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「……やはり留守か」
何度かベルを鳴らすも出て来る様子はないし、中に人がいる気配もなく居留守を使っているとも思えず、ジークハルトは扉から一歩下がる。
呼び出し用ベルの下にある配達された郵便物を入れる箱には、数日分らしい郵便物と新聞がぎっちりと入れられていた。三日か四日分ほどあるだろうと思われる。
アンデ素材店の裏側にある荷馬車置き場は空で、その横にある荷馬車を引くモルモットンが暮らす小屋も空っぽ。どうやらアンデ家の者たちは全員揃ってモルモットンの引く荷馬車に乗って、街から離れているらしい……そう判断出来た。
きっと、ユーリアは彼らと一緒に出掛けて居るのだろう。
街にいないのなら、魔道具ギルドに魔法紙を納品出来るわけもない。
ヘッセルには「ユーリアはアンデ家の者たちと一緒にどこかに出掛けているようだ」そう報告しよう、そうジークハルトは決めた。
「あら~? あらあら~?」
とぼけた声が荷馬車のガタガタと鳴る音と、荷馬車を引くモルモットンが〝ピキキー〟と鳴く声、赤ん坊が「ああーんああーん」と複数で泣いている声が同時にジークハルトの耳に聞こえた。大変賑やかだ。
「……帰って来たのか」
「あらまあ、ユーリアに迫った平精霊騎士ちゃんじゃないの」
「迫ってなどいない!」
「まあ、そうだったかしら? 自称幼馴染の平精霊騎士ちゃん?」
モルモットンが引き、ルビーの操る荷馬車はジークハルトの横を抜けてアンデ素材店の荷馬車置き場へと入る。
荷台に乗っていたアンデ一家四世代は領都を守る精霊騎士であるジークハルトに笑顔で敬意を示し、丁寧な挨拶と礼をくれた。ジークハルトもそれに礼を返しながら、一家の中にユーリアの姿がないことを確認する。
「……ルードルフ・アンデ」
「そっちの名前で呼ぶんじゃねぇ!!」
一瞬だけルビーの中にいる男が顔を出したが、すぐに引っ込む。
「オッホン! やぁね、そんな名前で呼ばないで。アタシはルビー、ルビー・アンデよ。アタシのことはルビーって呼んで頂戴。それでなあに、平の精霊騎士ちゃん」
「ユーリアは、どうした?」
そうジークハルトが訊ねると、ルビーは自称可愛らしく小首を傾げる。
「ユーリア? ユーリアは一緒じゃないわ。アタシたちはレヴェ村にいるアタシの両親に産まれた甥っ子姪っ子を見せに行っていたの。ユーリアはお留守番よ? あの子にはあの子のやるべきことがあるんだもの」
「ゆ、ユーリアはまだここで暮らしているよな? 別の場所に部屋を借りている、というわけではない?」
「なに言ってるのよ。ユーリアは我が家の二階にあるお部屋で暮らしてるわよ」
「じゃあ、なんで……こんなに郵便物や新聞が溜まってるんだ?」
「え?」
ルビーは郵便物が山盛りに入っている郵便箱を見て目を見開いた。そして先に家に入っていた家族を追いかけるように中に入り、大きな声で「ユーリア!」と叫ぶ。その声に家族は驚き、小さな甥姪たちは泣き出してしまったけれど、そんなことはお構いなしにルビーはユーリアの名前を連呼しながら家と店中を探し回った。
「…………いない、ユーリアが」
呆然と食堂に座り込んでしまったルビーにジークハルトは近づき、大きくて筋肉質の体を椅子に座らせる。
洗濯機が使われた様子がないこと、食材庫の食材が全く減っておらず、ユーリアが食べるのを楽しみにしていたクリームのたっぷり詰まったシュー菓子がそのままになっていることを家族が確認してくれた。
郵便が届く箱に溜まった郵便物を新聞、減っていない食材とお菓子、洗濯もしておらず、ユーリアの部屋は綺麗に整えられていてベッドは眠った様子もない。
「ユーリア、帰って来てないの? もしかして、アタシたちがレヴェ村に向かった日に別れてからずっと……?」
ルビーはそう結論付け、ジークハルトもそれに同意だった。
「おまえたちがレヴェ村に行って、ここを留守にしていた時間は?」
「今日を入れて三日よ。ユーリア、どこ行っちゃったの……」
「ユーリアはどこかに出かけたんだろう、どこに行くとか聞いていないか?」
ジークハルトがそう尋ねると、ルビーは首を傾げて顎を指で擦りながら三日前の朝にユーリアと交わした会話内容を思い出す。
『じゃあ、行って来るわね!』
『行ってらっしゃい、気を付けて。レヴェ村のみんなに宜しく』
『分かったわ。そう言えばユーリア、あなたこんな朝早くからどこか行くの?』
『うん、ちょっと……気分を変えたくて』
『気分転換?』
『ファビアンさん、行方不明になって二十年も前だから情報が少なくてね。でも、いくら考えても良い方法が浮かばなくて……だから気分を変えて最初から考え直そうかなって』
『確かに時間が経ちすぎてるわよね。でもやっぱり、地道にファビアンを知るのが良いんじゃないかしら。と言っても、それこそ二十年前でしょう? うちのジジィ、ヘッセル爺さん、あとは……魔道具ギルド長と副ギルド長とかくらいしかいないかしらね』
そんな会話をしているうちに小さな甥と姪を抱いた姉夫婦、祖父母が荷馬車に乗り込んで出発することになったのだ。
「どこに行く、ってわけじゃあないけれど……ファビアンを知ってる人に話を聞くしかないかって話で。うちのジイさんの他は魔道具ギルド長と副ギルド長くらいかしらって」
「分かった、ギルドの方には俺が確認する。ルードルフ、あんたはユーリアがここに帰って来たら精霊騎士団とヘッセル老の所に連絡を。それから、出来るなら近所とかあいつが行きそうな所を探して欲しい」
「ルビーって呼んでったら!! 家には家族が誰かしらいるからユーリアが帰って来たらすぐに分かるわ、アタシは近所とあの子が行きそうな所を回ってみる」
「頼む」
ジークハルトはエンデ素材店の裏口から飛び出した。
ユーリアが家に戻らなくなって二日、三日目になる。ルビーとは別の友人の家で過ごしているのならばいいが、そんな印象はない。
魔法紙を描いては納品し、アンデ素材店の手伝いをして忙しくしてた姿を見かけていたから。
どこで何をしているのか、とにかく無事でいて欲しい……願うことはそれだけだった。
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