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魔道具ギルドの中は閑散としていて、ほとんど人がいない。冒険者ギルドのような混雑状態になることはないけれど、ある程度人の出入りはある……たまたまほとんど人がいない時だった。
ジークハルトは魔道具ギルドの扉を勢いよく開け、受付に座っている女性職員に向かう。
「ユーリア、ユーリア・ベルがこの三日の内に訪ねて来たか!?」
勢いのまま言えば、受付の女性職員は大きく体を後ろへ仰け反らせつつ首を傾げた。
「……ユーリアさん? いいえ、この三日は来ていませんよ。その前、四日前に巻紙の納品に来てそれきりです」
「本当か? ギルド長や副ギルド長と面会しに来ていないか?」
「いえ、ギルド長や副ギルド長との面会は基本的に事前のお約束が必要です。よっぽどの内容でなければ、突然の面会はあり得ません」
「……そうか、分かった。突然すまなかった」
ギルドにはギルド内での決まりがある、冒険者ギルドではギルド長と顔を会わせることは比較的簡単であるため、魔道具ギルドでもそうなのかとジークハルトは思い込んでいた。
冒険者ギルドのギルド長は本人が冒険者出身であるせいか、ギルド長本人が一階にある仕事の受注発注する部屋に降りてきていたり、隣にあるギルドが経営している飲食店で食事をしていたりと一般冒険者との距離が近いのだ。
魔道具ギルドでは違うらしいと、ジークハルトはひとつ学んだ。
「待ってください。ユーリアさん、どうかなさったんですか?」
「え……ああ、いや、なんでもない。俺が個人的に探してるだけだ」
ここでユーリアが居なくなったことを言えば、魔道具ギルドの協力を得られるかもしれない。しかし、話は大きく膨れ上がってしまう。
万が一、いや億が一にも〝女友達の家に泊り込んで何日も喋くりまくっていた〟とか〝シュルーム領都から王都にまで足を延ばして買い物三昧、甘味食べ放題を満喫してきた〟とか〝隠れ家に籠って魔法紙を描きまくっていた〟と言った害の無い理由で姿が見えなかった可能性もゼロではないのだ。
もし害のある理由であったとしても、ユーリアの姿が見えなくなって二日と半日。まだシュルーム領都に来て日の浅いユーリアがトラブルに巻き込まれ周囲の者に手を煩わせた、などと言われるのは良くない……そんな風に思ったジークハルトは咄嗟に自分が探しているだけ、と言った。
「……そうですか。では、ユーリアさんがギルドにいらしたら騎士様が探していたと伝えておきますね」
「ああ、頼むよ」
ユーリアが魔道具ギルドに顔を出していない、それが確認出来た。けれどユーリアの手掛かりが途切れてしまい、ジークハルトは大きく息を吐く。
宛てもなく人ひとりを探し回るには、シュルーム領都は広く人も多い。
とても探し出せるとは思えない。
「ちょっとちょっとー! 平の精霊騎士ちゃん、いたいた」
これからどうしよう、そう思っていた所に大きな声が響いた。ジークハルトのことを〝平の精霊騎士〟と呼ぶのはこの街ではひとりしか存在していない。
「……ジークハルト・ブライトナーだ、ルードルフ・アンデ」
「だ、か、ら、ルビーって呼んで!!」
勢いよく駆け寄って来たルビーは、ジークハルトに向かって何度目になるか分からないセリフを言った。
「ああ、もう! そんなこと言ってる場合じゃないのよ。ユーリアがね、お花屋さんに寄ったことが分かったの」
「花屋?」
「家の近所にあるお花屋さん、そこでお参り用の花束を二つ作って貰ったんだって。お参り用のお花を買ったんだもの、お参りに行ったはずよ」
「……誰の墓に行ったって言うんだ。あいつはこの街での知り合いなんて、おまえたち一家と巻紙屋たちくらいだろう」
そう言えば、ルビーは腰に両手を当ててフンッとジークハルトを鼻で笑い飛ばした。
