネ、ブックマークなどの応援、本当にありがとうございます。

毎回とても嬉しく、小躍りしながらありがたく頂戴しております。


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