「なに言ってるのよ。ユーリアが魔法紙も描かずに頑張ってる内容は今ひとつしかないわ。思いつかないっていうの、幼馴染さん? あ、自称だったわね、ごめんあそばせ!」
「……ぐぬぬ、おまえ…………!」
ルビーからの妙な煽りに血圧が急上昇したが、ジークハルトは両手を強く握り込んで耐えた。そして、ルビーが今頑張っている内容とやらについて考え始める。思いつかないのか、という煽り文句からするにすでに自分が承知している内容だろうことは分かった。
「……ねえ、時間ないから言うわよ。ユーリアを探さなくちゃだもの」
「あれか、ファビアン・ヘッセルの捜索か」
大きく頷き「そうよ!」とルビーが肯定した瞬間、ジークハルトの足は墓地に向かっていた。背中に「ちょっと待ちなさいよぉ!」という不満そうな声が投げかけられたが、無視して墓地へ向かう。
シュルーム領都の北側外れにある墓地はある。領民の多くは亡くなるとここへ埋葬されるのだ。
墓地は蒼羽の森に程近い場所にあるけれど、墓守の夫婦が毎日掃除をし、雑草を処理し、花壇の花を絶やすことなく整えている為、暗い雰囲気は全くなく明るく穏やかな空気の流れる場所となっている。
花壇の手入れをしていた墓守に聞けば、ファビアンの妻子が眠る墓は奥に並んでいると教えられた。ジークハルトは後ろを付いて来るルビーと共に墓地の奥へと入る。
「……やっぱり、お参りしたのね」
二つ並んだ小さな墓の前には黄色の花束が置かれていた。花はすでに力なく萎れかかっているが、ユーリアが捧げたままの状態を保っている。
ジークハルトとルビーもファビアンの妻子に祈りを捧げた。この場に来た以上はそれが礼儀だと思ったから。
「しかし、ここで花を捧げてから……どこに行ったんだ?」
「あれ? ヘッセル家の親子にお参りしてくれたお嬢さんの知り合いかね」
墓守は萎れてしまった花を籠に回収しながらやって来ると、再び手詰まりになったジークハルトとルビーに声を掛けて来た。
「ねえ墓守のおじちゃん、この黄色の花束を供えた子のこと覚えてる?」
「おー、変わった髪の色をしていたから覚えてるよ。顔に見覚えがない子だったし、巻紙屋のじいさんしかお参りしない墓に花を供えていたからさ」
そう言って墓守はファビアンの妻子に祈りを捧げると、萎れた花束を回収して籠に入れた。籠の中には同じように萎れて回収された花が沢山入っている。
「その娘が墓地から出てどっちに行ったのか、分かるか?」
ジークハルトの問いかけに墓守は「ううん」と軽く唸った。そして首を左右に振る。
「いやぁ、その子が墓地から出て行く所見てないんでさ。あの子が墓地に入って、ファビアンの嫁と子の墓はどこだって聞いて来て教えてやったんでさ。で、墓の前で祈りを捧げてるのも見ましたよ? でも、言われたら……いつ出て行ったんだろうって」
「おじちゃんが別の場所に行ってて、ユーリアを見ないうちに帰ったとかかしら?」
「でもよ、オレはあの時墓地入口の看板を塗装し直してたんだよ。見逃しはしねぇと思うんだけどねぇ」
「それじゃあ墓地から出てないみたいじゃないの」
まるで怖い話みたい、とルビーは大きな体を震わせる。
「怖い話っていうなら、墓地の奥にある草木が薙ぎ倒されてたんだよ。もしも魔獣がすぐそこまで来てたらって、そっちの方がオレにとっては怖い話だよぉ」
ジークハルトは墓守の言う薙ぎ倒された草木のある場所を覗き込んだ。
木で作られた柵の向こう側には、蒼羽の森に続く林があり膝程度まで背丈のある草が生えている。
墓守に言われたまま草は薙ぎ倒されていた、墓地から森の方へ向かって。それはまるで、墓地から柵と乗り越えて蒼羽の森に向かって歩いて行ったかのように。
「……まさか」
魔法で暑さや寒さに対して(実際は衝撃にも強く対刃性能にも高い)強く作られている騎士服に包まれている背中に、冷たい汗が流れていった。
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